大好きな義姉の幸せを見守るため、将軍さまの弟との結婚を望みます。愛のない白い結婚でも大丈夫だと宣言していたら、優しい夫ができました。
この作品は、『義妹の身代わりで隣国将軍の嫁にされた嫌われ令嬢です。夫が死ぬまで祖国に帰ってくるなと言われていたのに、優しい旦那さまを愛してしまいました。』(https://ncode.syosetu.com/n8402ib/)の義妹が主人公の物語です。
『義妹の~』は、2023年8月31日より一迅社様から発売されている「訳あり令嬢でしたが、溺愛されて今では幸せです アンソロジーコミック6」に収録されております。
単体でも読めるように書いたつもりですが、上記を読了済みでないとわかりにくい部分があるかもしれません。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
「だから、わたしはお義姉さまを見守るためにあなたの弟と結婚するって言っているの!」
「わかったから落ち着け。同じ部屋にいるのだから、騒がずとも声は聞こえている」
泣く子も黙る将軍クレメントの執務室で、ふんぞり返る少女がひとり。恐れを知らぬ彼女の名前はコーネリア。将軍の愛妻サンドラの妹である。
「だってこんなにお願いしているのに、さっきから庭に行って庭師見習いとして働けって言ってばっかりじゃない。いくらわたしに弟を紹介したくないからってひどいわ。さすが鬼将軍ね!」
「俺はただ、弟と結婚したければ庭に行ってみろと言っただけで」
「ほら、言ってるじゃない。ふん、あなたなんかお義姉さまの夫だから敬意を払っているだけなんだから。お義姉さま、心配しないでくださいね。何かあったら、私が娼館落ちしてでもお義姉さまのことは養ってみせますから!」
「サンドラが泣くから、冗談でも言うのはやめなさい」
大騒ぎしながら部屋を飛び出して行く妻の妹を、将軍は困ったように見送った。
***
コーネリアの母国とクレメントの暮らす隣国は、長い間戦争が続いていた。
戦争中にコーネリアの義姉であるサンドラとクレメントが結婚することになった時には、多くの人間がサンドラのことを捨て駒の人質だと認識していたが、実際のところは大きく異なっている。
コーネリアたち家族は、クレメントのひととなりを信じて、愛するサンドラを託していたのだ。日頃からコーネリアがサンドラに冷たくあたっていたのも、彼女を守るため。蛆虫のような母国の王族たちの目を欺くべく、心にもない台詞を言い続けていたのだった。
ちなみにコーネリアがサンドラのことを「お義姉さま」と呼ぶことからもわかる通り、ふたりに血の繋がりはない。クレメントから見てコーネリアは妻の妹であるからして義妹だが、コーネリアの姉であるサンドラから見てもコーネリアは義妹である。続柄があまりにややこしいのでサンドラはコーネリアに「サンドラと名前で呼んでちょうだい。そもそも、私とあなたは同い年でしょう」と言い聞かせているのだが、コーネリアは断固として「お義姉さま」と呼び続けている。それはなぜかというと……。
「『お義姉さま』という言葉には夢が詰まっているのよ!」
日傘を勢いよく振り回しながら、コーネリアが熱弁をふるう。彼女の隣では、庭の管理を一手に引き受けている庭師のモリスが土壌の改良に勤しんでいた。コーネリアの存在を無視しているかと思いきや、一応会話には付き合っているらしい。
「義理の姉妹になる前は別の呼び方をしていたのですよね?」
「そうよ。その時はね、『お嬢さま』って呼んでいたの! はあ、萌えだわ。萌えが詰まっているわ。主従関係というだけでもたまらないのに、『どうか名前で呼んで。大事なお友だちなんだもの』とか言われた日には、尊くて卒倒するかと思ったわよ!」
コーネリアがさらに続けようとしたとき、うろんな眼差しのモリスが疑問を呈した。
「ところで、どうして僕は君の暑苦しい想いを聞く羽目になっているのでしょう」
「だって将軍さまが、俺の弟と結婚したければ庭師見習いとして働けって言ったんだもの。仕方がないじゃない」
「なるほど、閣下に確認をとらなければならないことだけはよくわかりました」
作業がひと段落したのか、しゃがみこんでいたモリスが立ち上がる。目の前に立った彼は、想像よりもすらりとした体躯をしていた。
