第二話
右眼のMR表示をオンにすると、その写真は撮影された瞬間の空間を三六〇度覗くことが出来る窓になる。俺が紙写真を持って動かすに従って、撮影された少女と、その周囲の空間を子細に眺めることが出来るのだ。
署長が言った。「その女の子に見覚えがあるでしょう」
俺はしばらくその写真を眺めた。しかしその少女が誰だったか、結局思い出せなかった。思い出そうとすると何故か義体化した右の脳が痛むのだ。
「……どこかで会ったような記憶があります。が、思い出せません」
「薄情な男ね」
もう一枚、写真が署長の手から放たれる。地面に落ちたそれを拾うと、今度は男の写真。
「これは……」
紅・秀英の姿が映っている。紅の姿も忘れられれば、それに越したことも無かったのかも知れないが、俺にはそれが出来ない。
俺は尋ねた。「九龍警察を裏切って瓜豆頭に内通していた裏切り者と、この少女とに何か関係が?」
署長は贅肉を押し込めた制服を引っ張って整えながら椅子に深くかけ、溜息を大きくついた。
「三年前、アナタは瓜豆頭を半壊にまで追い込んだ。警察の突入が紅の裏切りのせいだと勘違いした瓜豆幹部たちは、紅に破門を言い渡した。更に“手塩にかけて”育ててきた<孩子たち>もアナタによって解放されてしまい、全てを失った紅は自殺を決行。爆破に巻き込まれたアナタも――」
――こんな身体になり下がった。
しかし記憶が少しずつ蘇ってきた。〈孩子たち〉とは、薬物漬けにされ、将来組織の為に鉄砲玉として死ぬことを運命づけられた、哀れな子供たちだった。その中には男子だけでなく女子もいて、女子の場合には“女子にしかできない役割”を瓜豆頭の中で果たしてきたのだ。俺は彼ら少年少女を解放し、当局から勲章まで貰ったおかげで三年間自由な生活が出来たと言ってもいい。
「もう一度、女の子の写真をよーく見て見なさい」
俺は少女の写真に視線を落とす。その写真は、夜の太平山で撮影されたものだ。香港島の西部に位置するその山の頂上に少女は立ち、九龍区の方向に視線を向けて短い黒髪を靡かせている。華奢だが大人びている。俺があのとき助けた<孩子たち>の一人が三年間で成長期を経たとすれば、これくらいの女にはなっているのだろうか……そこで俺は気付いた。
「や、楊冬? 楊冬なのか? この少女が!?」
「ようやく思い出したようね。アナタに助けられて、太陽の元での生活を取り戻したはずの楊冬。彼女は今窃盗団の団員になっているわ」