3-1
「そう、翠芳がそんなことを……」
導きの儀からしばらく経った頃。
久々に陽光宮に顔を見せた泉玉は、翠芳と柳星の一件を聞くと顔を曇らせた。
「大丈夫よ。秋の導きの儀は無事に終わったし」
「そうね。良かったわ、晏珠がいてくれて」
泉玉は少し表情を和らげたが、物憂げに嘆息した。
「去年の秋は、本当に嵐が多くて。あの子、あちこちに駆り出されていたの。私も心配していたんだけど、なかなか話す時間が取れなかったのよね。まさかそこまで悩んでたなんて……」
「我慢強そうな子だもの。周りに心配をかけたくなくて、言わなかったんじゃない?」
導きの儀が近づいて、精神的に追い詰められたが故に起こったことだろう。泉玉が対応しきれなかったのも無理はない。
「御鳥児同士でも、色々あるのよね。実は」
「え、そうなの?」
「神に選ばれた歌姫って言うと、すごく高尚な存在に思えるでしょ。でも、中身は10代の女の子たちなのよ。普通のね」
「ああ、なるほどね。確かに」
御鳥児同士があまり交流しないのは、無用な衝突を避ける意味合いが強いのかもしれない。
泉玉自身、御鳥児に成り立ての頃は苦労したと言う。他でもない王太子が鳥番だったため、先代の御鳥児たちからは遠巻きにされたり、逆に過剰に擦り寄ってこられたりと、あまり良い関係を築けなかったらしい。
「今の御鳥児は皆いい子よ。礼儀正しいし、優しい子ばかりで。でも、私に対してはどうしても壁があってね。もっと仲良くしたかったんだけど」
「将来の王太子妃、ひいては王妃様だもんね……。私だって、本当はこんな風に話せる立場じゃないもの」
あの王太子のことだ。鳥番を務めている間も、泉玉が正妃候補であることをあちこちで吹聴していたに違いない。
王太子の正妃になる存在となれば、いくら泉玉がさっぱりした性格でも、友達のように親しくとはいかないのが普通だろう。見る人が見れば、晏珠の態度は不敬だと詰られても仕方がない。
泉玉は唇を尖らせ、「晏珠までそんなこと言わないでよ」と顔をしかめた。
「ここに来るの、楽しみにしてたんだから。最近、本当に窮屈なことばかりなの。息抜きしないとやってられないわ」
「お疲れ様。王太子妃殿下も大変ね」
「やめてってば。違うわよ、まだ!」
まだ、ということはその気が全く無いわけではないのだろう。あの王太子に観念するのが嫌なのか、覚悟を決めるのに時間がかかるのか――両方かもしれないが。
だが、部外者がこれ以上首を突っ込むのも野暮だ。晏珠は話題を元に戻した。
「つい口を挟んじゃったけど……翠芳、迷惑じゃなかったかしら。感謝はしてくれたけど、お節介だったんじゃないかって、ちょっと思うのよね」
「そんなことないわよ。嬉しかったと思うわ」
いささか後ろ向きな晏珠の言葉を、泉玉は勢いよく否定した。
「誰かに気にかけてもらえるって、有り難いじゃない。この宮では人との交流が希薄になりがちだから、特にね」
「でも、そういう交流を煩わしく思う人もいるでしょう?」
酒楼の客にも、一人で静かに飲みたい人はいる。そういう客は雰囲気で分かるので、父も晏珠も無理に話しかけることはしなかった。
自分でもそうだ。辛い時に誰かに話して楽になることもあるが、逆に一人になりたい時もある。だから翠芳には最初に確認したのだが、多少強引だった自覚はある。無理に言わせてしまったかもしれない。
「確かにそういう人もいるけど、晏珠はそこはしっかり見極めてると思うわよ。もし翠芳が嫌がったら、すぐに引いたでしょ?」
「それはもちろん」
「だったら大丈夫。……あのね、晏珠」
泉玉は居住まいを正し、真剣な顔をした。
「翠芳だけじゃなく、果燿も、桜喜も、それぞれ事情を抱えてる。これからも悩んだり、苦しんだりすることはあると思うの。だから、私からのお願い」
「泉玉……」
「あの子たちが困っていたら、無理のない範囲で助けてあげて。私には出来なかったことも、あなたなら出来ると思うから」
もちろん私も出来るだけの手伝いはするわ、と言う泉玉に、晏珠は苦笑する。
「でも、私が一番新米なのよ?」
「御鳥児としてはね。でも、悩める少年少女には先達の導きが必要なのよ。時には」
「先達って、また大袈裟ね」
いくら年上とは言っても、親子ほどに離れているわけではないし、偉そうなことを言える立場ではない。彼女たちにとっては要らぬ世話かもしれないのだ。
だが、泉玉の言うことも分かる。御鳥児という特殊な役目を負った者にしか、分からない心理もあるだろう。家族や友人に全く会えないわけではないが、俗世を離れた生活を何年も強いられるのだ。自覚はなくとも心労は溜まるに違いない。
新米の御鳥児でも、話し相手くらいにはなれる。彼女たちが望んでくれるなら、だが。
「分かった。さりげなく気にかけておくわ、私が役に立てるかは分からないけど」
「十分よ。ありがとう、晏珠」
二人が笑みを交わしたところに、部屋の外から静牙の声がかかった。
「晏珠、泉玉。いいか」
「兄様?」
「ええ、どうしたの?」
立ち上がって扉を開けると、静牙は「来客だ」と告げた。
「来客? 私に?」
「ああ。正確には君と泉玉に、だな」
言って静牙は少し体をずらす。そこに立っていたのは、華やかな身なりの女性だった。初めて見る顔だが、自分に何の用なのだろう。
少し戸惑った晏珠に、女性はにっこりと笑った。
「初めまして、晏珠様。わたくし、調鳴鈴と申します」




