06
いつもありがとうございます。
ドアノブを握ると予想に反してドアが開いた。靴のまま中に入る。後で謝ればいい。真也だしな。乱暴に部屋のドアを開けていったが、真也の姿はなかった。居間に戻るとテーブルの上に置いてある紙を見つけた。隣に座っていたドードーのぬいぐるみを左手で吹き飛ばすと、紙を引っ掴んだ。パソコンから印刷されたと思しき紙。そこには真也が書いたであろう、遊園地の噂が羅列されていた。そしてその下にはその時に書かれたコメントの一覧が並ぶ。その中の一部分、蛍光ペンでマークされた箇所に俺は目を向けた。
date:2023.08.03.23:25
name:sakura
comment:それって神山市にあるやつですよね? 私近くなので行ってみます。帰ったら報告しますね。
一週間前か。これがどうかしたんだろうか? 気にはなるが、特に不審な点は見当たらない。今は置いておくしかないか。それより真也が心配だ。紙をポケットに入れ、俺は先輩に電話をかけた。
「先輩、さっきはすみませんでした。早速なんですが、少し頼んでもいいですか?」
「大丈夫だったか。なんでもいいぜ」
「サイバー犯罪対策課のご友人に頼んで、真也の携帯を追跡してもらえませんか?」
「わかった。頼んでおこう。お前はどうするんだ?」
「俺は……遊園地に向かいます」
俺は真也の部屋を出ると、階段を駆け下りて自分の車に戻った。ここからなら十五分くらいで着くだろう。真也、そこに一体何があると言うんだ……。俺はハンドルを握りしめる。遅い車に苛立ち、普段ならありえない運転で突っ走った。交通部に異動してもやっていけるかもしれない。大きな観覧車が視界に入る。俺は門の前に横付けした。酷使されたエンジンが嫌な音を立てる。草の生えた地面に降り立つと電話が鳴った。
「はい」
「俺だ。入川の居場所がわかった」
「遊園地ですね」
「そうだ。お前、わかってたな?」
「確信があったわけではありませんが」
「そうか。それとな、一つ気になる情報が手に入った」
「なんでしょう」
「ここ最近のこの地域における行方不明者届の提出数は九件。その内六件がその遊園地に関係しているらしい」
「っ! 本当ですか?」
「ああ。気をつけろ、そこはやばい。俺が行くまで待ってろ!」
「申し訳ありませんが、それはできません。二時間して俺が戻らなければ現職警察官の行方不明事件として、強制捜査してください」
「おい待てっ」
通話終了ボタンを押す。あたりは不気味な闇に包まれている。ここに真也がいるのか……。LEDライトを構えると、遊園地に足を踏み入れた。広い園内、だが俺には真也がどこにいるか目星がついている。先日帰るときに感じた得体の知れない視線。恐らくこの遊園地のど真ん中に存在するお城だ。
閉園前は子供達で賑わったであろう城の入り口は大きな鉄の扉と丈夫そうな南京錠で閉ざされていた。さすがにこれは開きそうにない。他の入り口を探そう。俺は横にまわる。派手な装飾のついた出窓がつるに覆われてひっそりと顔を出していた。ここにしよう。残念ながら廃墟のくせに鍵がかかっている。そのまま特殊警棒で割ってもいいが、迂闊に音を立てるのはまずいか。中には真也を閉じ込めているやつがいるかも知れないからな。ここは最近流行りの焼き破りといこう。ちょうど水たまりもあることだしな。
ポケットからライターを取り出すと、錠のところを火であぶる。バーナーではないから時間がかかるが、じきにガラスの色が変わってきた。ハンカチを水たまりに浸し、ガラスに水をかける。小さなヒビが入り、ガラスが静かに割れた。鍵を開け、窓に体を押し込んで侵入する。油断はできない。ここからは相手のテリトリーのはずだ。
慎重に足を進める。視界が狭い。暗視スコープでもつけて来ればよかった。持ってないけど。SATか銃器対策部隊の連中におすすめを聞いて買っとくんだった。いや、やっぱ無理かな、あいつら公安と同じくらい口が固いし。仕方なく裸眼で俺は城の中を進んだ。LEDライトは消してある。こちらの位置を相手に知らせるのはぞっとしない。
廊下を進むと、広間に出た。だんだん目が慣れてきた。肖像画がいくつか飾られている。中には下に落下して顔がわからなくなったものも見受けられる。上に行くか、下に行くか。広間にある階段は二つだった。上へ向かう階段は床が心配ではあるが、比較的簡単に上れそうだった。反対に下へ降りる階段は、装飾品などで塞がれている。だが、俺は見逃さなかった。明らかに人為的な積み方だ。椅子の脚が強度を増すように自然に組み合うことなんてそうそうありえない。刑事の観察力を甘く見たな。
ここが通路であるなら、どこかに通用口があるはずだ。でないと自分も通れないからな。どこだ、どこにある。俺は目を皿のようにして観察する。あった。右下の椅子だけ、組み合っているように見えて脚が短く切られている。俺はその椅子を手前に引っ張った。予想どおり、抵抗なく椅子は抜けた。人一人分の穴が空いている。俺は体をそこにねじ込んだ。
先ほどよりも狭い通路をゆっくりと進んでいく。足に異変を感じた。何かを踏んだような感触。暗くてよく見えないので顔を近づけた。
「うわっ!」
それは俺には見慣れたもの。赤黒い血が靴にこびりついていた。おいおい、こいつはいよいよきな臭くなってきやがったな。
さっきよりも慎重に進む。右手側に扉を見つけた。壁に背中を押し付け、隙間から中を伺う。中には目を疑う光景が広がっていた。あたり一面に広がる血、真ん中に鎮座するのは石抱と呼ばれる拷問器具。これは……。
三角形のギザギザの上に正座させ、その上から重石を乗せていくという江戸時代に行われていた拷問方法だ。何かの研修か、本で見た気がする。
さすがに吐きそうになるが口を押さえて、なんとか堪える。よろよろと扉から離れた。ここにいるのは正真正銘、化け物だ。要するに俺ですら、ここを甘く見ていたということか。
「タチが悪い!」
俺は思わず吐き捨てた。ここは処刑場か? 犠牲者のことを考えながら先へ進む。行方不明者届が出されていた六人。彼らがここの犠牲者なのだろうか。認めたくはないが、刑事の勘はそれが真実であると告げていた。
思考が荒むのと同じく、足音もだんだん荒くなってきた。次の部屋には手術台のようなもの。ここが病院だったという話は聞かないから、これも恐らくはここの主が設置したもの。ろくな使い方ではないはず……。
「いいでしょう? 本物の手術台よ」
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