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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
4 冬の波紋
34/75

4-5

 悲痛な表情を浮かべた桜喜に、晏珠はできるだけ優しく尋ねた。


「あなたには、お姉様がいらっしゃるのね?」

「はい。一つ上に」

「そうなの。なんてお名前?」

藤喜(とうき)と言います。姉は子供の頃から、とても歌が上手くて。両親から期待されていました。必ずや御鳥児に選ばれるだろう、と」


 桜喜の家、雀家は中流貴族だが、御鳥児を数多く排出してきたことで有名らしい。そのため、家に女の子が生まれると、幼いうちから歌の教育を施す。とにかく御鳥児に選ばれることが最高の栄誉であり、嫁ぎ先にも恵まれて幸福な人生が約束される、と教えられてきたのだという。


「姉には非凡な歌の才能がありました。明るく華やかな声で、技術もすぐに身に付けて、表現力もあって……歌の先生からもいつも褒められていました」

「すごいお姉さんね。あなたも尊敬していたの?」


 懐かしそうに目を細めて話す桜喜に聞くと、「はい」と迷いない回答が返ってきた。


「姉は私の憧れでした。もちろん羨ましくもありましたが……私がどれだけ頑張っても姉のようにはなれないと、子供の頃から分かっていましたから」

「一緒に歌ったこともあるの?」

「あります。と言っても私の歌は、姉と比べるとどうしても拙いので。同じ旋律を歌うことは両親が好まなくて。主旋律を姉に任せて、和音を歌うような形がほとんどでしたが」


 まるで引き立て役だ。両親は姉に全てを注ぎ込み、一つ下の妹はほとんど顧みなかったのだろう。

 だが、桜喜は特に疑問も持たず、それで十分満足していたらしい。


「蒼雷とは、家同士の付き合いがあったの? 確か彼の家も貴族よね?」

「はい。母同士が仲が良くて。実は、蒼雷は笛がとても上手いんです。姉の歌に合わせて演奏すると、両親がとても喜んで……それで、よく家に呼ばれていました」


 笛が上手いとは意外な特技だ。翠芳が感心したように言った。


「すごいわね。柳星は楽譜も全然読めないのよ。猟師だったから、犬笛や鹿笛は上手いって自分で言ってたけど」

「え、柳星もそうなの? 鳥番って皆、笛が吹けるのかしら」


 犬笛や鹿笛を、普通の笛と一緒にするのもおかしいかもしれないが。試しに静牙にも一度吹いてもらおうか。

 思案する晏珠に、桜喜が少し笑った。


「笛に限りませんが、楽器が上手い鳥番は多いそうです。あくまで傾向であって、必須の能力ではないようですが」

「楽器……そうなのね。流石、桜喜は詳しいわね」

「御鳥児と鳥番のことは、両親からかなり深く教わりましたので。鳥番は御鳥児を守るため、剣技や武術にも長けた人が多いんです。蒼雷は文武両道に優れていましたから、姉と同様に期待されていました」


 姉の藤喜が御鳥児に、蒼雷は彼女の鳥番に。それが両親の大望であり、家族皆が夢見ていた未来だった。四年前には、ほんの10才の稀代の御鳥児が現れたという情報も流れてきたが、藤喜なら彼女に劣らない実力があると、両親は信じて疑わなかったという。

 だが、待てど暮らせど。姉に羽の徴が現れることはなく。


「……御鳥児の交代のお触れが出た時、徴が出たのは私でした。しかも、蒼雷が近づくと徴が光って……。何が起こったのか、全く分かりませんでした」

「桜喜……」

「姉はあまりの衝撃に寝込んでしまい……母は、姉の看病にかかりきりになってしまって。父は私を呼んで、とても複雑な顔をして言いました」



 ――何故、お前なんだ。何故……



 翠芳が息を呑んだのが分かった。孤児だったとは言え、養親が喜んで送り出してくれた翠芳にとっては信じられない事態だろう。

 あまりにも心が痛む話だ。せっかく名誉な役目に選ばれたのに、誰からも歓迎されないどころか、信頼する家族からも責められるだけだったとは。


「……私が御鳥児になったことを喜んでくれた人は、一人もいません。誰もが戸惑い、むしろ悲しんでいました。私自身もそうでしたから」

「そんな……! あなたは何も悪くないのに!」


 翠芳が今にも泣きそうな声で言う。桜喜は力無く首を振った。


「ここに来てからも、私はずっと自信が持てませんでした。初めての導きの儀に臨んだ時は声が震えて……神官長様に厳しく言われてしまいました」



 ――雪鴒の歌と比べると、まるで同じ御鳥児とは思えませんね。



「家からは定期的に文が届きますが、書かれているのはいつも激励ばかりです。雀家の名に恥じない働きをせよ、他の御鳥児に遅れを取ってはならぬ、と」

「……随分なことを仰るわね。御鳥児に上下関係なんてないでしょうに……」


 晏珠は額に手を当てた。朱角の嫌味な声掛けもひどいが、家族も家族だ。桜喜を取り巻く環境は過酷すぎる。これでは伸び伸びと歌うことなど、できるはずもない。

 鳥番が彼女を支えてあげられたらまだ良いが、今の話を聞く限り、彼もまた微妙な立場だ。本来、姉の藤喜の鳥番になるのを望まれていたことを、蒼雷は当然知っていただろう。彼としてもどうしたら良いのか分からず、今のような態度になってしまっているのかもしれない。


「蒼雷は昔、私のことをよくからかってきました。でも、今は腫れ物に触るようで……居た堪れません。ここにいるのが姉であればよかったのに、申し訳なくて……」

「……桜喜」

「昨日、雪鴒の導きの歌を聞いて、はっきりと分かりました。彼女は特別だと。姉でさえも及ばないのに、私なんて彼女に比べれば半人前以下です。……でも、次の導きの儀は刻一刻と迫ってくる」


 今の桜喜にとって、それがどれほどの恐怖なのか。晏珠には計り知れない。安易にかける言葉が見つからなかった。

 いつしか啜り泣いていた桜喜は、絞り出すように言った。


「私……私は、御鳥児になるべきじゃ、なかった。もう、歌えません……」

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