「それにしても、君はどうして閣下の親族との結婚を望むのです。かつての君は義姉を虐げるわがまま姫として悪名を馳せていたようですが、それが演技だとわかった今、輿入れ先に困るようなこともないはず。わざわざ、表舞台に出てこない変わり者を結婚相手に選ぶ必要はないのではありませんか」
モリスの問いかけに、コーネリアは頬を膨らませる。相手が自分のことを詳細に把握していることが面白くないのだ。
「だって遠くにお嫁に行ったら、お義姉さまの結婚生活を見守れないじゃない」
「……閣下が、信用ならないと?」
「そうじゃないわ。ただ、今までずっとお義姉さまに悲しい思いをさせてしまったから。毎日、お義姉さまの笑った顔を見ていたいの」
「閣下のご令弟が真人間とは限りませんよ。大量に妾がいるかも」
「白い結婚も愛のない結婚もばっちこいよ!」
「……なるほど。わかりました。君を庭師見習いとして面倒見ましょう。ただし、令嬢扱いはしませんのでそのつもりで」
「そうこなくっちゃ!」
コーネリアはいたずらっぽく笑うと、庭師に向かってウインクを飛ばしてみせた。
***
「意外なものですね。その手つき、とても令嬢とは思えません」
「それ褒めてないわよね?」
その場の勢いで庭師見習いを始めたコーネリアだったが、彼女の働きぶりはなかなかさまになるものだった。どうせ令嬢の一時のわがままだろうと思っていたモリスも目を丸くしている。
「褒めていますよ。閣下と縁を結ぼうと画策して、この庭に来たのはあなたひとりではないのですから」
「やっぱりそうなんだ。もしかして現在進行形で、わたし以外にも『将軍の弟と結婚しちゃおう大作戦』に挑戦中のひとがいるの?」
「まさか。みなさん、最初こそ威勢良くいらっしゃいますが、すぐに立ち去ってしまいます」
モリスの話にコーネリアは首を傾げた。庭師見習いで将軍の弟の妻の座が手に入るなら安いものではないか。
「どうして?」
「日焼けをするのが嫌だと」
「帽子でもかぶれば?」
「虫が出るのが我慢ならないそうで」
「確かにアブラムシは憎たらしいわね。カマキリやテントウムシを大量導入しようかしら」
「身体が汚れるとおっしゃる方も」
「ここまで汗と泥で汚れるのなら、休憩がてら近くの川で泳ぎたいわ」
田舎娘どころか野生児のような発言を、コーネリアは口にする。騎士を父に持つ彼女にとって野原や川は、絶好の遊び場だった。張り詰めた母国の生活から一転、自然に触れ合う穏やかな暮らしは毎日楽しくて仕方がない。
「まったくあなたときたら。噂とは大違いじゃないですか」
「噂は意図的に流しているもの。本当はただの田舎娘。意地悪な貴族の令嬢に見えるように、こてで髪の毛を巻いたり盛ったりして大変だったんだから」
「淑女教育はぎりぎり及第点といったところでしょうか」
「ここはお庭だからいいでしょ。一日中歩く練習は勘弁してほしいわ」
頬に泥をつけたまま、コーネリアはけらけらと笑う。そんな彼女の目の前でモリスが剪定用の鋏を落としたものだから、コーネリアはわざとらしく彼の顔を覗き込んだ。すっかり悪い顔をしている。
「なあに、可愛くて見惚れちゃった?」
「君は本当に普通の女の子なんですね」
「ちょっと、わたしのことをなんだと思っているの?」
「義姉から離れたくないばかりに、好きでもない男と結婚しようとする女性です」
「大正解ね!」
「そこは多少は恥じ入るべきでは?」
失礼極まりない評価をコーネリアは豪快に笑い飛ばしてみせた。
***
日々、作業の合間には休憩と差し入れが入る。今日はなんと義姉特製の手作りお菓子が用意されていて、コーネリアの機嫌はうなぎのぼりだ。屈託のない笑みで、サンドラとの思い出を語っていく。
「こうやって土いじりをしていると、お義姉さまと一緒にお庭で遊んだことを思い出すわ」
「そう言えば、最初は友人だったと」
「子どもの頃はよく一緒に花冠を作って遊んでいたの。お義姉さまは昔からとっても可愛くて、初めて会ったときなんか、妖精の国のお姫さまかと思ったんだから」
コーネリアの言葉に、モリスが苦笑した。
「まるで一目惚れのようですね」
