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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
4 冬の波紋
31/75

4ー2

 翠芳は部屋に入ってくると、深々と頭を下げた。隣に立つ柳星も、つられたように軽く会釈する。


「突然お邪魔して申し訳ありません、晏珠様」

「いいのよ。それより様付けは要らないわ。あなたの方が御鳥児としては先輩なんだし、私もこうして気楽に話してるし」

「いえ、年上の方には敬意を示すべきです。それに……以前、助けていただきましたから。このように呼ばせてください」


 どこまでも真面目な翠芳らしい言葉に、晏珠は苦笑した。これでは、無理に呼び捨てを強要する方が困らせてしまいそうだ。


「分かったわ。あなたがその方が楽ならそうして」

「ったく、いちいち堅苦しいよなぁお前は。おれは晏珠って呼ぶぞ、よろしくな」

「はいはい、どうぞ」

「ちょっと、柳星! 全くあなたはいつもいつも!」


 気安く手を上げた鳥番を、翠芳が目を釣り上げて叱りつける。この二人は足して二で割るくらいで丁度良いのだろう。これはこれで釣り合いが取れているのかもしれない。

 そのまま口喧嘩に突入しそうな二人を見やり、晏珠は口を挟んだ。


「翠芳、それで今日はどうしたの?」

「あっ、はい。すみません、つい……」


 恥ずかしそうに顔を赤らめた翠芳は、「実は」と本題を切り出した。


「少し、気になることがあって。……桜喜のことなんですが」

「桜喜?」


 春の御鳥児、花鴒の名を冠する少女は、翠芳の一つ年下だったはずだ。確か、御鳥児としても一年後輩に当たる。

 晏珠も庭で時々会うことはあり、挨拶と天気の良し悪しくらいは話すものの、深く関わりを持ったことはこれまでなかった。笑顔も見せてくれるし、決して悪い子ではないのだが、いつも俯きがちで声も小さい。どこか人形じみた果燿とはまた異なり、怯えた小動物のような雰囲気を持つ少女だった。


 長い話になりそうな空気を察知して、とりあえず晏珠は二人に座るよう勧めた。静牙も席に着き、女官が人数分の茶を持ってきてやっと場が落ち着いたところで、改めて話の続きを切り出す。


「あの子が、どうかしたの?」

「……今日、冬の導きの儀がありましたよね」

「ええ。桜喜もいたわよね」


 果燿の圧倒的な存在感に呑まれて意識から外れてしまっていたが、桜喜、翠芳、晏珠の並びで立っていたはずだ。

 翠芳は頷いて、少しためらいがちに続けた。


「晏珠様は、果燿の歌を聞いたのは初めてですよね。如何でした?」

「それはもう、噂通り凄かったわ。圧倒されちゃって、天聴宮を出てからも暫くは何も言葉にならなかったわよ」

「そうですよね。私も、初めて聞いた時は本当に驚きました」


 晏珠の感想に同意して、翠芳は自嘲ぎみに笑った。


「この子こそ本当に天主様に愛された御鳥児なんだ、って思い知らされた気がして。比べて自分は、と悩んだこともあります」

「そうよね、分かるわ。私はかなり年が離れてるし、そこまででも無かったけど……」


 むしろ、次元が違うので比べる気にもならなかった、というのが正しい。だが、翠芳の気持ちは分かる。同じ御鳥児という立場にいながら、あれほどの実力差をまざまざと見せつけられれば、複雑な思いにもなるだろう。年が近ければ尚更だ。


「でも、こう言っては失礼かもしれないんですが……私は、それ以上に果燿が痛ましく思えるんです。導きの儀以外に輝雪宮から出ることもできず、あんなに護衛に取り囲まれて……」

「私もそう思うわ。やり過ぎよね、あれは」


 晏珠が大きく頷くと、柳星が鼻を鳴らした。


「あのいけ好かねぇ神官長の指示なんだろ。おれ、あいつ嫌いなんだよな」

「柳星、口が悪いわよ。……けれど、正直なところ、私もあのやり方はあまり好きになれません。私は御鳥児になってもう二年になりますが、果燿とは一度もまともに話せていませんし」


 率直に物を言う鳥番を窘めつつも、翠芳は顔を曇らせる。


「だから、果燿の歌がどれだけ上手くても、不憫に思う気持ちの方が勝ってしまって。そのせいか、落ち込むところまでは行かなかったんですが……」

「……ひょっとして、桜喜が?」

「はい。お察しの通りです」


 翠芳の表情は硬く、眉が悲しげに下がった。


「桜喜は、昨年の冬に入って間もなく、春の御鳥児に選ばれたので。果燿の歌を聞くのは、今回が初めてだったんですよね」

「それで、落ち込んでしまったの?」

「多分。……あの子、儀式の最中から、少し顔色が悪かったんです。その後、慶花宮に戻って間もなく、ふらついて倒れてしまったみたいで」


 儀式中から桜喜の様子に違和感を覚えていた翠芳は、どうにも胸騒ぎがして先程慶花宮を訪問した。すると女官たちがざわついていた。聞けば、桜喜が倒れたと言うではないか。

 幸いすぐに寝所に運ばれ、医師にも診てもらって大事には至らなかったという。翠芳もひとまず安堵したものの、倒れた時、桜喜は青い顔で繰り返しうわ言を言っていたらしい。



 ――ごめんなさい、お姉様。ごめんなさい。

 


「……お姉様?」

「はい、そう言っていたと。それから……」



 ――ごめんなさい。

 ――私、あの子にはなれない。なれないんです……

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