5-9
泉玉が予告した通り、王太子は翌日陽光宮を訪れた。
ただ、一つ、予想外だったのは。
「よう、晏珠。体はどうだ、落ち着いたか」
「はい。おかげさまで……あのう?」
「ああ、紹介しよう」
隣に、すらりとした女性を伴っていたことだ。
切れ長の目に高い鼻。理知的な印象が漂うその女性は、晏珠に深々と頭を下げた。
「これは調彩鈴。俺の側室の一人だ」
「お初にお目にかかります、晏珠様。彩鈴と申します」
――調彩鈴。
あの鳴鈴の姉にして、五名家筆頭である調家の長女。そして、王太子の側室。
その人が何故、こんなところに。
「静牙様も、ご無沙汰しております」
「お久しぶりです、彩鈴殿。お元気そうで何よりです」
穏やかに挨拶を交わした静牙は、「しかし、殿下」と王太子に問いかけた。
「何故、彩鈴殿をお連れに?」
「もちろん、今日の話に関わってくるからだ」
「……先日の襲撃の話にですか? 彩鈴殿が?」
「ああ。正確に言えば、調家が、だな」
燕月から意味深な視線を向けられ、晏珠はぎくりとした。まさか、王太子は鳴鈴の一件を知っているのか。
警戒する晏珠と、戸惑う静牙を面白そうに見て、燕月は言った。
「ひとまず、座るか。長い話になる」
全員が応接間に着席すると、「早速だが」と燕月が切り出した。
「今回の襲撃は、晏珠を暗殺するために仕組まれたものだ。これは間違いない」
「……はい」
「で、黒幕だが。朱角だと思うか?」
「え、違うんですか?」
晏珠は驚く。自分を狙うとしたら、あの神官長以外に考えられないのだが……いや。まさか。
思わず彩鈴の顔を見ると、彼女はすまなそうに目を伏せた。燕月がにやりと笑って続ける。
「朱角も、黒幕の一人だろう。だが、俺は、もう一人関与してると踏んでいる」
「もう一人……? 晏珠を狙う人間が他にもいると?」
静牙の声は強張っている。燕月は頷いた。
「調鳴鈴。ここにいる彩鈴の妹だ」
「鳴鈴殿が?! 何故、晏珠を……」
驚いたのは静牙だけだった。
やはり、燕月は知っていたらしい。あの日、泉玉は王太子に呼ばれていると言っていたから、彼女の話を聞いて当たりを付けたのだろう。
ならばもう、隠してはおくことはできない。晏珠は姿勢を正して言った。
「私が邪魔だから、ですよね」
「そういうことだ。女の嫉妬は怖いな」
「嫉妬? いや……それより晏珠、君は知っていたのか?」
信じられないという顔を向けられ、晏珠は努めて冷静に答えた。
「あなたが酔い潰れたあの日、鳴鈴様が言っていたでしょう。自分はずっとお慕いしている人がいる、って。あれはあなたの事なのよ、静牙」
「は?! 鳴鈴殿が俺を? まさか。本当にそう言っていたのか?」
「直接は聞いてないわ。でも、見ていれば分かるわよ。あなたのこと、本当に甲斐甲斐しく看病していたんだから」
寝入った静牙を愛おしげに見つめる眼差しや、汗を拭う手付きが、言葉よりも雄弁に語っていた。
だが、静牙は不信感を露わにした。
「それは推測だろう。君が勝手にそう思っただけで」
「いいえ、静牙様」
口を開いたのは彩鈴だった。
「妹が、あなたに嫁ぐことを望んでいたのは事実です。あなたが鳥番になられて、その望みが遠のいたのも」
「彩鈴殿……。しかし、元々は……」
何か言いかけて、静牙は口を噤む。気を取り直したように、王太子に尋ねた。
「では……あの日、鳴鈴様は晏珠を狙って陽光宮に来たと? まさか、酒に毒でも仕込むつもりだったのですか?」
「いや、それは流石に露骨すぎる。そうだな、泉玉の話から推測するなら……」
燕月は顎に手をやり、思案しながら言った。
「まずは静牙を酔い潰す。で、同席していた従者とやらに晏珠を襲わせるつもりだったんじゃないか? 無理やり関係を持たせた上で、そっちが酔って誘ってきたんだと主張すればいい。糾弾する口実としては十分だ」
「襲……?! では、やはりあの男は……」
静牙から怒りと悲しみが入り混じった顔を向けられ、晏珠はため息を吐いた。
「落ち着いて、静牙。その通りだけど、未遂で済んだのよ。あなたが起きて、二人を追い出してくれたの」
「俺が? 覚えていないが……そういえば、途中で一度起きたと言っていたな」
「そうよ。だから、何もされてないの。あなたが守ってくれたのよ」
言い聞かせるように言うと、静牙は浮かせていた腰をやっと下ろした。しかし、不満そうな顔は崩さない。
「……どうして言わなかったんだ。あの時から狙われていたと知っていたら、もっと警戒したのに」
「悪かったわよ。こんなことになるとは思ってなくて……。それに、泉玉が気に病んだら可哀想だし」
「まあ、泉玉の奴は人が良すぎるからな。鳴鈴を疑いもしなかったんだろうが……未遂で済んだのは幸いだったな」
王太子は苦笑した。なるほど、今回彼が泉玉と一緒に来なかった理由が分かった。この話をすれば、鳴鈴達を置いて先に宮を出た泉玉が責任を感じてしまうからだ。
「あまり責めてやるなよ、静牙。泉玉もだが、酔い潰れたお前も自分を責めるだろう。それを気にして言わなかったんだろうよ、晏珠は」
「それは……そうですが」
「ともかく、ここからが本題だ。鳴鈴に晏珠を狙う理由があるのは分かったな?」
静牙はまだ何か言いたげだったが、燕月は気にせず話を元に戻した。
「おそらく、朱角と鳴鈴は手を組んでいる。酒の持ち込みも朱角なら許可が出せるし、今回も二人で共謀して起こしたんだろう」
「共謀して……ですか?」
「ああ。まず山火事だが、あの辺りで火事が起きたのは、俺が知る限りは初めてだ。調べたら、火元と思われる山は調家の所領のすぐ隣だった。俺は放火じゃないかと睨んでいる」
「えっ?! わざと山火事を起こしたってこと?」
晏珠は戦慄した。まさか、自分を排除するために災害まで起こすとは。この寒空の下、どれだけの人間が家を追われたか分からないのに。
「そんな……ひどいわ」
「全くだな。で、神鎮めの儀だ。ここは朱角の出番だろう。あいつなら神託と称して晏珠を指名できるし、現地に向かう道筋も把握してる。当然、道中に真冬の湖があることもな」
「では、野盗を装った大量の荒くれ者を雇ったのは……」
静牙の問いに、燕月は「調家だろうな」と頷いた。
「今回の作戦には頭数が要る。しかも内容は御鳥児の暗殺と来た。法外な報酬額が必要になるが、調家なら捻出できる。あとは朱角が大義でも説けば完璧だ」
「大義、ですか」
「『標的は御鳥児を騙る偽者だ。言う通りにすれば国を救える』とでも言ったんじゃないか? 国の神官長のお墨付きがあれば、小悪党共も躊躇いなく襲撃できるだろうからな」
晏珠は俯く。自分がそれほどの悪意を向けられていたのだと思うと、吐き気がしそうだった。




