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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
4 冬の波紋
36/75

4-7

「そ、蒼雷……あの」


 聞かれていたとは思わなかったのだろう。あたふたと慌て始める桜喜に、蒼雷はずかずかと近づいてきた。そのまま、座った彼女を見下ろして低い声で言う。


「俺がいつ、がっかりしてるなんて言ったわけ?」

「ひっ……ご、ごめんなさい……!」


 途端、隣りにいた柳星が蒼雷の頭を叩いた。


「そうじゃねーだろ! 怖がらせてどうするんだ、馬鹿!」

「はあ? 馬鹿はそっちだろ。うるさいな、部外者は黙ってろよ!」


 ぎゃあぎゃあと言い合いを始める二人の背後から、静牙がやれやれといった調子で声をかける。


「いい加減にしろ、お前たちがその調子では話が進まん」

「だってこいつ、全然分かってねーんだよ! さっきあんだけ言い聞かせたのに」


 柳星が蒼雷を指差して言い募る。蒼雷はふんと顔を背けたが、静牙は諭すような口調で言った。


「蒼雷。言ったはずだぞ、それでは伝わらないと」

「……分かってる」

「だったらきちんと話せ。言葉を惜しむな」


 蒼雷は不貞腐れたような表情をしながらも、改めて桜喜に向き直った。


「……桜喜」

「は……はい」

「あのさ……俺が、嫌々鳥番やってると思ってるかもしれないけど、それ、誤解だから」


 言われて、桜喜が不安げな目で蒼雷を見上げる。


「でも……あなたは、お姉様の鳥番に」

「それを期待されてたのは知ってるけど。俺は、正直言って……あんまり気が進まなかった」

「え……?」

「だからっ! 別に、藤喜の鳥番になりたかったわけじゃない、ってこと」


 桜喜が目を丸くして絶句した。余程思いがけない言葉だったのだろう。

 蒼雷は、決まり悪そうに頬を掻きながら続けた。


「藤喜は、確かに歌が上手かったよ。でも……御鳥児に選ばれるかどうかは、微妙だと思ってた」

「えっ?! ど、どうして?」

「……こんなこと言ったら、藤喜も、雀家の両親も激怒するだろうけど」


 蒼雷は肩をすくめて、懐からごそごそと何か取り出した。見れば、それは横笛だ。


「俺は、よく藤喜の歌に合わせて笛を吹いてた。だから分かる。あれは天に捧げる歌じゃない。藤喜はただ、自分のために……自分が注目されたくて、歌ってた」

「注目されるため……? お姉様の歌が?」

「そう。一緒に吹いてても、藤喜は俺の笛なんて全然聞いてなかったよ。こっちに合わせるのが当然、みたいな感じでさ。まぁ、それ自体は別にいいんだよ。主役は歌だし、実際上手かったし。……でも、桜喜は違った」


 愛用の笛を握りしめて、蒼雷は桜喜を見つめる。


「桜喜が一人で歌うことって、最近はあんまり無かったけど、小さい頃なら偶にあったでしょ。俺が一緒に笛を吹いてさ」

「うん、多分……あまり覚えてないけど」

「その時から思ってた。桜喜はすごく耳がいいんだよ。笛の調子は日によって微妙に変わるのに、桜喜はそのたびに歌い方を変えて合わせてくるから、こっちは吹きやすかった」

「……私、そんなことしてた?」


 どうやら自分では全く意識していなかったらしい。本気で驚いている桜喜に、「そうだよ」と呆れたように蒼雷が答えた。


「気づいてないのも無理はないけどね。皆、目立つ藤喜のことを褒めてばっかりで、桜喜のことは放ったらかしだったし」

「……それは、私がお姉様みたいに上手くないからで」

「だから、そうじゃないんだって。大体、藤喜の勝手気ままな主旋律に合わせるのって、大変なんだよ。桜喜はいつもすんなりこなしてたけどさ、他の人はすぐ音を上げてたでしょ」

「え……え??」


 説明されても、桜喜は思考が追いつかないようだった。今にも目を回しそうになっている。

 小さな背中を擦って落ち着かせながら、晏珠は軽く笑った。


「立場が変われば違う景色が見える、ってことね」

「……景色、ですか?」

「ええ。蒼雷から見れば、あなたはちゃんと御鳥児に相応しい力があった、ってことよ」


 耳が良いというのは、歌い手にとって重要な資質だ。音に合わせて調和させる力を持っているのも。

 それが天主様に気に入られたのかどうかは分からない。だが、少なくとも桜喜には桜喜の才があり、鳥番の蒼雷はそれを分かっているのだ。

 桜喜は落ち着きなく視線を彷徨わせ、「でも……」と小声で言った。


「御鳥児は、一人で歌うものです。毎日の祈りの歌も、導きの歌も、誰かに合わせて歌うわけではありません。だから私は導きの儀でうまく歌えなくて、神官長様からお叱りを……」

「あんな奴の言う事なんて、気にしなくていいんだよ」


 顔をしかめて、蒼雷が桜喜の言葉を遮った。


「神官長は、天主様の代弁者でも何でもないんだから。桜喜の声が震えてたのは事実だけど、春はちゃんと来たでしょ。何も恥じることなんてない」

「……蒼雷、でも」

「桜喜。よく聞いて」


 蒼雷は笛を仕舞い、桜喜の両肩に手を置いて、まっすぐに視線を合わせた。


「はっきり言うけど。桜喜に御鳥児の徴が出た時、やっぱりか、って思ったからね。俺が近付いたら光ったのも、その……嬉しかったし」

「え……嘘、そんな素振り、全く……」

「そりゃ、表に出すわけないよ。桜喜の両親は落胆してたし、藤喜は荒れてるし。あそこで喜んだりしたら、桜喜の立場が悪くなるでしょ」


 錯乱して泣き叫ぶ姉、必死になだめる母親、言葉を失った父親。狼狽えるばかりの桜喜。

 そんな中で、姉の鳥番になることを期待されていた蒼雷が喜びを露わにしたらどうなったか。想像するのは容易い。最初から、彼は桜喜を守ろうとしていたのだ。


「俺の両親だって、内々では祝ってたよ。雀家の手前、大きな声では言えなかったけど……藤喜と桜喜のことは、陰ながら心配してたから」

「……そんな、本当に?」

「本当。もちろん、俺が鳥番に選ばれたことも喜んでたけど。送り出される時、激励されたからね」


 ――あの子はきっと、自分が選ばれたことに罪悪感を持っている。お前が支えてやるんだぞ、って。


 蒼雷の口調に熱がこもる。なるほど、彼の過保護とも言える態度は、両親との約束でもあったのだ。


「桜喜はただ、一人で歌うのに慣れてないだけ。そんなの、これから何とでもなる」

「蒼雷……」

「練習するなら、俺も手伝う。嫌味なこと言ってくる奴がいても、俺が守るから」


 ――だから、喜んでくれた人間が一人もいないなんて、言うなよ。


 どこか懇願するような蒼雷の言葉に、桜喜の目から新たな涙が溢れた。

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