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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
4 冬の波紋
38/75

4-9

 慶花宮に桜喜と蒼雷を送り届け、翠芳たちとも別れると、晏珠と静牙は陽光宮に戻った。


「なんだか……御鳥児って、結構業が深いのね」

「……否定はできないな。確かに、困った側面もある」


 しみじみと述懐した晏珠に、静牙が肩をすくめた。


「御鳥児は聖職で、実用的な能力を持つわけではない。言い方は悪いが、引退すればただの人だ。それでも、一度は神に選ばれたという事実を重く見る人間は多い。特に、貴族の間ではな」

「一種の権威というか、社会的な地位になってしまってるってことね」

「ああ。実際、御鳥児に選ばれるとその後の結婚に影響することがある。庶民でも、貴族や大きな商家から妻にと乞われたりするようだ」

「貴族や商家ね……でもそれって、つまり側室でしょ? 身分が違いすぎるだろうし」

「まあ、ほとんどの場合はそうだろうな」


 羽ノ国は一夫多妻が認められている。生活に手一杯な庶民はともかく、貴族や富裕層は正妻以外に何人もの妾を抱えていることが多い。つまり、何人目かの妻に迎える、ということだ。元御鳥児という箔の付いた女を金で買うようなものである。

 玉の輿と言えば聞こえは良いし、その後の生活には困らないのかもしれないが。果たしてそれは幸せなことなのか。本人が望んでの選択ならともかく、そうでない場合も多分に想像できる。


「御鳥児に選ばれること自体は名誉なことだが……それを何らかの『手段』にしてしまうと、やはりどこか歪んでくるんだろう。雀家のように」

「良い家に嫁ぐためとか、家の面子を保つため、とかね」


 本来、それは単に御鳥児に選ばれた結果の副産物だったのだろう。だが、一部の人間が、その副産物自体を目的にするようになったのだ。

 如何にも俗人的ではあるが、目的と手段が逆転するのはよくあることだ。桜喜の姉の藤喜にしても同じである。上手に歌えることで称賛を浴びているうちに、いつしか称賛の方が目的になってしまった。


「……桜喜も、お姉さんも、その犠牲になってしまったのね」

「今回のことで、姉の方はほとんど公に姿を見せなくなってしまったらしいな。いずれ、立ち直ってくれるといいが」

「そうね……でも、桜喜に矛先が向かないように気をつけてほしいわ。女の嫉妬って、そりゃあ怖いのよ」


 少し戯けて言うと、静牙はふっと口元を緩めて「男も似たようなものだがな」と答えた。


「確かに桜喜は、引退後も雀家には戻りにくいだろう。だが、蒼雷の家――飛家が全面的に協力してくれるはずだ」

「ああ、それなら大丈夫そうね」


 同じ貴族である蒼雷の両親は、桜喜のことを心配してくれていたと言う。何かあれば助けてくれるだろう。頼もしい存在が側にいてくれて、本当に良かった。


「春の導きの儀が楽しみだわ。どんな歌を聞かせてくれるのか」

「そうだな。次は絶対にあの神官長を黙らせてやる、と蒼雷が息巻いていたな」

「本当よ。全くどこまで失礼なのかしら、あの人。引き合いに出される果燿も可哀想だわ」


 冬の導きの儀で果燿が見せた、寂しげな瞳が思い出される。いくら抜きん出た才能を持っていたとしても、他の御鳥児を貶してまで過剰に持ち上げられれば、決して良い思いはしないだろう。


「そもそも隔離されてて話も出来ないし……いつか、あの子とも一緒に歌えたらいいんだけど」

「ああ。今日のようにな」

「御鳥児としては異端なのかもしれないけど……私はやっぱり、皆で楽しく歌いたいわ」


 各々の宮で静かに日々を過ごし、一人で朝昼夕に祈りの歌を捧げるのが御鳥児の主な仕事だ。それを否定するつもりはない。

 だが、時々皆で集まって楽しく過ごし、好きな歌を口ずさむことが悪いとは思えない。天主様を蔑ろにはしていないし、役目を放棄するわけでもないのだから。

 晏珠の言葉に、静牙は頷いた。


「誰かと一緒に歌ったのは、俺も久しぶりだったが……いいものだな。気分が浮き立った。暁の歌なら、それこそ誰でも歌えるしな」

「そうでしょう? 結構良い声してたわよ、静牙。それにしても、蒼雷の笛は上手だったわね。あなたは何か楽器はできないの?」

「いや、俺はそんな大層なものは……それこそ、子供の頃に野原で吹いた草笛くらいだ」

「えっ、いいじゃない! 草笛!」


 草笛は原始的な楽器だが、だからこそうまく鳴らすには技術が必要だ。晏珠も幼い頃に挑戦したことはあるが、全く吹けなかった記憶がある。

 目を輝かせた晏珠に、静牙は若干たじろいだ様子だった。


「昔の話だぞ。何度か泉玉に聞かせてやったことがある程度だ。覚えていないくらい小さい頃にな」

「一度吹けたのなら今も吹けるわよ。ねえ、私にもいつか聞かせてくれない?」

「いや、だからそんな大層なものではないと……」

「えー……嫌なの?」


 わざとらしく唇を尖らせると、静牙がぐっと詰まった。いつかのお返しだ。あの晩、この男が同じ台詞で迫ってきた時に比べれば、随分ささやかなお願いだろう。 

 やがて、静牙は長いため息を吐いた。


「……分かった。そのうちな」

「ふふ、ありがとう。楽しみが増えたわ」

「本当に期待はするなよ。多分、音を出すだけで精一杯だ。蒼雷のようには吹けないぞ」

「分かってるわよ。鳴らしてくれるだけでいいから」


 そうは言っても、この生真面目な鳥番のことだ。できる限り、晏珠の期待に応えるべく努力してくれるに違いない。

 体格の良い男が、小さな葉っぱを口に当てて試行錯誤している様子を思い浮かべ、晏珠は笑みを零した。

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