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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
5 割れた薄氷
45/75

5-7

 陽光宮に戻れたのは、晏珠が目覚めてから五日後のことだった。

 熱はあらかた下がったものの、足元はまだふわふわと覚束ない。何日も寝たきりだったせいだろう。

 医者からは、しばらくは安静にするようにと言われている。溺れかけた影響で一時は肺炎を起こし、脈の乱れも出ていたからだ。


 幸い喉は傷めずに済んだので、歌うのには困らないが、今は毎日の祈りの歌だけで息切れがしてしまう。体力が戻るまでは、最低限の務めしか果たせそうになく、晏珠はほとんどの時間を室内で横になって過ごすことになった。


 神官長からは、帰還後まもなく文書が届いた。


 ――光鴒におかれましては、このたび危険な目に遭われた由、お見舞い申し上げる。

 ――神鎮めの儀に関しては再度神託を行う。今は身体を大事にして頂くように。


 嫌味や皮肉は特に感じられない、ごく事務的な文言だ。あくまで自分は無関係だと主張するつもりなのかもしれない。


 一方、戻ってすぐに陽光宮に見舞いに来たのは、桜喜と翠芳だった。襲撃の一報を聞いた二人は気が気でなかったらしく、晏珠の姿を見ると泣き出してしまった。


「良かった、ご無事で……! 私も桜喜も、毎日天主様にお祈りしていたんです」

「ありがとう、翠芳。桜喜も、ごめんなさいね。心配をかけて」

「本当に、なんて恐ろしいことでしょう。御鳥児に危害を加えようとするなんて……」


 桜喜が顔を曇らせると、鳥番の蒼雷が尋ねてきた。


「野盗だって聞いたけど、本当なの?」

「それは今調べてもらっているところだ」


 静牙が答えると、翠芳に付いてきた柳星も口を挟んできた。


「野盗なら金や物を奪ってくはずだろ。晏珠だけ水に落として逃げるなんて、どう考えてもおかしいじゃねーか」

「大体、なんで御鳥児を狙うわけ? 身代金目的とかならまだ分かるけど……その場で殺そうとしたんでしょ。そんなことして誰の得になるんだよ」


 全く納得していない様子の二人に、晏珠と静牙は顔を見合わせた。

 この鳥番たちが神経を尖らせるのも分かる。御鳥児という存在が狙われたのなら、自分たちの守る少女たちにも危険が及ぶ。真相を知りたいと思って当然だ。

 今まで、自分が就任した時の出来事については、彼らには話していなかった。知らせる必要もないと思っていたが、こうなるとむしろ話しておいた方が良いかもしれない。


 晏珠は、静牙に無言で頷いた。意図が伝わったらしく、静牙も頷き返してきた。


「これはまだ推測の域を出ない話だが……狙われたのは御鳥児ではなく、晏珠個人かもしれないんだ」

「は? 晏珠が? なんで」

「……誰かの恨みでも買ってんの?」


 目を丸くした柳星と訝しむ蒼雷に、静牙は首を振った。


「いや。残念なことだが……晏珠は御鳥児に相応しくないと思っている人間がいるようでな」


 就任に至るまでの経緯を、静牙はかいつまんで話した。年齢と育ちを理由に、清らかな体かどうかを神官長に疑われ、調べるべきだと言われたこと。違ったら首を落とすべきだとまで言われたこと。最終的に、兵士から一斉に攻撃されて武器が弾かれるのを確認され、やっと認められたこと。


 話を聞いた翠芳と桜喜はもちろん、鳥番の二人も言葉を失っている。晏珠は取りなすように言った。


「とにかく、そういうわけなのよ。今回の真相はまだ分からないけど……あなた達は今まで、神鎮めのために外に出た時も何もなかったでしょう? だから、多分大丈夫よ。御鳥児だからって闇雲に狙われるわけでは……」

「何も大丈夫じゃねーだろ! 何言ってんだ!」


 柳星が叫んだ。翠芳も隣でこくこくと頷く。


「神官長様がそんなことを……ひどい侮辱だわ。しかも、首を落とすだなんて!」

「徴が出ているのに疑うなんて、おかしいです。そんなことを言い出したら、いくらでも難癖を付けられるのに……」


 桜喜もまた、必死に訴えてくる。晏珠が呆気に取られていると、蒼雷が言った。


「あのさ。俺たちは確かに、自分の御鳥児を一番に優先するけど。だからって、他の人を心配しないわけじゃないよ」

「蒼雷……」

「自分たちは狙われない、それなら良かった、で終わるわけないでしょ。そっちは、これからも危険な目に遭うかもしれないんだから」


 蒼雷の言葉に、柳星も「だよな」と大きく頷く。


「あの神官長、前々から嫌な奴だと思ってたんだよ。まさか、気に入らない御鳥児を殺そうとするなんてな」

「りゅ、柳星。まだあの人が仕組んだと決まったわけじゃないのよ」

「いーや、あいつならやりかねない。大体、何様のつもりだよ。御鳥児に相応しいとか相応しくないとか、お前が決めることじゃねーっての!」


 すっかり朱角を犯人と決めつけている。晏珠は一応柳星を嗜めたが、彼はいたく憤慨していて聞く耳を持たなかった。普段なら彼を諫める翠芳も、止める気配はない。


「晏珠様。神鎮めの儀は、再度神託を仰ぐという話でしたよね」

「ええ、そう聞いてるけど……翠芳、あなたまさか」

「はい。私、神官長様に申し上げます。私が代わりに行きますって。いいわよね、柳星?」

「そうだな。桜喜は次の導きの儀の練習があるからな。おれたちが行くのが一番いいだろ」

「ちょ、ちょっと待って、二人とも。そこまでしなくても……!」


 慌てて制止する晏珠に、翠芳は決然と言った。


「いいえ、聞いたからには黙っていられません。晏珠様が再び外に出たら、また狙われるかもしれない。宮の中ならまだ安全でしょう?」

「でも、あなたに辛い思いをさせたくないわ」


 翠芳は以前、神鎮めの儀に向かった先で、現地の荒廃を目にして心を痛めていたはずだ。自分の代わりに、そんな思いをさせるのは本意ではない。

 だが、翠芳は引かなかった。


「晏珠様が危険な目に遭う方が、余程辛いことです」

「翠芳……」

「話して下さってありがとうございます、晏珠様。あなたは、私や桜喜を助けて下さった。今度は私達が助ける番だわ。ね、桜喜?」


 翠芳に促され、桜喜もまた「はい」と頷いた。


「私に出来ることは少ないですが……時間があれば、できるだけ陽光宮に足を運ぶようにします。そうすれば、晏珠様を狙う相手も警戒しますよね」

「確かに、人目が多ければ向こうも手を出しにくくなるかもね。いいと思うよ、俺も」


 蒼雷まで賛成するので、晏珠は何も言えなくなってしまう。途方に暮れて静牙を見上げると、彼は苦笑していた。


「諦めるんだな、晏珠。君もたまには、大人しく守られておくといい」

「静牙までそんなこと……」

「皆の気持ちは有り難いが、危険なことはするなよ。気になることがあればすぐに教えてくれ。くれぐれも単独では動くな。いいか?」


 静牙の言葉に、四人が揃って頷く。晏珠はため息を吐いて、額に手を当てた。

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