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いつもありがとうございます。
今日は遅くなってしまい申し訳ございません。
俺たちを遊園地へ誘った後輩の名を口にする。
「彼女は妙にあの遊園地にこだわっていました。俺たちが帰ろうと言っても嫌がるくらいに。それが気になってたんですよね」
「四人で入ったあの日のことか。だがそれがどうつながる?」
「いささか妙だとは思いませんか? ただの女の子が、警察官である俺の忠告に従わず、執拗に引き留めて、あの遊園地に残らせようとしたこと」
「言われてみればそうだな。つまりそこには、彼女がそうせざるを得なかった理由があるということか」
「ええ。俺の予想が正しければ彼女は脅されていたんです。あの殺人鬼に」
「何!?」
先輩が目を見張る。流石に予想外だったか。仕方あるまい。俺だって未だに信じられないのだから。
「最初、俺たちが遊園地へ向かう時、彼女は極めて的確に道案内をしてくれました。行ったことがあるとも言わずにね。そして極めつけはあの時です」
「あの時……何となく想像はつく。観覧車を降りた後だな?」
「流石です。あんな目に遭って、俺たち三人が帰ろうと主張したにもかかわらず、態度を急変させてまで、強硬に主張するのはどう考えても妙です。ここから導かれる結論は一つ。彼女ははじめから俺たちをあの城に呼び出すつもりだったということですよ」
「そしてそれは、あいつに脅されていたから……というわけか」
先輩が先ほどの話とつなげてそう結論を出す。俺が感じた彼女の違和感はそういうことだ。彼女が誘った肝試しにもかかわらず、反応が悪かったり、空元気に見えたりしたのは脅されていたから。そう考えると辻褄が合う。
「ええ。脅しのネタははっきりしませんが、大方身内を傷つける、といった内容でしょう」
「そう考えれば川本の行動には納得がいく。彼女は何としてもお前らをあの城におびき寄せる必要があったんだな。だから観覧車に乗った後も執拗に……ん?」
先輩がそこで口をつぐむ。五秒ほど考え込んでから、先輩が口を開いた。
「待て、それならなぜ彼女は一番に城へ連れて行かなかったんだ? そうしておけば邪魔されることもなかったろうに」
「そうなんです。俺も理由を知っているわけじゃありません。本当のところは本人に聞かないとわからないでしょう。ただ、俺は彼女なりの抵抗だったと信じています」
「抵抗、か」
「直接俺たちを城へ連れていけば、俺も異変に気付くことなくあいつにやられていたでしょう。あれだけ警戒してこのざまなんですから」
俺はそう言って自分の体に目をやった。至るところに包帯が巻かれ、まさに満身創痍といった状態だ。正直一か月は職務に復帰できる気がしない。
「そもそも、彼女は初めからあの拷問魔と関わりがあった訳ではありません。全ての発端は先輩が見つけてくれたコメントにあったんです」
俺はそう言ってサイドテーブルに置かれていた自分のスマホを手に取った。激闘を生き延びたスマホには、画面を斜めに二分するように大きな傷が刻まれている。動作に支障はなかったので俺はブラウザを開くと、例のコメントを表示した。
「2022.08.03.23:25のコメント、名前の部分を見てください。見覚えありませんか?」
「見覚え?」
俺はコメントのname部分を拡大し、先輩に見えるようスマホを回転させる。先輩はじっと画面を見つめた後、あっと声を上げた。
「sakura、サクラ、さくら……川本美桜!」
「ええ。もちろん証拠はありませんが、コメントの内容からみて蓋然性は高いでしょう」
コメントの日付は八月三日。ちょうど一週間前だ。この日に遊園地を訪れ、あいつに捕まったと考えると辻褄が合う。
「そこで脅された」
「はい。他の人間を連れてくるように。彼女は迷ったでしょう。生け贄にするようなものですから。ですが彼女に選択肢はなかった」
友人を売るか、家族を売るか。彼女が後者を選んだとして、非難することは俺にはできない。だがここで彼女は一つ策を講じた。先輩である悠香を誘うと決めたとき、ふと思い出したのだろう。悠香の知り合いに俺という警察官がいるということを。警察官ならなんとかしてくれるかもしれないという一縷の望みにかけて、彼女は悠香に俺を誘うよう頼んだ。
「とまあ、そういうわけで俺たちは遊園地を訪れたんです。結局その日はあいつに会いませんでしたがね」
「ああ。だがやつはなぜ川本にお前たちを連れてくるよう脅したんだ? あいつは定期的に殺害相手を周囲から拉致していたようだし、わざわざ警察に駆け込まれるリスクを負ってまで連れてこさせるメリットは無いように思えるが」
「そこがポイントです。先輩は俺の他に真也と美桜ちゃんを保護してくれたはずです。そうですよね?」
俺は先輩にそう尋ねる。あの時点で二人には大きな怪我はなく、先輩が来た以上、無事でいることは確信していたが念のため。
「ああ。衰弱していたが命に別状はない。入院も大事をとってのものだ」
「良かった。さて、あの場にあいつが監禁していたのは美桜ちゃんと真也です。美桜ちゃんは脅しの相手ですから当然ですが、真也は? そう。あの殺人鬼は誰でも良かったわけじゃありません。あいつが求めていたのは真也だったんですよ」
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