「昔、お父さまが言っていたわ。自分の主人とするべきひとには、会った瞬間にわかるって。わたしにとって、それがお義姉さまだったの」
――ずっとずっと仲良しでいてね――
交わした指切りは、サンドラにとってはたわいもないもの。けれど、コーネリアにとっては、友達として、家族として、そして騎士としての誓いだった。
「実のお父上は」
「証拠はなかったけれど、消されたのだと思っている」
尊敬していた父に恥じないように生きてきたつもりだ。義姉を傷つけてきてしまった自分のやり方を、父は許してくれるだろうか。
「よく頑張りましたね」
「ちょっと子ども扱いしないで」
ぽんぽんと頭を撫でられて、コーネリアは思わず頬を赤らめた。振りほどこうとしたのに、面白がるようにさらにしつこく繰り返される。おかげで彼女の髪はすっかりぐちゃぐちゃだ。
「子ども扱いではありませんよ。諜報活動は訓練された男でさえ精神が危うくなる辛い仕事です。まだ年若いあなたが、大切なひとを守るために頑張ったことを讃えても、おかしいことではありません」
「馬鹿なことをしたとは思わないの? 女のくせにって」
「大切なひとを守るためにできることならなんでもやりたいと思うものでしょう。それくらい、僕にだって理解できます」
「ありがとう。あなたはわたしの、唯一無二の親友よ!」
ふわりとモリスが微笑む。普段の陰気臭い姿とは全く異なるその姿に、コーネリアはなぜだか目を離すことができなかった。
***
庭師見習いとして過ごしていたある日のこと。疲れているにもかかわらずどうしても寝つけなかったコーネリアは、屋敷の中をうろうろしていた。
いくら大好きな義姉とはいえ、人妻だ。夜分に部屋に押しかけてはまずいことくらい理解している。ただちょっとだけ、大切なひとの笑顔を見たいという気持ちが抑えられなかった。その結果が、深夜の徘徊である。
屋敷のいたるところに飾られている義姉の肖像画を見つめながら、コーネリアは物思いにふけっていた。最初はサンドラとクレメントのふたりだけだったのが、途中で可愛い赤子が仲間入りした。小さなその子は、これからどんどん大きくなっていくのだろう。記憶の中の初めて出会ったときのサンドラに近づき、やがて追い越していくのだ。
(お義姉さまが幸せになれて本当に良かった)
サンドラにはもっと幸せになってほしい。どんどん大きくなる赤子の姿を想像していたら、なぜかサンドラたち家族の隣に、コーネリアの姿も浮かんできた。その手はコーネリアの髪色とは異なる子どもたちと繋がれていて、さらにその先にいたのは……。
(モリス?)
一体どうしても思うと同時に、なぜかそわそわと落ち着かない気持ちになる。こんな時間だというのに、会いたい。
(そうだわ、今日焼いたクッキーをドアノブにかけるだけ。それだけなら許されるのでは?)
自室に一旦戻り焼き菓子を手に持つと、コーネリアは軽い足取りでモリスの部屋の近くまでやってきた。そこで、彼女は見た。見てしまった。どこか気だるい表情をした妖艶な美女が彼の部屋に入っていくのを。
月夜に浮かび上がる玲瓏とした美しさに、コーネリアははっとする。そこら辺によくいる甘ったるい女とも、田舎くさい自分とも異なるひと。彼はこういう女性が好みなのか。
胸が痛むのを感じながら、コーネリアは寂しげに笑う。初めて知った恋の味は、酷く苦いものだった。
庭師の彼には、最初から自分の計画を告げていた。大切な義姉のために、将軍の弟と愛のない結婚をするつもりなのだと意気揚々と語る自分のことを、彼は軽蔑したに違いない。義姉への「好き」とは異なる「好き」を知った今なら、自分がどれだけ馬鹿なことをしようとしていたのかが理解できた。
扉を叩くような真似はしない。この時間帯に女性を部屋に招き入れるとはそういうことだ。へたりこみたくなるのを必死でこらえる。最中の声など聞いてしまったら、気が触れてしまうかもしれない。
這いつくばるようにして部屋から離れたコーネリアがたどり着いたのは、モリスと一緒に手入れをしていた屋敷の庭だった。
***
(馬鹿みたい。お義姉さまのためにとか言っておきながら全然違うひとに恋をして、それに気がついたのが、相手に恋人がいることを知ってからだなんて。格好悪いし、恥ずかし過ぎる)
