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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
3 深まる夜長
24/75

3-4

「静牙?!」


 その場に倒れ込んだ男に慌てて駆け寄ると、泉玉が額に手を当てて嘆いた。


「だから言ったのに……大丈夫よ、晏珠。寝てるだけだから」

「えっ? 寝てるだけ?」


 言われて様子を伺うと、規則正しい寝息が聞こえてくる。うっすら赤くなった顔にも、苦痛は見られない。晏珠は胸を撫で下ろした。


「そうみたいね。良かった」

「ええ。もう分かったと思うけど……兄様、ものすごくお酒に弱いのよね。でも、弱いって言うのは嫌みたいで。相性が悪いとか何とか言うのよ、いつも」


 泉玉の言葉には呆れが滲んでいる。どうやら、今までにも似たようなことがあったらしい。

 なるほど、静牙が今まで酒を避けてきた理由が分かった。自分でも体質に合わないことは分かっているのだろう。

 それでも「弱い」という言葉に過剰反応してしまうのは、男の沽券に関わるからかもしれない。何かの集まりで酒を勧められることはよくあるのに、一口飲んで寝てしまうほどの体質では応じることもできない。静牙の性格上、不甲斐なさを感じていてもおかしくない。

 鳴鈴が「まあ、なんてこと!」と声を上げた。


「申し訳ございません。そうとは知らず……わたくしが無理に勧めようとしたから」

「知らなかったのなら仕方がないわ。次から気を付けてくれればいいわよ。分かっているくせに、一々意地を張る兄様も兄様だもの」

「いいえ、そうはいきません。文達が煽るようなことを言ったのも悪いわ。奏家のご長男に対して、なんて無礼なことを。文達、伏して詫びなさい!」


 鳴鈴に叱りつけられ、文達は恐縮しきった様子で頭を下げた。


「鳴鈴様の仰る通りです、申し訳ございません。立場も弁えず出すぎたことを申しました」

「まあ、確かにあなたの言い方は率直すぎたわね。悪気はなかったんでしょうけど……」


 泉玉は苦笑し、「でも、困ったわね」と腰に手を当てた。


「私もそろそろ行かないといけないのに。兄様がこれじゃ……。飲んだ量も少ないし、多分じきに目を覚ますとは思うけど、その間晏珠に何かあったら大事だわ」

「心配しないで、泉玉。それはわたくしが責任を取ります」


 鳴鈴がきっぱりと言って姿勢を正す。


「文達はこう見えても腕は立ちます。今回の責任はわたくしたちにありますから、静牙様が目を覚まされるまで、責任を持って晏珠様をお守りいたしますわ」

「え、いえ、そこまでしてもらわなくても」


 そもそも御鳥児に鳥番以外の武器は効かないのだ。ほんの一口で一晩中眠り込むとは考えにくいし、その間くらいなら自分で自分の身くらい守れるだろう。

 晏珠は思わず口を挟んだが、鳴鈴は「いいえ!」と首を横に振る。


「従者の失態はわたくしの責任です。御鳥児に何かあれば国の一大事。もちろん鳥番と同じ働きはできませんが、不埒な輩を追い払うくらいはできますわ」

「……そうねえ。今回はそれがいいかもしれないわね」

「えっ? 泉玉までそんなこと……大丈夫よ、少しくらい」


 そこまで大袈裟に考えなくても、という晏珠の言葉に、泉玉は「そうはいかないわ」と答えた。


「たとえ数時間でも、鳥番が護衛を務められない時は他の護衛を手配しないといけないの。その理由が酔い潰れて職務放棄、なんてことになったら神官から厳重注意――いえ、それだけで済めばいい方かもしれないわね」

「厳重注意……でも、私を狙う人なんて」

「いないとは言い切れないのよ。分かるでしょう、晏珠」


 確かに、ただでさえ神官長から睨まれている身だ。静牙が一時的にでも不在と分かれば、何か仕掛けてくる可能性は捨てきれない。

 そうでなくとも理由が理由だ。また謂れのない中傷を受けるかもしれない。しかも今回は静牙が原因である。自分のせいで晏珠が責められることになれば、彼はひどく気にするだろう。


「……分かりました。お願いします」


 結局そう言うしかなかった晏珠に、泉玉は「ごめんね」と眉を下げた。


「あなたのせいじゃないのに。兄様には今度しっかり言い聞かせておくわ」

「そんなこと……いいのよ、少しの間だけだし」

「良くないわよ、全く。猛省してもらわないと。……鳴鈴、晏珠を頼むわね。兄様はここに適当に転がしておけばいいから」


 兄に対しての扱いが雑すぎる妹に、晏珠は苦笑を返す。鳴鈴もまた笑って答えた。


「文達に頼んで寝所までお連れしようと思っていたけど、このままの方が良いのかしら?」

「ええ。その方が早く目が覚めるでしょうし。女官に頼んで上掛けだけもらいましょう」


 今年の秋は進行が早く、既に夜は肌寒さを感じる。泉玉はてきぱきと女官に指示を出し、眠る兄にばさりと上掛けを被せた。


「これで良し。じゃあ、私は行くわね。晏珠、また来るわ」

「ええ、ありがとう」

「鳴鈴、くれぐれもよろしくお願いね。一応、外の衛士にも声はかけておくわ。よく知ってる人だから、外に漏らすことはないだろうし」

「もちろんよ。行ってらっしゃい、泉玉」


 王太子殿下によろしくね、という鳴鈴の言葉を背に、泉玉は陽光宮を出て行った。

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