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「はぁ?! 兵士たちに攻撃させたですって?!」
「ああ。俺の機転は素晴らしいだろう。褒め称えてくれていいんだぞ」
「どこに褒める要素があるの?! 何してくれてるのよ、あなたって人は!!」
本殿での出来事をかいつまんで話すと、泉玉が目を吊り上げて怒り出した。しかし燕月はどこまでも得意気で、彼女の抗議も綺麗に右から左へ受け流している。
「処女調査なんて屈辱的な事態を回避できたんだぞ? 十分素晴らしいだろうが」
「そんなこと、させる方が間違ってるのよ。陛下だって分かってらっしゃるわ、お任せしておけば丸く治まったでしょうに!」
「いや、分からんぞ。あの場の雲行きは怪しかった。なあ、静牙」
問われた静牙が重々しく頷いた。
「殿下の仰る通りだ。神官長の主張は明らかに道理に反していたが、他の官吏たちはあの威圧感に呑まれてしまっていた」
「だからって、やりすぎよ! 兵士に蜂の巣にさせるなんて! もう少しやりようがあったでしょう。その場で何か歌を披露させるとか!」
「歌の上手い娘なんざ、御鳥児じゃなくたっていくらでもいる。あいつら神官にとって、そこは大して重要じゃないんだよ」
――大事なのは、御鳥児に相応しい神性を備えているか。その一点のみだ。
指を立ててきっぱりと言い切った燕月に、泉玉はひとまず矛を収めたらしく、渋々といった様子で椅子に座り直した。
「でも、朱角様はどうしてそんなことを? 確かに普段から規律に厳しい方だけど、そこまで非道なことを仰るなんて初めてだわ」
「そこだな。俺から見ても、あの拘りようは普通じゃない。私怨でもあるなら別だが……晏珠、お前朱角とは初対面だよな?」
「勿論です」
「どうも『酒楼育ち』というところに拘っていたようだし、何か個人的なわだかまりでもあるのかもしれんな……」
物憂げに呟いた燕月は、晏珠と静牙に言った。
「今回は王の顔を立てる形で朱角が折れたが、あの様子を見る限り、あいつが納得したとは思えん。晏珠が御鳥児になってからも、何か仕掛けてくる可能性は否定できない」
「……はい」
「いくら神官だろうと、御鳥児に直接害を成すのは相当困難だ。武器は効かないし、食事には必ず毒見が付くからな。だが、穴が全くないわけじゃない。重々気を付けろよ、静牙。俺の方でも、朱角の動向には注意しておくが」
「は、承りました」
大きく頷いた静牙を見て、燕月は満足げに笑った。
「よし、じゃあ引継ぎを進めるか。俺と静牙はここで話そう。泉玉は晏珠と祭壇の間に行くだろ?」
「そうね。お祈りの仕方を伝えないといけないし。行きましょうか」
「え? 王太子殿下と静牙にも何か引継ぎがあるんですか?」
自分が泉玉から引継ぎを受けるのは分かるが、なぜ王太子が。
疑問を挟んだ晏珠に、燕月は至極当然のように言い放った。
「そりゃあるだろ。俺は泉玉の『鳥番』だったからな。後任の静牙には色々伝えることがある」
「えっ?! あなたが『鳥番』?! 王族でも選ばれることがあるの?!」
「当たり前だろ。王族だろうと、羽ノ国の民には違いないんだからな」
聞いていない。全く聞いていない。道理で泉玉とは気安いわけだ。言われてみれば、泉玉の首元の徴はわずかに光を放っている。ほぼ消えかかっているので、かなり注意して見ないと分からなかった。
それで彼はわざわざここまで付いて来たのか。静牙も静牙だ。知っていたなら一言説明しておいてくれればいいのに。
となると、彼が御鳥児の捜索を急がせた理由は。
「あの……私を探させたのは、ひょっとして、早く鳥番のお役目から解放されたかったからですか?」
「いや? それは別に良かったんだがな。問題は泉玉の方だ」
「え?」
「御鳥児をしているうちは結婚できないだろ。だから早く交代させたかったんだよ。泉玉は俺の正妃になる女だからな」
――王太子の、正妃になる女。
つまり、泉玉を早く自分の妻にしたくて、御鳥児の交代を急がせたと? それで静牙を含め、大勢の兵士を動かして捜索したと?
晏珠は呆れ返った。二人の関係は分かったものの、この王太子、本当に大丈夫なのか。傍若無人にも程がある。
「なにそれ……思いっきり私情じゃない……」
「いいだろ、別に。御鳥児が早く見つからないと困るのも本当だ」
全く悪びれない燕月に、泉玉が顔を赤くして言い募った。
「ちょっと、滅多なこと言わないで! 私はまだ了承してませんからね、その話!」
「往生際の悪い奴だな。何が不満なんだ」
「その不遜な態度のすべてよ! だいたいね、あなたは昔っから――」
「泉玉……だから無礼な言い方はやめろと……」
痴話喧嘩のようなやり取りは、放っておくと永遠に続きそうだ。静牙のささやかな忠告などまったく意味を成さない。
まだ何の引継ぎも済んでいないというのに、この有様。前途多難だ、と晏珠は天を仰いだ。




