02
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ところどころひび割れた地面を歩くこと数分。大きな観覧車が現れた。動力を失った観覧車は静かにゴンドラを揺らしていた。時たま聞こえる掠れた音がより一層不気味さを掻き立てる。ガランとした観覧車は繁栄していた頃を思い出させて俺をセンチメンタルな気分にさせた。そういやこの遊園地に来たことはなかったな。
地上に降りてきているゴンドラのドアは開いていた。中には不審なものは見当たらない。風に舞いあげられ入り込んだであろう砂と、窓に張り付いたカラスの死骸。気持ち悪いが廃墟で見るものとしては別段珍しいものではないだろう。
「ひっ! 死骸ですよ死骸!」
「あら、本当。本物の死骸は少し気持ち悪いわ」
「先輩は刑事さんだから慣れてますよね?」
その言い方はなんか気にくわないな。確かに慣れてはいるが、見たくないものに違いはない。それが人であろうが鳥であろうがな。
「さあ、乗ってみましょう!」
「は?」
思わず素の声が出てしまった。こいつ何と言った? この、いかにもやばそうな観覧車に乗るだと? 正気か貴様!
「嫌ならいいですけど、それなら私と悠香先輩で乗りますね」
「私は強制なんだね……」
おいおい。さすがに女二人にするのはまずいだろうよ。
「しゃーねぇ。真也、乗るぞ」
「まじかよ。どうなっても知らねーからな!」
こうして四人揃ってカラスの死骸付きゴンドラに招待されてしまった。ドレスコードとかないかな、大丈夫かな。
美桜ちゃんがゴンドラの床に足を乗せた。幸い抜ける事はなく、無事奥までたどり着く。続いて俺たちも乗り込み、全員がゴンドラの中に入った。椅子には砂と埃が積もっており、指で触ると文字が書けた。これは座らない方が良さそうだ。
「どうだ? 美桜ちゃん、これで満足か?」
不気味な風が吹いているし、何よりこんな狭いところに長居したくない。美桜ちゃんに縋るように尋ねた。
「うーん。残念ながら特に何もないですからね……」
よし。第一人者の言質が取れたところでさっさとおさらばだ。扉の近くにいる真也に声をかける。
「真也、さっさとここを出よう」
「了解! あれ?」
真也の顔が困惑に滲んでいる。その手は扉にかかっていた。
「どうした?」
「いや、ドアがいつの間にか閉まってるんだよ。しかも立て付けが悪いのか固くて開かないみたいだ」
「なに? 貸してみろ」
俺が真也に代わってドアに手をかける。確かに開かない。軋みはするが、隙間が出来るだけで開く気配は全くない。なぜだ……とてつもなく嫌な予感がする。手をねじ込んで必死にこじ開けるが、一定以上の隙間は空きそうにない。
急いでこのドアを開けなければ。俺はドアにひっついて必死で引っ張る。真也も俺の隣でドアに手をかけている。
「仕方ない。後ろに下がれ!」
俺は特殊警棒を取り出した。一振りで一気に伸びる。本当に使う羽目になるとは。ドアのガラス部分に向かって振り下ろした。派手な音とともにガラスが飛び散る。反対の腕を伸ばし、三人を守りながら怒鳴りつけた。
「降りるぞ!」
三人を急かす。観覧車に閉じ込められた理由はわからない。十中八九建て付けが悪かっただけだろう。だがもしそうじゃないとしたら――
真也と悠香は床に座り込んでいる。美桜ちゃんはまだ震えてはいたが、立ってあたりを見回している。こいつの神経はいったいどうなってやがる。俺は首を振ると特殊警棒を縮めて、腰にしまう。これはバレたら始末書もんだな。係長の顔を思い浮かべげんなりした。あいついつもいつもネチネチ指摘しやがって。
「おい、大丈夫か?」
「ええ。さすがに驚いたけどね」
悠香は体についた砂をはたくと立ち上がった。こいつもタフだなぁ。ここ数年で特にその傾向が強くなったように思える。
「おい真也、お前もそろそろ立ち上がれよ」
「お、俺のドードーがぁ……!」
だめだ。こいつはいかれてる。
「おい、さっさと起きろ! 今は二十一世紀だ。ドードーはもう滅んでるよ!」
「はっ! 確かに!」
真也の手を掴んで引っ張り上げる。どうやら真也も特に怪我はしてなさそうだ。ひとまず安心する。
「それにしても嫌な場所だな。ゴンドラに閉じ込められるとは」
「幽霊の仕業よきっと。観覧車の幽霊が私たちを捕まえるために」
「んなわけないだろう。幽霊の仕業で片がつくんなら俺の仕事はもっと楽になってるはずだ」
「確かにな。けど、それにしても気味が悪い。今日はこれでやめにしないか?」
これ幸いと真也が帰宅を促す。俺は諸手を挙げて大賛成。大きく頷く。悠香の表情は変わらない。こいつはまだここにいるつもりか?
「えぇー先輩がた、つまんないですよー。まだまだ回ってないじゃないですか」
「美桜ちゃん。君も体験しただろう、ここは俺たちが気軽に踏み入れていい場所じゃない」
「それに、もしかしたら憑かれているかもしれない。一度神社にでも行ってお祓いしてもらった方がいいよ」
「今日じゃないとダメなんです! いいからこのまま探検しましょう!」
美桜ちゃんが突然豹変した。顔に映るのはなんだろう、犯罪被害者を保護したときに向けられる表情に似ている。
「いったいどうしたんだ? 大丈夫か?」
「とにかく! まだ回っていないところがあるじゃないですか! だから!」
「いい加減にしなさい! 今日はもう帰るわよ!」
悠香が一喝した。怖い。ちょっと怒られてみたい気もするが、今はやめておこう。俺は空気を読める男だ。美桜ちゃんの顔に、薄っすらと涙の跡が見える。こんなに不安定な子なのか?
「……じゃあ帰ろうか。送ってくよ」
「はい……」
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