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二人の護衛を見送り、静牙は火の側に腰を下ろした。水を吸った服を全部脱ぎ捨てて、護衛たちが置いていってくれた代わりの服を身に付ける。
まだ体の芯は冷たいが、火に手をかざすとじわりと温もりを感じた。あとは胃の腑に何か入れれば、徐々に温まってくるだろう。
問題は晏珠だ。今は下着だけを残して毛布で包んでいる。だが、濡れた服が肌に張り付いたままではまずい。乾くよりも前にどんどん冷えてしまう。
脱がせるしかない――と、頭では分かっている。これは彼女を助けるためであり、断じて下心あってのことではない、ということも。
そうは言っても、相手は妙齢の女性だ。必要なことだと分かっていても、二の足を踏んでしまう。
女官がいれば頼むところだが、あいにくここには自分しかいない。静牙は腹を括り、眠る晏珠に向き直った。
包んでいた毛布や自分の上着を剥ぎ取ると、ほとんど裸に近い状態になる。濡れた衣や裳は全て脱がせたのだから当然だが、丸みを帯びた体つき、露出した腕や足が妙に眩しく見えてしまう。
上半身を覆う下着は肌に張り付き、体の線が浮き彫りになっていた。胸も、谷間も、腰の括れも。
思わず視線を止めてしまったのに気づき、静牙は自分で自分を殴りたくなる。何をしているのか。事は一刻を争うと言うのに。
下着は背中で紐を結ぶ形のもので、仰向けのままでは脱がしきれない。横向きにするか引っくり返すかして、紐を解く必要がある。
――つまり、体に触れなければならない。
余計なことを考えている猶予はない。静牙は剥き出しの肩に触れ、晏珠を横向きにして背中を自分の方に向けた。
そのまま二箇所で結ばれている紐を解き、少しだけ体を浮かせて引くと、濡れた下着はやっと肌から離れる。
何も身に着けていないまっさらな背中が、目の前にあった。
無意識のうちに、静牙は背中に指を滑らせていた。なめらかで、吸い付くような――しかし、今はひんやりと冷えている肌。
背骨のあたりに指が触れた時、晏珠がぴくりと反応した。
「……ん、うっ」
くぐもった声が漏れた。静牙ははっと我に返り、慌てて指を離す。
晏珠の目が開く気配はない。どうやら生理的な反応だったらしい。
静牙は毛布を引っ掴み、背中を向けたままの裸体に何枚も被せてすっぽり包み込んだ。
下半身の短い肌着は、毛布の下から手を入れ、手探りで紐を解いて足から抜き取る。太腿や足の付根に自身の手が当たり、これはこれで何やら妙な気分になったが、とにかく早く、淡々と終わらせることだけを考えて耐えた。
――終わった。これで全部だ。
何やらどっと疲れた気がする。静牙は座り込んで片手で顔を覆った。先程を自分の行動を思い出し、自己嫌悪に陥る。
――……何をやってるんだ、俺は。
服を脱がせるのは仕方ない。だが、その途中で背中に触れてなぞったのは、明らかに不要な行動だった。
相手は自分が守るべき唯一の御鳥児である。清らかな神の小鳥を汚すような真似は、絶対にしてはならないのに。
――調家の鳴鈴が酒を持ってきた、あの晩。
従者が晏珠に向けていた目を思い出す。あの従者はいかにも愛想良く晏珠に話しかけていたが、視線は大きく開いた胸元に注がれていた。
厭らしい目で見るな、と無性に苛立って。普段なら口にしない酒を煽った挙げ句、無様に酔い潰れてしまったのだが。
今の自分は、あの従者の男と大差ない。
女性への興味は限りなく薄いと、今まで思っていた。同じ近衛の男たちが下世話な話で盛り上がっていても自分だけ冷めていたし、街の遊郭に誘われても気乗りがせず、いつも断っていたのに。
まだ少女と言ってよい他の御鳥児と違って、晏珠は既に成熟した女性だ。初めて御鳥児の装いに身を包んだのを見た時、漂う色香に一瞬戸惑ったのを覚えている。
その歌声もまた、素人の自分でも分かるほどに艶めいていて、美しい。酒楼で歌っていた子守唄でさえも、男をうっとりさせるような響きを持っていた。
本人にどこまで自覚があるのか分からないが、彼女は女性として、十分に魅力的である。枯れているなどと揶揄された自分が、こんなにも心を乱されるほどに。
――遅れて選ばれた、神の小鳥。
徴ははっきりと出ていたのだ。普通なら疑われることなどなく、王宮で厚遇されただろうに。年齢や育ち方など、自分ではどうにもならないことばかりを理由に、晏珠はひどく侮辱された。
そして、今。またこうして、命の危険に晒されている。
これが神官長の差し金なのかはまだ分からない。だが、神鎮めの儀に向かわせることも、その道中で野盗を装って暗殺させることも、神官長という立場ならば容易いことだ。裏で糸を引いている可能性は高い。
怒りが沸々と湧いてくるのを、静牙は感じた。
決して歓迎されていない空気の中、敢然と理不尽に立ち向かい、王太子殿下の口添えを引き出して。就任してからは他の御鳥児たちに気を配り、励まして。共に歌って、慕われて。
まっすぐに、自らの力で自分の居場所を確立していった彼女に、一体何の罪があるというのだろう。
――守らなければ。何があっても。
この感情が何なのか、静牙自身にもよく分からない。庇護欲は確かにあるが、妹の泉玉に対するものとは明らかに違う。泉玉は王太子殿下と幸せになってほしいが、彼女を他の誰かに任せたくはない。
「……晏珠」
呼びかけても返事はない。
胸が苦しい。彼女にもしものことがあったら。自分は生涯、自分を許せないだろう。
早く目を開けてほしい。あの甘い声で、名前を呼んでほしい。また、笑顔を、見せてほしい。
晏珠が身動ぎして、ぶるりと体を震わせた。寒いのだろう。熱が出てくるかもしれない。
分厚い毛布の上から、静牙は腕や足を擦ってやった。何度も、何度も。少しでも早く、彼女に温もりが戻ってくるように。
まだ湿ったままの髪を一房手に取り、口づけると、晏珠の表情が心なしか和らいだように見えた。




