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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
4 冬の波紋
32/75

4-3

「あの子って……果燿のことなの?」

「おそらくは。導きの儀が始まるまで、桜喜はいつも通りでした。果燿の歌を聞いてから、様子がおかしくなったんです」

「衝撃が大き過ぎた、ってことなのかしら……それにしても、引っ掛かるうわ言ね」


 桜喜の家族のことはよく知らないが、泉玉から以前聞いたところによると、確か中流貴族の家柄だったはずだ。姉がいるのだろうか。倒れて魘されながら何度も謝るなんて、一体どんな関係なのだろう。

 それに、「あの子にはなれない」というのが果燿を指しているなら。桜喜は御鳥児として、相当な重圧を感じている可能性が高い。果燿の歌は天賦の才だ。一度聞けば分かるが、なろうと思ってなれるものではないし、なる必要もない。


「誰かに言われているのかしら……果燿みたいに素晴らしい御鳥児になりなさい、とか」

「そうかもしれませんし、自分で思い詰めているだけかもしれません。と言うのも、桜喜は今年の導きの儀で、神官長から叱責されているんです」

「えっ、御鳥児が叱責? どうしてまた」

「桜喜は、御鳥児になって最初の導きの儀が、いきなり自分の季節でした。そのせいか可哀想なくらいに緊張してて、声が震えて小さくなってしまって……」


 儀式の終了後、朱角は桜喜を呼び止めて、わざわざ皆にも聞こえるような音量で注意したという。曰く、あなたは御鳥児としての心構えが足りない、云々。

 泉玉が取りなしてその場は何とか治まったものの、当の桜喜はすっかり萎縮してしまっていたらしい。


「……ちゃんと春の気は満ちて、導きの儀は無事終わったのに。あんな言い方しなくても、って。泉玉様も同じお考えだったようです」

「本当よね。一体何考えてるのかしら、あの神官長。叱りつけたって良い声なんて出るわけないのに」


 導きの儀を見たこともない少女が、突然あの場で歌えと言われたら、困惑して当然だ。必要なのは配慮であって、非難や苦言ではない。

 果燿を露骨に特別扱いする傍ら、他の御鳥児には過剰に厳しくする。それで上手く行くと思っているのか、朱角は。どう考えても逆効果だろう。


「だから私、時々慶花宮には足を運んでいたんです。込み入った話は出来なくても、せめて桜喜の気が紛れれば、と思って。でも、秋の導きの儀が近くなると私も余裕がなくなってしまって……あまり話ができず、今になって後悔してるんです」

「それはあなたのせいじゃないわよ。でも、確かに心配だわ。また様子を見に行くつもりなのね?」

「……はい。それで、今回は晏珠様にも同行していただけないかと思いまして」


 姿勢を正し、翠芳は改めて頭を下げる。晏珠は慌てて手を振った。


「頭を上げて、翠芳。むしろ私が同行してもいいの? 二人の方が話しやすいんじゃない?」

「いえ。今の桜喜は多分とても不安定になっていて、私一人では力不足だと思うんです。一緒に来てもらえると、本当に助かります」

「おれからも頼む、晏珠」


 未だ頭を垂れたままの翠芳を見やり、柳星が話を引き継いだ。


「桜喜の鳥番、蒼雷っつーんだけど。あいつ、桜喜にはめちゃくちゃ過保護なくせして、無愛想で天邪鬼なんだよな。だから、今二人で放っとくのは心配なんだ。素直に心配って言わねえと思うし」

「え、そうなの? 確か幼馴染じゃなかった?」

「あー、そうみてえだな。昔っからあんな感じなんじゃねーの? 桜喜も何かあいつには遠慮がちっつーか、余所余所しいんだよな」

「もう、柳星ったらまた適当なこと言って。……でも、蒼雷の言動が少しばかり捻くれてるのは事実ね。桜喜のことはちゃんと大事にしてると思うんだけど、伝わってないかもしれないわ」


 翠芳が苦笑する。無愛想だの天邪鬼だの捻くれてるだの、なかなかの言われようだ。

 蒼雷は見た目は美少年と言っていいが、まだ16才である。大事なものを素直に大事だと言えるようになるには、もう少し時間が必要なのかもしれない。傍から見れば目の前の柳星もあまり大差ないのだが、彼も彼なりに同じ鳥番の少年を気遣っているらしい。


「多分あいつ、すげえ動揺してると思う。自分の御鳥児がぶっ倒れたんだからな。おれだって心臓止まりそうになると思うぜ。静牙も分かるだろ?」


 柳星に話を振られ、それまで黙っていた静牙が「ああ」と答えた。


「そんなことになったら、目の前が真っ白になるだろう。蒼雷も、少なからず狼狽えただろうな」

「……鳥番にとっては、それほどのことなのね」

「当たり前だ。俺たちが何のために存在してると思ってる」


 御鳥児を守るために存在する鳥番にとって、他でもない自分の御鳥児を失った時の喪失感は、尋常ではないらしい。鳥番というのはつくづく、忠誠心の塊のような存在だ。上手く言葉には出来なくても、蒼雷もきっと、同じなのだろう。


「分かったわ、翠芳。力になれるかどうかは分からないけど、一緒に行きましょう」

「本当ですか、ありがとうございます!」


 晏珠の返答に翠芳が目を輝かせる。静牙も薄っすら微笑んで頷き、柳星は歯を見せて笑った。

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