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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
3 深まる夜長
22/75

3-2

「鳴鈴様、でいらっしゃいますか?」

「え、鳴鈴?」


 泉玉が驚いて駆け寄ってくる。女性は泉玉の姿を認めると、優雅に一礼した。


「お久しぶりですわね、泉玉」

「そうね、何年ぶりかしら。どうして此処に?」


 どうやら泉玉とは既知の仲らしい。貴族のお嬢様なのだろうか、とぼんやり考えて、晏珠は今更思い至った。慌てて深く頭を垂れる。


「た、大変失礼致しました……!」


 なぜすぐに気付かなかったのだろう。五名家の一角にして、王家に次ぐ位を持ち、最も格が高いとされる家柄。それこそが、調家だ。同じ五名家の出身である泉玉ならまだしも、本来は自分が対等に話せるような相手ではない。

 冷や汗をかく晏珠に、鳴鈴と名乗った女性は鷹揚に笑った。


「構いませんわ、御鳥児は特別です。貴族よりも上の立場ですもの」

「いえ、しかし」

「どうぞお気になさらず。本日は、調家より祝いの品を持参しましたの。泉玉と、あなたに」


 思いがけない言葉に、晏珠は面食らった。


「お祝いの品、ですか?」

「ええ。御鳥児が代替わりをしたら、貴族は贈り物をするのが習わしですので」


 それは知っている。今までにも食事の際に女官から、「こちらは雀家より頂きました菓子でございます」などと説明されることはあった。貴族の形式的な風習らしいが、静牙によると身に付けるものは権力争いに繋がるためご法度で、形に残らないもの――つまり飲食物に限られるという。当然神官の許可を取り、毒見を介してから供される。

 だが、直接持参されたのは初めてだ。なぜ、面識のない自分などに? しかもご令嬢が直々に。

 疑問が顔に出ていたのだろう。鳴鈴は笑顔を浮かべたまま続けた。


「泉玉が御鳥児のお役目を終えたと聞きまして。祝いの品を渡そうと奏家を訪ねたら、本日は陽光宮にいる、と伺いましたの。それならこの際、新しい光鴒への贈り物も併せて持参しようと思いまして。もちろん神官の許可も得ましたし、毒見も済んでおります」

「そうでしたか。恐れ入ります」

「とんでもない。御鳥児と直接お会いできるのは光栄ですわ。それに、泉玉や静牙様にも久々に会いたかったので」


 静牙が鳴鈴に「わざわざのお越し、痛み入ります」と頭を下げる。泉玉とも随分馴染んでいるし、同じ五名家同士、家ぐるみの付き合いがあるのだろう。

 鳴鈴は後ろに控えていた従者を呼んだ。従者は美しい陶器の壺を持ち、もう片方の手に小箱を抱えている。


「此度の光鴒はお酒を嗜まれると聞きまして。地方から取り寄せた酒を持参したのですが、宜しかったかしら」

「えっ、お酒を持参? よく神官の許可が下りたわね」


 泉玉が目を見開く。

 酒を贈り物で貰ったことはあるが、あくまで食事と共に出される形だ。それも節度を保った量であり、こちらが好きなだけ飲むことは基本的にできない。

 以前泉玉が好きな酒を手配してくれた時も、同じやり方だった。直接持参となるとまず神官に難色を示されるらしい。毒殺などを警戒しているのもあるが、清らかな御鳥児が酒に溺れるなど言語道断、という風紀上の懸念が大きいようだった。


「確かに飲酒は禁止じゃないけど……流石は調家ね」

「神官にも伝手はあるものよ。ほら、許可証もこの通り」


 鳴鈴は神官の印が押された紙を見せてくれた。確かに、毒見済の記載もある。


「……本物だな。間違いない」

「もちろんですわ、静牙様。それから、泉玉にはこちらのお菓子を」

「まあ、随分上等な品ね。ありがとう」


 泉玉に小箱を渡した鳴鈴は、酒壺を手にして晏珠に笑いかける。


「晏珠様、夕餉はお済みですよね。宜しければ、今から少し嗜まれませんか?」

「今からですか? でも……」

「夕べの祈りも終わっているなら構わないでしょう。女官たちに言えば、肴を用意してくれるでしょうし」


 確かに今日の務めは終わっているが、何だか羽目を外すかのようで躊躇われる。後で神官から嫌味を言われたりしないだろうか。

 思わず泉玉を見ると、彼女は苦笑して頷いた。


「いいんじゃないかしら。夕餉の後に来客と歓談するのはおかしな事ではないわ。飲み過ぎて問題を起こしたりしなければ、特に何も言われないわよ」

「そういうもの?」

「ええ。直接の持ち込みにも許可が出てるんだもの。私は殿下に呼ばれてるから途中で失礼するけれど、せっかくの良いお酒だし。いただくと良いわ。ね、兄様」

「……そうだな。少しくらいはいいだろう」


 二人がそう言うなら、言葉に甘えても大丈夫だろう。鳴鈴が持参した酒は見るからに高級で、酒楼で働いていた晏珠も初めて目にするものだった。正直、早く飲んでみたい気持ちはある。

 幸い酒にはかなり強い方なので、少しくらいなら酔っ払って醜態を晒す心配もない。


「では、御相伴に預からせていただきます」

「ええ、是非! 静牙様もご同席くださいますよね?」

「いや、俺は隣の部屋で控えておりますので」


 女性同士の付き合いに水を差すと思ったのか、静牙はやんわりと断ったが、鳴鈴は引かなかった。


「そんなことを仰らないで。静牙様にお会いするのも久しぶりですもの」

「だが、女性の語らいを邪魔しては……」

「邪魔なんてとんでもありません。男性が一人で居心地が悪ければ、わたくしの従者も同席させます。それに、泉玉だって途中までは居てくれるのでしょう?」

「ええ、そうさせてもらうわ」


 見た目は可憐だが、どうやら中々に押しの強いお嬢様らしい。泉玉が頷いたのを見て、静牙もしばらく逡巡したのちに首を縦に振った。五名家筆頭である調家との関係を考えると、提案を無碍にもできないのだろう。


「では、ご一緒させていただきます」

「ああ、良かった! 文達(ぶんたつ)、女官たちに声をかけてきて頂戴?」

「畏まりました」


 呼ばれた従者が出て行くのを見送り、晏珠は泉玉と顔を見合わせて苦笑した。


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