08
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音が聞こえる。女の笑い声と、心配そうな真也の声。そして聞き覚えはあるが、ここで聞くはずのない女の子の声。違和感とともにうっすらと目を開けた。
「あ、目覚めましたか!?」
俺の顔を上から覗き込んでいたのは美桜ちゃんだった。意識が覚醒する。
「ん……っいてて。美桜ちゃん、なぜここに……いや、まさか!?」
痛みをこらえて体を起こす。動かすたび、肩に激痛が走る。神経に触られるような痛みだ。熱すら感じられる。
「その説明はあとで、いいですか?」
美桜ちゃんも後ろ手に縛られていた。後ろからあの女が近づいてくる。
「やっと目が覚めたか。お前は予定に入っていなかったが、ここで始末してやろう」
「ここ、最近の六人も、お前の仕業だな?」
「六人? ああ。彼らは見事に役目を果たしてくれたよ。フフフ」
「お前、自分が何してるか、理解してるんだろうな」
怒りが俺の意識を埋め尽くした。この女は何の罪もない六人を、自分の嗜好のためにこの城で殺害したのだ。
「ヒャッヒャッヒャ、もちろん」
「じゃあ、一つ聞かせろ、お前が真也……この男を殺そうとしたのは、こいつがここの噂を流したからだな?」
「アラァ、よーくわかってるわね。そうよ、せっかく私がここに拠点を設けたのに、その男が変な噂を流したせいで、ここを訪れるバカな人間が増えたからよ」
「それだけのことで……! 美桜ちゃんを使って俺たちをここに連れてこさせたのも真也を殺すためだな!?」
「まあそんなところよ。さて、おしゃべりするためにあなたが起きるのを待ってたわけじゃないのよ。時間よ。今回はフルコースで料理してあげる。まずは爪からね」
女はニタリと口角を上げた。手にはペンチを持っている。背筋が凍った。毛が総毛立つ。
「ま、待て!」
とっさに出てきたのは制止する言葉。普段犯罪者に対して口にしつつも、意味がないと思ってきた言葉だった。実際、女にためらう様子はない。ゆっくりと近づいてくる女から逃げるように俺は必死で後ろに下がる。女が俺の目の前まで来た瞬間、俺は全力で上に飛び上がった。
切られていない方の腕で天井の配管をつかむ。激痛が走った。必死に体を保持して前後に振る。眼下に上を見上げる女の姿を捉える。人間は上下の動きに弱い。それはこの女とて例外ではないはずだ。
今しかない。勢いがついたところで左手を離す。重力に任せた落下。だが、狙い通り俺は足から女の方に突っ込んでいった。女の胸に足が刺さる。強い衝撃。女と同時に俺は床にたたき付けられた。切りつけられた肩に激痛が走り息が詰まる。叫んだ。
「逃げろ!」
同時によろよろと立ち上がる。左手を不格好に構え、同じようにこちらを見つめる女と相対した。流石に無傷ではないようだ。右腕がだらんと垂れ下がっている。問題は、俺にほとんど戦える体力がないことと、こいつの目が全く死んでいないどころか爛々と輝いていることだ。後ろの二人が立ち上がったのを感じる。だが脱出にはほど遠い。問題が先送りになっただけだ。いよいよ覚悟を決める必要がありそうだな。小さく息を吸う。
「あがくのね。どうせ逃げられやしないのに」
女は怪我のことなど意に介さない様子で、そう吐き捨てる。もしかしたら神経がどこかいかれているのかもしれない。だとしても、俺には戦う必要がある。足下に落ちていた縄を拾う。右手にきつく縛り付け、拳を握る。
「お前がこの城を乗っ取ったかりそめの女王なら、俺は取り返しに来た白馬の王子だな」
そう言い放ち、地を駆ける。女を進路上に捉える。女の手にはいつのまにか大ぶりなナイフが握られていた。構うものか。すでに満身創痍だ、気にすることはない。そのまま突っ込んだ。女の肩に体をぶち当てる。ともに倒れ込んだ。右脇腹に熱を感じる。茶色の柄が見える。今になって切られた肩もずきずきと痛む。意識が薄れる。だが視界の端で女が膝をつくのを捉えた。どうやら倒しきることは無理だったようだが時間は稼いだ。あとは二人が上手く脱出してくれたら――
女が愛用の鎌を振りかざす。死が迫り、俺は目を閉じる。破裂音の後、女が倒れ、俺の意識も途絶えた。
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