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三人娘の入学式 ~高飛車と捻くれと素っ頓狂の出会い~  作者: 飴丸


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13/20

◆4-2

 速足で歩く主従にグラナートと紫花が漸く追いついた時、ラヴィリエは笑っていなかった。きゅっと唇を結んだまま、淑女として見苦しくないぎりぎりの速足で歩き続けていく。喧騒から離れ、寮の近くの雑木林まで辿り着いて漸く足を止めた。

「……ヤズロー、お母様にご連絡を。大至急ね」

「仰せの通りに。先刻は大変失礼致しました、処分は如何様にも」

「構わないわ、本当ならば私が殴り掛かりたかったのだもの」

 あっさりと物騒なことを言う主の娘に、ヤズローは深々と礼をしてその場から離れた。ラヴィリエは足を止めたまま、両手で自分の頬をむにむにむに、と揉む。

「うん。グラニィ、紫花、私ちゃんと笑っているかしら」

「……ええ、勿論ですわ。貴女の誇りは誰にも傷つけられておりません」

「アタシとしちゃア、もうちょい怒っててもいいと思うけどネ」

 微笑んで振り向いたラヴィリエに、グラナートは貴族の淑女として彼女を労い、紫花は彼女の心境に寄り添って肩を竦めて見せた。ラヴィリエは小さく息を吐き、指の支えが無くてもにっこりと笑う。

「ありがとう、グラニィ、紫花。ええ、ちょっとこれからお茶に付き合ってくれないかしら、お菓子があれば尚良いわ。ええ、ええ、今、私、とても色々話したい気分なのよ! 聞いてくれるととても嬉しいわ!!」



 ×××



 シアン・ドゥ・シャッス家は男爵家である。

 貴族としては最下層の身分であり、王政が緩やかに権威を解いていき、平民による経済も盛んになってきたネージ国で、下手な商人よりも貧乏なのが何とも悲しい家ではあるが、血筋は建国時にまで遡る。

 当時、一介の祓魔であった青年が、旧王都の地下に巣食い人間を食い荒らしていた魔の絡新婦アラクーネを調伏し、南の地を守るコンラディン家を祟る悪霊に挑み、塔ごと封じ込めた。その働きを認められ、貴族位を王家より賜り、影に日向に、国に潜む祓魔の一族として血と知を繋げて来たのだ。

 しかし国の発展に反比例するように、夜が明るくなり魔は更なる暗闇へと逃げ――祓魔としての役目はどんどん減っていった。同時に血も痩せ細っていき、嘗ての権勢や技術が衰え、ラヴィリエの祖父が家を継いだ頃には、もう既に家の屋台骨は傾ぎかけていたらしい。

 それを打破する為、祖父は己の一人息子であった父に、厄介な儀式を施した。今や世界の全てから忌み嫌われる邪神の印を父の体に刻み、無理やりに力を得ようとしたのだ。結果、父はそれでも家を支える為に頑張ったけれど、神の力はそのまま障りとなり。

「――お父様は、ずっと眠っていらっしゃるの。私が十を超える頃には、ついに目を覚まさなくなられたわ」

 グラナートの従者が用意した茶と菓子に一切手を付けず、ラヴィリエは微笑んだまま淡々と話を続けた。寮のホールのいつもの席で、グラナートは僅かに蒼褪めてはいるが真剣に聞き入り、紫花も机に肘を預けたままだがラヴィリエを真っ直ぐ見つめていた。

「不思議な話なのだけど。診察をした神官様曰く、お父様は『亡くなっていないが、生きてもいない』状態なのですって。呼吸はされているし、お食事なども取られていない筈なのに、ただずっと、そのままなの。不思議でしょう?」

「……それは。何と言えば、宜しいのか」

 あまりにも重たい事実を説明されて、流石のグラナートも二の句が告げずにいる。俄かには信じがたいが、彼女がそのような妄言を言うとも思えない。何せ、ここまで真剣なラヴィリエの喋り方は初めてだったので。

「ン……成程ナ。それじゃア、さっきのヤツらの言い草は確かにおかしいじゃないカ。ラビーの父ちゃんと母ちゃんハ、ずっと結婚してるんだロ? ネージの貴族ハ、藍皇国ウチの皇帝みたくいっぱい奥さんを貰えるのかイ?」

