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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
5 割れた薄氷
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5-8

 翠芳たちが帰っていくと、入れ替わるように泉玉がやってきた。晏珠の姿を見ると、半泣きで抱きついてくる。


「晏珠……! 無事で良かった!」

「ごめんね、泉玉。あなたにも心配をかけたわね」

「本当よ。兄様が付いていながら、こんなことになるなんて……」

「そうだな、お前の言う通りだ。不甲斐ない鳥番ですまない」


 妹の恨み節を真正面から受け止めて、静牙が無念そうに答える。晏珠は慌てて否定した。


「泉玉、静牙は真冬の湖に飛び込んで私を助けてくれたのよ。おかげでこうして生きて戻ってこれたの。だから、そんなこと言わないで」

「……分かってるわ。それでも悔しいのよ、防げなかったことが」


 ようやく晏珠から体を離し、泉玉は涙を拭った。


「燕月……王太子殿下も、今回の事は重く見てるの。誰が刺客を差し向けたのかは、まだ調査中だけど……今度、ここに話を聞きに来るって言ってたわ」

「え、殿下が直々に?」

「ええ。何か考えがあるのかもしれない。あの人、悔しいけど頭は良いのよ。……性格は悪いけどね」


 露骨に顔をしかめて言う泉玉に、晏珠は思わず笑ってしまう。もうすぐ後宮入りすることが決まっているのに、つれない態度は相変わらずだ。


「分かったわ。あなたも忙しいでしょうに、わざわざ来てくれてありがとう。輿入れはいつなの?」

「一応、年が明けてからの予定よ。長雨が降る前には、って言われてるの」

「そうね、その頃が一番良い季節だものね」


 年が明ければ春が来る。そして、夏の前にはいつも長雨が降り、それが上がると夏に移り変わるのが常だ。王太子の正妃の婚儀となれば盛大に行われるだろうし、雨の時期は極力避けたいだろう。


「華やかな婚儀になるでしょうね、楽しみだわ。静牙も家族として出席するんでしょう?」

「ああ、その予定ではあるが……正直、迷っている。今、晏珠の側を離れるのは心配だからな」

「そうよねぇ……晏珠も同席してもらえたらいいんだけど、流石に無理よね……」

「ちょっと、静牙も泉玉も落ち着いてよ。私なら大丈夫だってば」


 王太子妃の婚儀となれば国の慶事だ。華やかな音楽や優雅な舞も当然披露されるが、それは御鳥児の役目ではなく、国の楽士たちが担当するらしい。

 御鳥児の歌は天主様に届けるもので、人のためのものではない、という厳格な線引きがあるのだ。たとえ王家の人間であっても、例外はない。


 要するに晏珠たち御鳥児は何も特別なことはせず、いつも通りの生活を送ることになる。静牙が責任を感じているのは分かるが、たった一人の妹の晴れ舞台だ。そんな理由で欠席すると言い出されたら、こっちが心苦しくなってしまう。


「護衛なら他にもいるでしょ。それに、宮の中にいるんだから。今回みたいなことは起こらないわよ」

「だが、今回相手は失敗しているからな。次はどんな手に出てくるか分からん。形振り構わず襲ってくるかもしれないと思うと……俺は、できるだけ君の側にいたい」


 憂いを帯びた目で見つめられ、一瞬鼓動が早くなった。

 やめてほしい。勘違いしそうになる。静牙は鳥番として言っているだけなのに。

 晏珠は誤魔化すように笑って、手を振った。


「駄目よ、そんなの。大事な妹の晴れ姿でしょう? ちゃんと見届けてあげて」

「……それは分かるが、しかし」

「晏珠、私達は心配なの。……あなたは時々、自分を軽く見過ぎることがあるから」


 逡巡する兄を横目に、泉玉が言った。


「翠芳たちのこと、聞いたわ。あの子たちも、あなたのことを守りたいって思ってる。兄様も、私も、それは同じよ」

「……泉玉」

「確かに、あなたは御鳥児として歓迎されなかったかもしれない。引け目を感じるのも、よく分かるわ。でも、あなたはここで、十分過ぎるほど皆の力になってくれた。それは、他の誰にもできなかったことよ」


 泉玉の言葉は優しく、彼女の純粋な善性が伝わってくるようだった。王太子が彼女に惹かれてやまないのは、きっと、こういうところだ。


「忘れないで、晏珠。あなたが皆を尊重してくれるように、私達もあなたを大事にしたいの」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど……だからって、静牙があなたの婚儀に出ないわけにはいかないでしょう。家族なんだもの」

「そうね、現実的には難しいわね。でも、無理を通してでもあなたを守りたいっていう兄様の気持ちは、否定せずに受け止めてあげてほしいのよ」


 言われて、晏珠は静牙を見た。彼の目はひたむきに、自分を見つめている。


 泉玉の言いたいことは分かる。分かるが、なかなか難しかった。彼が自分を助けてくれるのは御鳥児だからで、大事な妹とは比べるべくもないだろう。そんな思いが、どうしても消えない。

 だが、彼女も、翠芳たちも。それは違うと言うのだ。

 皆も――静牙も、一人の人間として晏珠を大事に思っている。その気持ちまで拒絶しないでほしい、と。


 相手の気持ちを受け入れられなくても、受け止めることはできる。晏珠自身、様々な愚痴を零す酔客相手にいつもしてきたことだった。人には出来るのに、自分のこととなるとなかなか上手くいかないものだ。思わず、苦笑が漏れる。


「……分かったわ。努力はしてみる」

「ええ。それで十分よ」


 泉玉が微笑んで頷き、静牙もやっと表情を緩めた。


「殿下は多分、明日にでも来ると思うわ。あの人の相手は疲れると思うけど、ごめんね。無理はさせないように言っておくから」

「ありがとう、大丈夫よ」

「あとね、滋養強壮に効果がある薬酒を差し入れておいたの。今夜にでも出してくれると思うわよ」

「本当? それは嬉しいわ、寝る前に飲んだら体が温まるわね」


 薬味を浸けた酒は体に良い。酒と一緒に摂ることで薬の効果が上がると言われ、さらに体を温めてもくれる。晏珠の父も毎日少しずつ飲んでいた。特に寒い時期は寝付きが良くなるため、大層有り難いものだ。


「病人に酒? 大丈夫なのか、泉玉」

「ちゃんとお医者様に聞いて差し入れたわよ。あ、兄様は飲んじゃ駄目ですからね!」

「……言われなくても分かっている」


 憮然と答えた静牙に、晏珠と泉玉は声を上げて笑った。

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