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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
2 立秋の憂い
20/75

2-9

 数日後、天聴宮にて「導きの儀」が厳かに行われた。


 真白の正装に身を包んだ風鴒――翠芳が、迷いのない足取りで中央の大祭壇へと向かう。祭壇の傍には神官長の朱角が立ち、恭しく翠芳に頭を下げた。

 一歩遅れて付き従うのは、鳥番の柳星だ。流石にきちんと髪をまとめて、服装も整えている。


 晏珠たち他の御鳥児も同じく正装し、鳥番と共に後ろに控えていた。さらに後ろには、神官たちがずらりと並んでいる。

 が、果燿だけは鳥番の登毘と共に大勢の護衛に囲まれ、ほとんど姿が見えない。ほんの少し垣間見えた姿は登毘よりもさらに一回り小柄で、銀色に輝く髪を持った少女だった。珍しい色だ。

 特別扱いといえば聞こえはいいが、これでは完全に籠の鳥だ。このやり方が神官長の意向だと言うなら、やはり彼の思考回路は理解できそうもなかった。


 御鳥児や神官たちが見守る中、翠芳は階段を上り、大祭壇の前まで辿り着いた。

 両手を軽く広げ、天を見上げる。白い袖が広がり、まるで翼を広げた鳥のようだ。



 ――導きの歌は、静かに始まった。



 歌詞のない歌が、天聴宮に響き始める。清涼な風に肌をさらりと撫でられるような、心地よい歌声だ。


 翠芳の声は伸びやかだった。彼女が気にしていた音程や抑揚など、ひとつも問題にならない。

 身体が浄化されていくような感覚に身を委ねて、晏珠は目を閉じた。怯えて泣きじゃくる幼い子供を慰める優しい手が、瞼の裏に見えた気がした。


 歌は風のように舞い上がり、天聴宮に新たな季節の気配が漂い始める。

 翠芳の手が、大きな何かの輪郭をまるく撫でるように、ゆっくりと上昇していく。



 ――これが、導きの儀。



 目の前の光景に、晏珠は圧倒されていた。歌う翠芳は神々しく、今にも鳥のように羽ばたいていきそうだ。遥か、高く、銀鴒天主の元へ。


 最後の声が響き渡る。

 永遠に続くかのように思えた長く伸びやかな音は、まるで一枚の羽がひらりと落ちたように途切れた。


 天聴宮が静まり返る。神官長が再び一礼し、翠芳に何かを捧げるような動作をした。

 翠芳はゆっくりと振り返り、全員を見渡して口を開いた。



「――風鴒の名の下に。ここに、秋の到来を宣言します」



 空気が変わった。

 夏の強い光は少しずつ引き始め、代わりに満ちてくるのは秋の涼しい風だ。



 ――ああ、そうか。

 ――導きの儀は、「満ち引き」の儀であるのね。



 新たな季節が、始まる。

 翠芳はやり遂げたのだ。自分でも実感しているのだろう、少し離れた場所から見ても、頬が紅調しているのが分かる。

 隣に立つ柳星も、誇らしげに笑みを浮かべている。晏珠にも、彼女の高揚ははっきりと感じ取れた。


 ――もう大丈夫ね、翠芳。


 大きな天災が起きれば、彼女はまた心を痛めるかもしれない。でも、大丈夫だ。最後までお前の味方だと言い切った鳥番が、いつも側に居るのだから。


 心の中だけで呼びかけて、階段を下りる翠芳を感慨深く見つめていると、彼女を先導する朱角と視線が交差した。

 その目は冷たく、突き刺すような鋭さを持っていた。

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