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7:歓迎の晩餐




 『モイラ』が客間に着く前にすでに運び込まれていた荷物の中から、モイラの持つドレスの中では比較的地味目な紺色のイブニングドレスに手早く着替えを済ませた。コルセットのいらない形のドレスであればサイズの違いはどうにかなる。

 ベールは外したがレースは外すわけにいかない。色だけはドレスに合わせて取り替えて客間を出る。


「ごめんなさい、待たせたわね。参りましょうか」

「……あ、えぇ、はい……ご案内、いたします」


 その目許を覆うレースを見たキャサリンは戸惑ったが、先ほど傷があると聞いたばかりだ。もしかしたら顔に怪我をしているのかもしれない。貴族令嬢に限らず女性であれば誰だって顔の傷は気にするに決まっている。

 主人から聞いていた注意事項にそのような話はなかったはずなのだが、申し送りミスだろうか?それとも、主人も知らない事情なのだろうか?


 そもそも第一印象からして聞いていた人物像とまったく一致しないのだ。

 我儘で、傲慢で、高慢な典型的高位貴族令嬢だから扱いには細心の注意を払うようにと申し付けられた。

 しかし目の前の少女は穏やかで、気配りが出来て、完璧なマナーを兼ね備えた淑女だ。

 一人で着替えや湯浴みを行う点を除けば、貴族のお手本のような公爵令嬢である。


 よその家では礼儀正しく振る舞える表裏の激しい性格なのだろうか。しかしそれなら事前情報のような悪評は広がるはずがない。


 彼女は花嫁衣装を着てベスティエ城にやってきた。

 公爵家としては見合いではなくすでに輿入れという話になっていたのだろう。

 婚家にいい印象を与えようという打算だろうか。


 もしそうなのであれば許せない。あれほど優秀で人格者で眉目秀麗な次期辺境伯の婚姻相手は完璧な令嬢でなければならない。


 それならばすぐにボロを出すはず。しっかり動向を注視しておかなくては。キャサリンはそう決意した。



「こちらのホールで旦那様がお待ちです。お入りください」

「ええ、ありがとう」


 エリザベスが開けてくれた大きな扉をくぐってホールに入る。

 十人掛けの大きなテーブルの一番奥に正装を崩したアドムが座って待っていた。


「お待たせいたしました」

「おや、そのレースは?」

「無作法で申し訳ございませんが、私の目は視力が弱く光が強いと全く見えなくなってしまうのです」

「そうか。理由があるのなら仕方あるまい。さあ、席についてくれ」


 側に控えていた執事がアドムの左隣の椅子を引いた。

 『モイラ』は音を立てずにふわりと座り、ナプキンを膝に広げ、注がれたワイングラスを小さく持ち上げる。

 アドムはそれを確認してから


「では改めて。ようこそベスティエへ。グランツ嬢」

「お招き、感謝いたします」


 グラスをカツンと鳴らして一口飲み込む。

 十五で成人してからもワインはほとんど飲んだことはないが銘柄については公爵家のワインセラーで勉強した。

 先ほどデキャンタに移されたときに見えた特徴的なラベルの形はグランツ公爵も愛飲している有名産地の物だった。香りから年代は若め。渋みが少なく若い女性でも飲みやすいものを用意してくれたのだと読み取れる。


「デール領の名産ワインですね。実際にいただくのは初めてですが、フルーティーで芳醇な香り。口当たりも良く、舌にほんのり残る甘さ。大変おいしゅうございます」

「そうか。気に入ってもらえたなら良かった」


 アドムは控えている執事に目配せを送る。

 用意してくれたのは筆頭執事である彼だったらしい。


 晩餐の内容は王都のものより肉が多めで、パンや野菜が少なく感じる。

 主人(アドム)の趣向かと思ったが、この晩餐は『モイラ』を歓迎するために用意されたものだ。


 そのちょっとした矛盾から、ここに着くまでの道中に見た農作物の畑の様子を思い出した。もうすぐ収穫期だというのに実りは少なく野菜も痩せていた。

 ベスティエ領は魔素の影響で作物が育ちにくい土地だと聞いたことがある。


 そのような事情の中素晴らしいフルコースを用意してくれた辺境伯家の心遣いに感謝し、料理を口に運ぶ。


 このようなフルコースをいただくのは父が亡くなって以来のことだ。

 テーブルマナーは久しぶりで少し心配だったが、幼いころに身体にしみ込んだ動きは色あせることなく発揮された。


「……本当に、美味しい……」


 父と食べた食事を思い出す。あたたかく、懐かしい、幸せだった時間。

 思い出し、自然と頬が緩む。


「本当に、なぜ君がシルトと険悪な関係なのかが謎なんだが」


 アドムのその疑問へ答えられる答えは持っていない。

 口許に曖昧な笑みを載せ、答えの代わりにする。


「ベスティエ卿、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ああ。俺に答えられることならなんなりと」

