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神の小鳥は遅れて集う  作者: 糸尾 文
2 立秋の憂い
19/75

2-8

 お礼を言って清風宮に戻っていく二人を、晏珠は静牙と共に見送った。これで晴れて仲良く、とまでは行かずとも、少なくともわだかまりは解けただろう。


「……すれ違うことも、あるわよね。まだ若いんだし」


 何やら年寄りじみた台詞になってしまったが、静牙は「そうだな」と応じてくれた。

 御鳥児と鳥番という運命的な結びつきがあるとはいえ、生まれも育ちも違えば、価値観の不一致が起こるのは当然といえば当然だ。晏珠から見れば微笑ましくもあるが、当人たちにとっては深刻だろう。


「でも、あんなに環境が違うのによく出会えたわね、あの二人」

「ああ、それは『鳥呼び唄』を歌ったからだ」

「――鳥呼び唄?」


 聞き慣れない言葉に目を瞬かせると、静牙が説明してくれた。


「鳥番は、御鳥児の近くにいる男が選ばれることが多い。今の花鴒と鳥番は幼馴染だと聞いているし、泉玉と王太子殿下も、恐れ多いがそれに近い」

「そうなのね」

「鳥番自身には徴が何もない。御鳥児の徴が光って初めて分かる。もし、周辺に誰も該当者がいない場合は、何処にいるのか分からない」


 その時に御鳥児が歌うのが、「鳥呼び唄」と呼ばれる曲だと静牙は言う。


「鳥番に呼びかける歌ってこと? でも、遠くにいるかもしれないのに」

「ああ。鳥呼び唄は、鳥番が国の何処にいても聞こえると言われている。風鴒……あの娘も天聴宮で鳥呼び唄を歌って、それを聞いた柳星が宮まで来たんだ。歌が聞こえると言うよりは、文字通り呼ばれているような感覚になるらしいな」

「そんなことがあるのね……」


 人の声が届く範囲には当然限界がある。御鳥児は総じて歌は上手いのでよく声は通るが、それでも国の隅々まで届くなんてことは有り得ない。これも天主様の力なのだろうか。


「じゃあ、私がその歌を歌ったら、静牙は何処にいても聞こえるのね」

「そうなるな」

「……不思議ね。御鳥児と鳥番の繋がりって」


 しみじみと呟くと、静牙は晏珠の方を向いて言った。


「それにしても、さっきはよく分かったな。柳星が近くにいると」

「え、そう?」


 晏珠からすれば、特別不思議なことではない。鳥番ならそうするだろうと思っただけである。要するに。


「あなたなら、そうするだろうなって」

「……俺が?」

「そう。静牙なら、私がどんなに怒って付いてくるなって言っても、役目はきちんと果たすでしょう?」


 柳星とはほとんど会話したことがなく、彼の性格を熟知しているわけではないが、翠芳に対してあまり丁寧に接している印象はなかった。彼女が宮を飛び出しても、追い掛けるかどうかまでは分からなかっただろう――彼が、鳥番でなければ。

 だが、どんなに育ちが違っても。彼は翠芳の唯一の鳥番なのだ。


「柳星はもう何年も鳥番を務めてるんでしょ。それなら、本能的に翠芳から目は離さないだろうって」

「……そうか」

「まあ、多少賭けではあったけどね。当たって良かったわ」


 肩をすくめた晏珠をまじまじと見下ろし、静牙は呟いた。


「君は、すごいな」

「え、いきなり何?」

「まだ御鳥児になって間もないのに、ああして話を聞いて……風鴒の悩みを解消してみせた」

「やだ、そんなの大したことじゃないわよ」


 何を言うかと思えば。晏珠はひらひらと手を振って笑う。


「これでも酒楼で接客業やってきた身だもの。人の愚痴や悩みを聞くのは慣れてるわ。それに、解決したのは私じゃない。あの子たち自身よ」


 酒楼には日々の鬱憤を解消するために飲みに来る人が多いし、酔って悩みをぽろりと零す人もいる。もう随分前に亡くした娘を偲んで泣く、沃徳のような男もいる。父も晏珠も、そういう客にいつも付き合って、彼らの話に耳を傾けてきた。

 

「どんな問題も、解決できるのは本人たちだけでしょ。話を聞いた上で少しだけ助言したり、背中を押したりはするけどね」


 当事者でない上に片方からの話しか聞いていない以上、どちらが正しいと判断できるような立場ではない。自分たちにできるのは、否定せずに話を聞くことだけだ。父の姿を見て、晏珠は自然とそれを学んできた。


「そもそも、解決できない問題だってたくさんあるわ。でも、誰かに気持ちを受け入れてもらえたと思うだけで、前に進めることってあるじゃない」

「……受け入れてもらえた、か」

「そう。静牙はない? そういう経験」


 尋ねると、静牙は「どうだろうな」と首をひねった。


「悩みがないわけじゃないが、それを誰かに話そうと思ったことはあまりないな」

「そういう人こそ、酔うと箍が外れたりするものよ。そういえば、あなたはお酒は飲まないの?」

「酒は……そうだな。そんなに飲む方では、ない」


 若干口ごもったところを見ると、あまり酒に強くない方なのかもしれない。それなら晏珠としても強く勧めるつもりはない。あの美味しさが分からないのは勿体ないとは思うが、体質ばかりは如何ともし難いのだ。


「そう。じゃ、仕方ないわね。でも、飲んでなくても愚痴くらい言ってくれていいのよ、別に」

「……男なのに情けない、とは思わないのか」

「思わないわよ。そりゃ、毎日文句ばかりだと嫌になるかもしれないけど。たまにはいいじゃない」


 静牙が毎日のように愚痴を言う性格なら、そもそもこんな提案はしていない。

 生真面目な鳥番はしばらく考えを巡らせているようだったが、やがて落ち着いた声で答えた。


「分かった。その代わり、君も言ってくれ」

「え、私?」

「一人で抱え込むなと、風鴒にも言っていただろう。そのために鳥番がいる、と」


 真剣な眼差しが、晏珠を射抜く。


「鳥番は時に、御鳥児を傷つける存在になる。だから、俺はあまり君に近づかない方がいいと思っていた。もちろん側にはいるが、陰で守っているのが一番いいと」

「そう……」

「だが、君と柳星の言葉を聞いて……考えさせられた」


 ――私たちには、鳥番がいるでしょう?

 ――お前の味方だ。最後まで、何があろうと。


「話をするのは得意ではないが、聞くことならできる。困ったり、悩んだりしたら、話してほしい」

「静牙」

「柳星の真似になってしまうが……君も、忘れないでくれ。君が呼んだら、俺は何処からでも助けに行く」


 いつになく熱がこもった視線と言い方に、一瞬胸が詰まる。

 狼狽を悟られまいと、晏珠は慌てて答えた。


「分かったわ。何かあったらちゃんと言うから」

「よし。約束だ」


 静牙の唇がゆるく弧を描く。あまり表情の動かない彼が見せた柔らかな笑顔に、晏珠は急いで顔を反らした。


「……天然でこれって、狡くない?」

「何か言ったか?」

「いいえ何も。それより、私たちも戻りましょ」


 普段との印象が違いすぎて戸惑っただけだ。そうに決まっている。

 早足で陽光宮に向かいながら、晏珠は顔の熱をつとめて意識の外に追い出した。

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