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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
5 割れた薄氷
39/75

5-1

 冷たい北風が、馬車の天蓋を揺らす。

 聞こえてくるのは怒号と、荒々しい足音。そして刃物が擦れ合う音だ。本物の戦闘の気配に、晏珠は馬車の中でより一層、身を縮めた。

 正直に言えば、怖い。だが、それ以上に心配だ。晏珠にここから出ないよう言い置いて外に飛び出していった鳥番も、周りの護衛たちも。皆、怪我を負っていないだろうか。


 ――静牙。みんな。

 ――どうか、無事でいて……!


 かじかむ手に息を吹きかけ、晏珠は両目をぎゅっと瞑った。






「……え? 山火事、ですか?」


 木枯らしが吹き、雪がちらつくようになったある日。陽光宮に一人の神官が訪問してきた。聞けば、西の山岳地域で山火事が起こったという。

 果燿という稀少な御鳥児がいてもなお、天災が無くなることはない。寒害や雪害に関してはある程度は仕方がないとされており、余程の規模でない限り取り上げられないが、それ以外にも災害は起こりうるのだ。

 戸惑う晏珠に対して、神官は極めて事務的な口調で「そうです」と答えた。


「冬に山火事なんて起こるんですね……」

「むしろ冬から春にかけての方が多いのです。乾燥した風が山から吹き下ろしますからな。地面には枯れ葉が積もっておりますし」

「はあ、なるほど……」

「火元ははっきりしておりませんが、延焼してかなり広範囲が燃えたようです。山の中や、裾野に住んでいた民が大勢家を追われましたので、御鳥児に神鎮めの儀を行っていただくことが決まりました」



 ――神鎮めの儀。



 昨年、翠芳が何度も行ったという儀式だ。天災で国が荒れた時、御鳥児が現地に赴いて祈りを捧げるというもので、原則その季節の御鳥児が行うことになっている。

 夏にも嵐は起こるし、雷や日照りによる災害の可能性もある。いずれは自分にも来るだろうと覚悟はしていたが、今は真冬だ。担当しているのは雪鴒たる果燿のはずだが。


「……今の季節でしたら、雪鴒が行かれるのではないですか?」

「雪鴒は宮から出られませんので、他の御鳥児に代役を務めていただいております。誰に行っていただくかは、天主様に神託を仰ぎました」

「神託……それで、私が?」

「はい。この度は光鴒が相応しいと出ましたので」


 どうして、と聞きかけて晏珠は口を噤んだ。この神官は、ただの伝令役だ。尋ねたところで答えが返ってくるとは思えなかった。

 正直きな臭い部分はあるが、受けないという選択肢はない。これは御鳥児の務めだと言われたら断る理由はないのだ。


「そうですか。……分かりました。行かせていただきます」

「よろしい。では、出立は三日後とします。それまでに準備を」

「承知致しました」


 頭を下げて応じると、神官は用は済んだとばかりにそそくさと帰って行く。それを見送って、晏珠は背後に控えていた静牙に問いかけた。


「どう思う? この話」

「……神鎮めの儀と言われれば、行かないわけにはいかんな。一応筋は通っている」

「そうなのよね。けど、私でいいのかしら。本当に」


 神託によって選ばれた、ともっともらしいことを言っていたが、実際に神託を受けた場面を見たわけではない。本来は果燿が行くべきところなのに、そもそも自分では役者不足ではないのか。


「大体、宮から出られない、って何よ。神官長が出さないだけでしょう。どこまで果燿を閉じ込めるつもりなんだか……」

「言いたいことは分かるが、神鎮めなら他の御鳥児が行くこともなくはないからな。神託が嘘や間違いだなどと言える根拠もないし」


 神鎮めの儀は大きな天災が起こると行われる。災害の規模によっては被害が広範囲に及ぶので、複数の場所で同じ日に儀式を行うことがあるという。その場合、御鳥児も当然複数になるため、他の季節の御鳥児が駆り出されるのだそうだ。

 そうでなくとも、神鎮めの儀に関してはあまり厳格な決まりがなく、神官の裁量による部分が大きいらしい。泉玉も果燿に代わって行ったことがある、と静牙は語った。


「まあ、神託に文句を言ったところで始まらないしね。こうなったら、腹を括って行くしかないわ」


 腰に手を当てて晏珠が言うと、静牙は「ああ」と答えた。


「出立まであまり日がないが、できるだけ腕の立つ護衛を揃えておこう。神官長の動向は気になるが……今のところ、何も仕掛けてきていない。大丈夫だとは思うが、用心するに越したことはないしな」

「……ええ、ありがとう。助かるわ」


 晏珠としては、何も仕掛けてきていない、とまでは言い切れない。静牙は知らないが、鳴鈴の一件があるからだ。あれが何らかの企みだったとしたら、今回も油断はできない。

 王宮の外に出る以上、警備はどうしても手薄になる。いくら手練の護衛を揃えても、隙を突かれることはあるのだ。



 ――静牙に、話す? あの時のことを。



 そんな考えも一瞬頭をよぎったが、すぐに否定した。彼のことだ。言っても言わなくても警戒は怠らないだろう。今更蒸し返す話でもない。

 思案する晏珠に、静牙は「大丈夫だ」と声をかけてきた。


「御鳥児に武器のたぐいは効かないからな。捕らえられてしまえば危険だが……逆に言うと、襲撃されても、とにかく君に近づかせないようにして撃退すればいい。あとは毒や薬に気を付ければ問題ないだろう」

「……だといいけど」


 不安を拭えない晏珠に、静牙はきっぱりと言い切った。


「安心しろ、晏珠。君のことは、俺が必ず守る」

「静牙……」

「だから、君は神鎮めに集中してくれ。始めてのことだし、他の御鳥児に色々聞いておくといい」


 それはそうだ。泉玉を突然呼び付けるのも何だし、ここは翠芳に色々と教えてもらうとしよう。今年の秋はほとんど嵐も来ず、翠芳もかなり気分が落ち着いたようだった。


「そうね。あと三日しかないし、私は私で準備に励むことにするわ」


 晏珠が努めて明るく言うと、静牙も「ああ、それがいい」と頷いた。



 ――それが、三日前の出来事である。

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