「まずはじめに。不躾ではございますが、ベスティエ辺境伯家としては、私の輿入れは望んでいらっしゃらないのですよね?」


 彼は少し困ったように肩を竦め、諦めたように頷く。


「こちらとしてはうちの後継と君の見合いの打診をしたつもりだった。それに対してシルトは段階を色々すっ飛ばしてサイン済の婚姻証明書と君と義母上を送ってきたわけだ」

「そうでしたか。重ね重ね、申し訳ございません」

「君が悪いわけじゃないだろう……いや、悪いのか?そこがよくわからん」

「公爵家全体の問題でしょう。私には謝罪する義務がありますし、私個人としても謝意がございます」


 『モイラ』はその場で深く頭を下げた。本来であれば跪いて許しを請うべきだろうが、きっとアドムはそれを望まないだろうと予想できたからだ。


「わかった。謝罪は受け入れよう。ではその話はもう終わりだ。他にも聞きたいことがあるんだろう?」

「感謝いたします。ええ、実は、今のお話を聞いてもなお、私は今すぐ公爵家に帰ることができません」

「……まぁ、それはそうだろうな」

「ですので、私がこちらに滞在させていただく間、私にできる仕事がしたいと考えております」

「その気持ちはありがたいが。こちらとしては君を客人として招いている。公爵令嬢を働かせるほどうちは人手に困っているように見えるか?」


 貴族というのは面倒だ。『モイラ』がここで働くのはグランツ公爵家にとってもベスティエ辺境伯家にとっても体面が悪い。

 アドムの言うように『モイラ』が公爵令嬢である以上、何もせず大人しく過ごすのが一番正しい選択なのだろう。


「いいえ。そうではありませんが、多少のお役には立てると思うのです」

「ほう?何ができる?」


 アドムの口調は穏やかではあるが、声と視線に明らかに怒気を孕んだ。

 たかが十六の公爵令嬢(こむすめ)に、騒がしくなってきた国境の前線で何ができるのだと言外に問うている。

 先ほどまでのアドムは、『モイラ』に対して友人の娘として、珍しがって面白がりながら話していたように感じたが、彼は領主であり、軍人だ。

 軽々しく役に立てるなどという小娘に腹を立てないはずがない。


 それでも、ここで引くわけにはいかない。

 ここにいることを自分で決めたのなら、自分にできることをしなくては。


「草木の成長を促す魔法を修得しています」


 公爵家に移り住んでからは禁止されたが、実家にいるときに庭で父に見守られながら練習した魔法だ。

 父の特質魔法は受け継ぐことはできなかったが、母の特質魔法とも違うらしい。

 母の特質魔法は大人になった時に父が教えてくれる約束だったが、その約束が果たされる前に、父は突然逝ってしまった。


 『モイラ』の持つその魔法は一般的な属性魔法のどれにも分類されないので、先祖返りで突如発現した特質魔法ということになる。


「草木の成長を促す……?なんだそりゃあ、聞いたことねえぞ。そんな魔法を持ってるなんてシルトは言ってなかったが……」

「……父とも母とも違う特質魔法が芽生えたなど、言えません……」

「あぁ、なるほど?そのへんで誤解が生じてるってことかねぇ」


 『モイラ』の正体を隠し通すためなら魔法の話は絶対にしてはいけないとわかっていた。

 しかしただでさえ嘘を吐いて迷惑をかけているのだ。少しでも恩返しをしなければ天国の父を悲しませてしまう。

 ベスティエ領で暮らす民の為にも、できることがこの魔法だけならば存分に使ってもらいたいのだ。


「使いどころは限られますが、例えばある作物が不作の年、畑に魔法を行使すればその作物は健康に育って種を植えた分しっかり収穫できるようになるのです。

 ベスティエは多すぎる魔素のせいで作物が育ちにくい土地だと伺っています。あいにく魔力が充分ではないので一か所あたり数日掛かってしまうかもしれませんが、少しはお役に立てるのではないかと」


 その場で『モイラ』の話を大人しく聞いていた誰もが信じられなかった。


 魔素の多いこの領で、不作の作物を植えた分しっかり収穫できるようになるだと?それはもうすでに魔法では収まらない。奇跡だ。


「……もしそれが本当なら、役に立つなどという次元の話じゃないぞ。作物は豊穣の女神デミルーの恵みだ。君は女神と同義ということになる」

「いいえ、そうではありません。無から有は生み出せないのです。

 すでにそこに女神の恵みである作物の種が植えられ、人がそれを大切に育てようと世話をし、私の魔法は少しそのお手伝いをするだけです。

 元の気候や土の状態、そこで育たない作物の育成を促すことはできません」


 本当にそれが出来るならばそれはベスティエにとって女神の所業だ。


「嘘や冗談を言っているようには見えんが……実際に一度見せてもらうことは可能か?」

「ええ、もちろんです。今からでもよろしいのですが、この城に不作の作物はございますか?」

「いや、さすがにもう夜も更けた。そうだな……ちょうど明日、今年の収穫予定量の調査のためにラシチーイモ畑の視察に向かう予定だった」

「もしよろしければご一緒させてくださいませ。微力ながらお手伝いさせていただきたく存じます」


 そうして翌日、『モイラ』はアドムについてラシチーイモ畑の視察に向かうことになるのだった。

 彼女の魔法で『奇跡』を起こす為に。




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