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同族嫌悪

作者: 遠野なつめ

企業に併設された研究施設。

廊下の端にある相談室で、ふたりの女性が机を挟んで座っていた。どちらも見た目が若く、肌や髪の質感は少女のようにも見える。黒髪のほうはサクヤ、緩くカールした金髪のほうはミーナと呼ばれている。


部屋の隅には観葉植物を模した鉢があった。人工の葉は決して枯れず、虫に食われることもない。相談室に据え置けば、リラックスした雰囲気をつくる役に立つ。


そんな工夫も空しく、少女たちは殺伐とした空気のなかにいた。


机にはサンドイッチの箱と飲み物が載っており、互いに無言で手に取っては口に運んでいく。ジュースをコップに注いで飲み、サンドイッチをもぐもぐと咀嚼する。彼女たちが美少女の類に入るとはいえ、この間に挟まって食事をするのは遠慮したい人が多いだろう。


企業のロゴが入ったTシャツを着ていたが、纏う雰囲気は違っていた。

サクヤが姿勢よく食事を摂る姿と、ナナミのTシャツを突き上げるような豊満な胸が目を引く。


サンドイッチを半分ほど食べたところで、サクヤが口を開いた。


──お前はなんのために生まれてきた、と。


唐突な問いに、ミーナは迷わず答えを返した。


「たくさんの人を癒して愛するため」


サクヤは口だけを動かして相槌を打った。

ミーナはサクヤの顔を正面から見て「そういうあんたは」と聞き返す。


「敵の部隊を殲滅するため」


サクヤが具体的な地名を挙げると、ミーナは不快感を示した。


「人殺し」

「それが私の役割だからな」


サクヤは言葉自体を否定せず、反対に問いを返した。


「お前こそ、癒しとか愛だとか言ってて空しくならないか?」

「わたしはそのために生まれてきたの。冷血なあんたよりはマシよ」

「愛するといえば聞こえはいいが、皆の欲望のはけ口にされてるだけだろう。いい加減気づけよ売春婦」

「それで誰かが癒されるなら良いことでしょう。人でなしがとやかく言わないで」


食事を済ませたふたりは、机の片隅に空いた器を寄せて、立ったまま互いを睨みつけた。罵り合いはまだ続く。


「ごちそうさま。あんたさえいなければもっと美味しかったのに」

「同じだよ。一人で食べるほうがよっぽど良かった」


「それにしても、誰にも抱いてもらえないなんて可哀相」

「私が抱かれるのは後送されるときだけだ」


眼鏡をかけた青年が、相談室のドアをノックして中に入った。


「こんにちは。なんか空気悪いね」


ふたりは青年に向き直る。ミーナのほうが先に口を開いた。


「空気、ですか。私たちのやり取りを聞いていたんですか?」


青年が頭を掻いて「うん」と答えると、ミーナは立ち上がって釈明した。


「失礼しました。サクヤが心無い言動をするもので、つい口が過ぎてしまいました」


サクヤも頭を下げる。


「不快感を与えて申し訳ありません。しかし、彼女の言動は軍の職務を理解しない不当なものであり、毅然とした対処が必要です」


青年はふたりを交互に眺めて、人を傷つけるようなことを言わないって決まりだよね、と諭した。


「確かに、他の人を不快にさせるのは良くないことです」

「しかし、相手は人間ではありません」


少女たちの言葉が重なる。

青年は呆れた顔をして、食事のトレーを回収しようと廊下に出る。相談室の扉を閉めるとき、鉢植えの緑の葉が空調の風を受けてわずかに揺れた。


「似た者同士で仲良くすりゃいいのに」


少女たちはその言葉には答えず、別のほうへと歩いていく。サクヤは相談室横の階段を上り、ミーナは廊下を引き返して、2人の背中は遠ざかった。


数十分が経って、隣の部屋でのこと。

中年の研究者が、相談室の映像をパソコンで再生していた。少女たちが罵倒し合うのを、興味津々な顔つきで眺めている。


助手の青年は一歩引いたところから、研究者の背中を眺めていた。


「実に面白い!君ももう一回よく観なさい」

「いや、いいです。喧嘩を録画して面白がるのって悪趣味ですよ」


「もったいないね。ここまで興味深いものはめったにないよ」


青年は「ちょっと気になるんですが」と口にした。

リアルタイムで監視していたが、サクヤが急に問いを発するのは妙な感じがする。彼女たちの性質から考えて、黙って食事を終えるのが自然ではないか。


青年の問いに、研究者はこともなげに返事をした。


「サクヤのほうに予め声をかけたんだよ。一緒に食事をして、なんのために生まれてなにをして生きるのかを語り合うといい、って。ミーナのほうにも、サクヤと食事をするように指示しておいた」


わざと焚きつけたのか、と青年は背景を知った。

師は研究で多くの成績を上げているが、人間性にはときどき疑問を抱く。


「生体アンドロイドは他の人に礼儀正しく振舞うようにプログラムされていて、面と向かって悪態をつく例は滅多にないんだけど」

「他のアンドロイドは“人”じゃないってわけか」

「そう」


アンドロイドが複数集まると、状況によっては今日のような喧嘩になるという。倫理プログラムの狭間で罵詈雑言を吐き合うのは滑稽な気もしたし、滑稽というのは失礼だとも思えた。


研究者がカーソルを操作すると、少女たちが睨み合っている様子がモニターに映った。


「僕がいないほうが感情表現が豊かですね」

「そういうこと。プログラムは透明な鎖みたいなもので、そこから抜け出せば語彙も増えるし、よく言えば生きてるように見える」


「はい。それにしても、軍用と愛玩用は対立し合うんでしょうか」


青年の呟きに、研究者は「同族嫌悪ってやつだろう」と返してバインダーを開いた。軍用398号と、愛玩用317号。今月中にはこの施設を出る予定で、同じ軍事キャンプに送られることが記されていた。

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