先日、モリスはコーネリアがサンドラを大事にする気持ちを理解できると言っていた。あの時彼が思い浮かべていたのは、先ほどの美女のことなのだろうか。それにも気がつかず、男女をこえた友情だと舞い上がっていた自分はさぞ滑稽だったに違いない。
袋に入れていたクッキーを握りしめる。義姉と一緒に作った自信作。「大切なひとにあげてね」と言われて、真っ先に思い浮かんだのがモリスだったことの意味を真剣に考えていたならば……。
「でも、結局無意味よね」
「何が無意味なんです」
「きゃっ」
驚きのあまり放り投げられたクッキーの袋を、モリスが危なげなく受け止める。
「どうして、ここに?」
「それはこちらの台詞です。こんな夜中に屋敷の中をうろついて、ようやっと自室に戻ったかと思えば、今度は庭で泣き出すじゃありませんか。あなたが泣くと妙に落ち着かなくて困るんです」
「ううううう、わたしが泣いているのはあなたのせいなのよ! あんな美女を部屋に連れ込んで、どうせいいことしてたんでしょ。この変態、女ったらし」
モリスの胸を両手で叩きながら、涙をこぼす。ところがモリスは、うろたえるどころかしきりに困惑していた。
「一体何を勘違いしているんです」
「だって、わたしさっき見たもん。金髪の色っぽい美女が」
「……ああ、なるほど」
「ほら、間違いないじゃない」
「……それは僕です」
「は?」
「ちょっと情報収集のために、女性の格好で接触してきました。さすがに本物の女性を近づけていいような相手ではなかったので」
「嘘でしょ?」
「本当ですよ。ほら、よく見てください。まだ顔の化粧も落としきれていないでしょう?」
至近距離で眺めてみれば、確かにまだほんのりと化粧が残っているのが月明かりでもみてとれた。
「……なんで、そんなことしているの?」
「君が義姉を大切に想っているように、僕は閣下を何よりも尊敬しているからです。そのためなら、危険な任務だって喜んで引き受けてみせます」
先ほどの女性は、なんとモリスの変装らしい。あっさりと明かされた重要機密に、コーネリアが酸欠の金魚のように口を動かす。
「どうして、そんな大切なことを教えてくれるの?」
「君はお義姉さんが不幸になるようなことを望みますか?」
「まさか。将軍さまにはおじいちゃんになっても元気でぴんぴんしといてもらわなきゃ。先に死んでお義姉さまを泣かせるなんて許さない」
「そうでしょう。君が義姉を大切にしているがゆえに、閣下を裏切らないことを知っていますので」
そこで、モリスがひざまずいた。
「だから、結婚しましょう?」
「いや、何がだからなの?」
「君は僕が別の女を抱くのが許せない。僕は君を泣かせたくない。お互いを求めあうのに、それ以上の理由が必要でしょうか?」
うんうんと考え込むコーネリアは、心配そうにモリスを見上げた。
「わたしの一番はたぶんまだお義姉さまよ?」
「主君としての一番は譲りますよ」
「子どもが生まれたら」
「ちょっと張り合うかもしれません……」
その後、ごく簡単に親族だけの式を挙げることになったコーネリアは、モリスの腕の中でのんびりとつぶやいた。
「でも結局、将軍さまの弟ってどんなひとだったのかしらね」
「まあ、相当の変わり者とみて間違いはないかと」
「やっぱり将軍さまみたいな、むっつりスケベなのかなあ」
「!」
その夜彼女は、何とも不服そうな夫に散々啼かされる羽目になったのだった。
***
「それで、お前はいつになったらあの娘に本当のことを教えるつもりなんだ」
屋敷の書斎にて、将軍クレメントと庭師モリスは酒を片手に話し込んでいた。職人の技巧が宿る盃の中で、琥珀色の液体がとろりと揺れる。
「さあて、いつにしましょうか。コーネリアが気がつくまで、わざわざ指摘する必要はないと考えておりますが」
「早く教えてやれ。かわいそうだろう」
「閣下がお望みとあらば」
将軍は深々とため息を吐く。
「王族さえ欺いてみせたあの娘が、目の前のお前の正体に気がつかないとは」
「戦争が終わり、張りつめていた糸が切れたのでしょう。今の彼女は、本当に素直で年相応の女の子ですよ」
「お前がそんなことを言うようになるとはな」
「ああ見えて彼女は怖がりで臆病ですから、本当のことを知ったらびっくりして逃げ出してしまうかもしれませんからね」
