07
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なに!? 後ろから聞こえたおぞましい声。振り向きざまに、とっさにかざした腕に鈍い衝撃が走った。斬りつけられた、とわかったのはよろけて後ろに下がってから。腕の隙間から垣間見た相手の顔は長い髪に覆われていた。女か!
「あなた、この前遊園地に来た人ね。大方、あの二人を救いに来たんでしょう」
「二人? 俺は真也を助けに来たんだ! 真也を返せ!」
「それはできない相談ね。彼はレッドラインを超えてしまったの」
「何の話だ……っ!」
女は話の途中でまた斬りかかってきた。手に持った刃物は鎌だ。狂ったように振り回している。だが、その振り方がでたらめでないことは俺が近づけないことで証明された。一応俺は刑事だ。ただ刃物に振られているような人間なら制圧できる。しかしこの女は危険だ。ちゃんと計算して俺に当たるように振ってやがる。武道の心得があるというより、天性の戦闘センス。
「ハハハハハハハハハハッ! あんたもここの礎にしてやる!」
近づくのは難しいか……俺は特殊警棒を鎌に添うように当てる。下に押し下がったところで上に跳ね上げる。俺の狙い通り、鎌が跳ね飛ばされ宙を舞う。今だ! 特殊警棒を振りかぶり、首元に振り下ろす。
「ぐはっ!」
何が起きた! 俺は数メートル先まで跳ね飛ばされた。さっきまであいつに王手をかけていたのに、なぜ俺が地面に転がっているんだ!
「フフフ、ここはね、私のお城なの。ギミックだって改造したのよー」
チッ、そういうことか。壁かどっかから出てきたギミックに吹き飛ばされたわけだな。そうなるとますますまずい。特殊警棒は衝撃で女の方に転がっており、俺は今丸腰だ。徒手空拳であの女に立ち向かうなぞ、SATの連中でも不可能に違いない。何といってもここはあの女のホーム、今は逃げるしかない。
俺はジリジリと後ずさる。今になって腕の傷がジンジンと痛んできた。出血はそう多くないが、早く手当しなければ感染症にかかる恐れもある。ここの環境はお世辞にもいいとは言えない。女が近づいてくる。その顔は狂気に染まっていた。このままでは真也を助ける前に俺がくたばってしまう。一か八か……。
後ずさるのをやめ、女を迎え撃つ。女の目がギラリと光った。口が醜く歪む。
「あら、覚悟したのかしら?」
それには応えず、俺はポケットに手を入れた。二人の距離を確認する。鎌が当たらず、かつ女が最も近づいた瞬間、ポケットから出したLEDライトを女に向けて点灯させた。まばゆい光が通路を照らし出す。
「ガァッ!」
女が鎌を落として目を押さえた。倒すのは無理だろうが、ここは極めて暗いし、高輝度のこのライトなら短時間あの女の目をくらますことができるだろう。最も、こいつ相手だともって一分、悪ければ数十秒で復活するだろう。一刻も早くこいつを振り切り、真也とともに脱出する。俺に課せられたミッションは果てしなく困難に思えた。俺は女に背を向け、走り出した。
「待ちやがれぇ!」
いっそう狂気が増した女が怒号をあげる。恐怖の鬼ごっこの始まりだ。鬼はあの女、俺はさしずめかわいい子羊だな。
逃げ出してから三分くらい経っただろうか。脚力は俺の方があったようだ。なんとか女を振り切ることができた。真也を探さなければ。
その前に痛む腕を止血する。持っていたハンカチできつく縛り、簡易の止血帯にした。それからあたりをうかがったが、耳をすましても何も聞こえない。とりあえず近くにある扉を片っ端から開けていくことにした。無いとは思うが生存者が残されている可能性もある。
もはや驚く気も失せたが、そこには血の跡と、殺人に使ったであろう道具の数々が放置されていた。中には子どもの遺体もある。あの女の狂気を改めて感じた。
そうやって、俺が城の惨状にうんざりしていた頃、叫び声が聞こえた。
「にげっ……ゲホッ!」
真也の声だ! 俺は声のする方に足を向けた。声の大きさからみてそう遠くはない。あたりをつけて扉を覗いてみる。いた。手を後ろ手に縛られ、拘束されている。
「真也!」
勢いよく扉を開け放ち、中に体を中に滑り込ませた。猿轡をされた真也が必死に何かを伝えようとしている。なんだ?
その疑問はすぐに解消された。俺が襲撃されるということによって。
扉の裏に潜んでいた女が振りかぶった鎌は俺の左肩を正確に抉った。罠だったのか!
「ぐぁっぁぁ!」
傷口が焼けるように痛んだ。激痛に意識が持って行かれそうになる。なんとか意識を保つが、もはや立っていられない。よろよろと真也のいる方に倒れこんだ。目が閉じる。俺の意識は闇へと沈んでいった。
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