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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
5 割れた薄氷
42/75

5-4

 震える指で晏珠の服を脱がせ、自分の乾いた服で包んでいると、護衛たちが静牙に駆け寄ってきた。


「静牙様! ご無事ですか!」

「晏珠様は……?」

「ああ、何とか息は吹き返したが……どこか、風を避けられそうな場所はないか? このままでは凍死してしまう」

「はい。今、他の者が探しに行っております」


 流石にこの場で全部脱がせるわけにはいかず、最低限は残してある。が、濡れた服を身に着けたままでは体温を奪われる一方だ。せっかく戻った呼吸も、また止まりかねない。風の当たらない場所で火を起こして、早く温めてやらなければ。


 静牙もまたすっかり体が冷えており、歯の根が合わない状態だ。護衛の一人が慌てて上着を羽織らせてくれたが、それでもまだ凍えそうに寒かった。体力が容赦なく奪われていくのが分かる。


 だが、晏珠の無事を確かめるまでは。自分が倒れるわけには絶対にいかない。約束したのだ――必ず、守ると。

 がちがちと鳴る歯を食いしばって腕を擦っていると、森の中から護衛たちが走ってきた。


「静牙様! 森に猟師小屋があるそうです! 今は空き家のようなので、使わせてもらいましょう」

「そうか。付近に危険はないか?」

「周辺を軽く探索しましたが、大丈夫そうです。あとは我々が見張っていますので」

「分かった。行こう」


 静牙は立ち上がり、晏珠を抱き上げた。護衛たちが「こちらで運びましょうか」と声をかけてきたが、丁重に固辞してそのまま歩き始める。


 やっとこの手に取り戻したのだ。今は、傍から離したくなかった。






 小屋に着くと、他の護衛たちが先に薪を焚べ、火を起こしてくれていた。

 床に藁を敷き詰めて乾いた布を広げ、晏珠をそっと下ろすと、静牙は護衛の一人に問いかけた。


「……敵は?」

「全員、すみやかに撤収しました。やはり、あいつらの目的は……」

「ああ。間違いない」


 何故、もっと早く気づかなかったのか。自分の迂闊さに反吐が出そうになる。


 相手の目的は、最初から晏珠だったに違いない。あの妙な攻撃の仕方は、時間稼ぎだったのだ。

 邪魔な自分を傍から引き離し、馬車から出してしまってから、弓矢で攻撃する。幸い自分には当たらなかったが、むしろ一番の標的は馬だ。馬車ごと、強引に湖に落とす作戦だったのだろう。


 誰が画策したのかは分からない。だが、少なくとも、相手は御鳥児に武器が通じないことを知っている。そのため、溺死あるいは凍死という方法を考えたのだ。何とか晏珠は助け出せたものの、可哀想に、馬は巻き添えを食らって死んでしまった。


 思えば、晏珠は神官から今回の話を聞いた時、どこか不安そうにしていた。

 はっきりとは言わなかったが、何か心当たりがあったのかもしれない。きちんと話を聞いてやらなかったことが、今更ながらに悔やまれる。


 ……その晏珠はまだ、目を閉じたままだ。呼吸は安定しているものの、体は冷え切ってしまっている。


 護衛たちは辺りに点在する家々を走り回って食料や毛布をかき集めてくれたが、医者は大きな街まで行かなければいないと言う。元々、今日は夕刻までにその街に到着して、天主廟で一泊する予定だったのだ。

 少し考えて、静牙は護衛のうち二人を街に向かわせることにした。昏睡状態の晏珠を下手に動かすのは危険だ。医者をここまで連れてきてもらうのが一番良いだろう。王都に戻るよりは、次の街の方がまだ近い。


「すまないな。徒歩では時間がかかってしまうが……」

「いえ、問題ありません。急げば、夜には着けるでしょう。途中で馬が手に入るかもしれませんし」

「分かった、頼む。それと、天主廟にも状況を伝えておいてくれ。御鳥児が予定通り着かないと、あちらも心配するだろう」


 天主廟に事情を話せば、王宮にも連絡が行くはずだ。この状況では神鎮めの儀など到底無理である。予定は狂うが、改めて出直すしかない。

 静牙の頼みに、護衛は「承知しました」と頷いた。


「明日の昼には、必ず医者を連れて戻ります。外には見張りを待機させておくので、何かあればお申し付けください」

「ああ、道中気をつけてくれ。かなり冷え込んでいるし、また襲撃がないとも限らんからな」


 先程の連中の狙いが晏珠なら、まだ安心はできない。この護衛たちが襲われれば医者の到着が遅れ、晏珠の容態が悪化するのは目に見えている。

 できればもっとまとまった人数を向かわせたいところだが、こちらの手勢が少なくなるのも心配だ。これ以上の人員は割けなかった。


「自分たちは大丈夫です。静牙様は、ここでしっかり体を温めて、回復に努めてください」

「晏珠様を、どうかお願い致します。……我々にも親切にして下さる、優しい方です」


 護衛たちの言葉に、静牙は口角を上げた。

 晏珠は他の御鳥児たちのみならず、女官や護衛といった人達にも慕われている。客商売をしていたことによる愛想の良さはもちろん、生来の気性による部分も大きいのだろう。


「……ああ。もちろんだ」


 この事態を防げなかったのは紛れもなく自分の失態だが、反省は全て終わった後だ。今は、全力で彼女の回復に努めるのみ。


 眠り続ける晏珠を見つめ、静牙は決意を新たにした。

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