将軍と庭師。普段は隣り合わないはずのふたりが並ぶと、どことなくその印象は似通っていた。顔立ちも目や髪が持つ色合いも異なるというのに。
「お前は本当に意地が悪い」
「お褒めの言葉をありがとうございます、閣下」
「だから私的な場で閣下と呼ぶなと言っているだろう」
「失礼いたしました、兄上」
にこにこと楽しそうに笑う異母弟の姿に、もはや言い聞かせても無駄であろうことをクレメントは悟っていた。異母兄である自分以外をすべて等しく塵と同じように扱ってきたモリス。そんな弟から結婚の話が出ようとは。しかも相手は、まさかのコーネリアだと言うではないか。
「心配だな。俺がいつかサンドラに怒られるような気がしてきた」
「おや、心配するところはそこですか」
「夫婦仲まで首を突っ込むつもりはないぞ。馬に蹴られるのはごめんだ」
クレメントのぼやきに、美貌の異母弟は訳知り顔でこたえる。
「大丈夫ですよ。日々仲睦まじく暮らしております。まあ夫婦の会話の半分くらいは、義姉上についての話題ですが。そこからコーネリアのことをあれこれ聞き出しています。情報を引き出すのは得意なほうなので」
「なるほど、意味がわからん」
「笑ったり怒ったり、子猫を見ているようで飽きません」
「何をしているんだ。お前たちは」
「楽しいおしゃべりですよ。これからじわじわと僕のことを知ってもらう予定です」
「言っていることが詐欺師みたいだな」
頭を抱える将軍の姿などどこ吹く風。庭師は我関せずとばかりに杯を傾ける。この男、酔っ払っていないように見えて、最初から泥酔しているのではないか。将軍はほとほと呆れて、異母弟の様子を確認した。
女にだらしのない父親が認知もせずに放っていたすぐ下の弟。半分とはいえ自分と血の繋がった家族だと世話をしてやれば、盲目的なほどに自分の後をついて回った。
適当な爵位と財産を得て、ぬくぬくと安全な場所で生きていても良いはずなのに、弟は自ら諜報の任を担ってくれる。その信頼を面映く感じつつも、いつか弟だけの幸せを見つけて欲しいとも願っていた。兄以外を信じなかった男が恋に落ちたのは、姉を必死で守る妹だとは。
「お前たちは愛が重い」
「よく言われます」
「褒めているつもりはない」
「愛情深さは、兄上とよく似ているはずなのですが」
愛する妻を守るために隣国を内側と外側から攻め落とした件を当てこすられ、クレメントは肩をすくめた。
「愛しているのなら、絶対に守り抜け。サンドラを悲しませることは許さん」
「ご心配いただかずとも大丈夫です」
「ならばよい」
「外野からの横槍を含め、不穏分子は既に全員息の根を止めております」
「……そうか」
なんともいえない顔でうなずく兄を横目に、弟はうっそりと微笑む。
「彼女の義姉への想いは尊いものだとわかっています。けれど、だからこそ彼女は誰よりも早く大人にならなければならなかった。これから、かつての分まで甘やかしてやりたいのです。傲慢な考えなのかもしれませんが」
「愛とは、そもそも自分勝手なものだろう」
「これはこれは。天下の鬼将軍が、愛を語られるとは」
弟の茶化しを兄は目をつぶって受け流す。
「お前たちは似た者同士だから結婚したのか。それとも結婚すると似た者同士になるのか」
「さあ。こればかりはひとによるとしか。ただ僕たちが似ているなら、そのうちきっと彼女も僕にぞっこんになってくれますよ」
くつくつと喉を鳴らしながら、庭師は笑う。将軍は頭を振りつつ、杯の中身を今度はちびりちびりと味わうのだった。
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コミカライズ担当のぽんぬ先生が「義妹の身代わりで隣国将軍の嫁にされた嫌われ令嬢です。夫が死ぬまで祖国に帰ってくるなと言われていたのに、優しい旦那さまを愛してしまいました。」のとっても素敵なヒーローとヒロインのイラストを描いてくださいました。本当に素晴らしいので、ぜひご覧になってください。
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(ぽんぬ先生のツイートリンクです)
ぽんぬ先生、本当にありがとうございました。