 敢えて問題はそっちだと紫花は水を向ける。確かに、とグラナートも首を横に振って答えた。

「いいえ、そのような事は有り得ない筈です。建国以来、ネージでは家の騒動を防ぐため、王族以外の重婚は認められていませんわ。伴侶を亡くした者が改めて婚姻を結ぶのだとしたら、有り得る話でしょうけれど」

 違いますのよね、という信念を込めてラヴィリエを見れば、得たりと頷く。

「ええ、ええ、その通りよ。確かにお父様は長年社交界に出ていないけれど、それはお母様も一緒よ。噂が立つのもそれを信じるのも勝手だし、信じられない事を信じろとは言わないけれど、そんな申し込みをする時点で! お母様がどれだけ悲しまれるか! もう、もう、悔しくてお腹が減ってしまうわ!!」

「そレ、腹が立つって言うんじゃなかったっケ?」

「調子が戻ってきましたわね。ならばそちらの菓子をお食べなさい、貴女それがお好きでしょう?」

 一通り言いたいことを言って元気が出たらしく、ラヴィリエは頂くわ! と声を上げて、アーモンドの粉で作られた軽いクッキーをさくさく頬張り始めた。相変わらず下品には見えないのに食べるのが早い。あっという間に目の前の皿を空にしてしまったので、グラナートは自分の皿からそっと抓み、紫花は皿ごとひっくり返して、ラヴィリエの皿にクッキーを追加してやった。

「……この学院に通うのを決めたのも、もしかしたらと、思ったからなの」

 こくん、とお茶と一緒に全部のクッキーを飲み込んでから、ラヴィリエはぽつんと呟く。

「初代学長のアンセルム様は、神学の第一人者でしょう? もし、神様からの呪いを解く方法があるのなら、それを見つけたかったの。とても大変な事だろうし、見つかるかどうかも解らないけれど、何もしないままなのは嫌だったの」

 いつになく神妙に続けられた独白に、グラナートも紫花も何も言えなくなる。空気が重くなったことに気付いたのか、ラヴィリエはぱっと笑顔になって顔を上げた。

「勿論、学院に入って楽しいことも沢山したかったわ! これも本当よ! だって楽しいことが無ければ頑張り続けることなんて出来ないもの。貴女達に出会えただけでもお釣りが来るわね!」

「ま、またそういうことを恥ずかしげも無く……」

「ケッケッケ! そりゃあどうモ」

 露骨に照れるグラナートと、さらりとかわす紫花にラヴィリエがもう一度笑った時、玄関の扉が開いた。

「お嬢様、只今戻りました」

「ヤズロー! お帰りなさい、どうだったかしら?」

「はい、奥方様からの言伝をお伝え致します」

 冷徹な従者から言い切られた言葉に、グラナートと紫花は驚く。どれだけ速達便を使っても、シャラトからネージ新都へは馬車で三、四日はかかる。魔操師の発明のひとつである通信石ならば遠く離れても会話は可能だが、大変に高価な国宝級の代物だ。一体どうやってと思うが、ラヴィリエは気にした風も無く居住まいを正す。

「ええ、お願いするわ。お母様はなんて?」

「奥方様曰く、お嬢様が心配するような事実は皆無であると頂きました。確かに子爵家から援助を含めたその申し出は届いたが、既にお断りしていると」

 きっぱりと伝えられた言葉に、ラヴィリエはほうと息を吐いた。あれだけ啖呵を切っても心配だったし、何より母が傷ついたのも事実だろうと思うと完全に安堵は出来ないが。

「この件に関しては、信頼できる方に後事を託すので、お嬢様は気にせず学院での生活に勤めて欲しいと、御伝言を承りました。どうぞ、お心を休ませて下さい」

「ええ、ええ――ありがとう、ヤズロー。安心したらお腹が空いてきたわ!」

「仰せの通りに。すぐに夕飯をご用意致します」

「先程お茶菓子を全て食べたではありませんの」

「ちなみにアタシ達の分も大分食べてたヨ」

「成程。それでは、もう少し時間を置いてから夕飯をご用意致します」

「なんてこと!」

 冷静なヤズローの切り返しに解りやすく驚愕したラヴィリエの叫びが響き、グラナートは耐え切れず口元を隠し、紫花は遠慮なく怪鳥のような声で笑った。

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