6:『公爵令嬢』は案内を受ける
筆頭執事の先導のもと、メイドにベールの裾を持ってもらいながら城の廊下を進んでいく。
広い要塞のような見た目の城は、城内も質実剛健とでも言い表すのが相応しい様相を呈していた。
石造りの床には絨毯もひかれておらず足音が響く。間抜けな侵入者でもいれば一瞬で捕まってしまうことだろう。
灯りは公爵家にあったようなシャンデリアは一つもなく、むき出しの魔道具に必要最低限の灯りのみ灯されている。
今通っている廊下には高い天井までどこにも窓はなく、実戦を想定した攻め込まれづらい造りになっているのだと思う。外から見た時、この回廊の天井の上方にあたる部分には窓があったのでおそらく間違いないだろう。
玄関から入ってかなり長い廊下を左にまっすぐ直進し、突き当りを右に曲がってさらに突き当りへ。そこをまた右に曲がって半分くらい進んだ右手の扉が開かれる。
その先は広い中庭になっており、城壁に囲まれた小さな街のように数軒の邸が建てられていた。
「この城で森の出口を塞いでいるために、城内にも城壁を作って二重に魔獣の侵攻を防いでいるのですね」
「このながぁい廊下が初めての客人は皆何かしら文句を付けるんだが。よく設計意図に気が付いたな」
「廊下に窓もありませんでしたし、まるで一種の結界のようだと浅慮したのです」
「ふむ。流石はシルトの一粒種だな」
アドムは面白そうに笑みを浮かべると、コホン、と一つ咳払いをする。
「では一つ問題を出そう。この長い回廊は二枚目の防壁の役目を担っている。しかし、そこに攻め入られている時点で手遅れだと思わないか?ならばなぜ、この回廊があると思う?」
確かにアドムの言う通りだ。結局門を破られ玄関を抜け回廊に侵入された時点で、今いるこの中庭の入り口で迎え撃つしかできない。それなら門の前で徹底抗戦するのと同じだ。時間稼ぎ?いやそれも違う。
考えながら上を見上げると、レースとベール越しに太陽が城壁の向こうに沈みかけていた。そうか。ここは中庭で、空は吹き抜けだ。しかし回廊には高い天井があった……ならばもしかすると……。
「防壁であり、罠、なのですね?」
攻め込んでいると見せかけて、あの回廊はある意味袋小路だ。出入口は遠く離れた二か所しかなく、高い天井に、窓のない壁。
恐らく中庭に面する壁には回廊に一方的に攻撃できる小さな穴でも空いているのだろう。中が視えなくてもいいのだ。どうせ逃げ場などないのだから。
そうしてこの中庭は回廊以外でも外と繋がっている。空だ。
この高い回廊の壁は全員が超えられるわけではないだろう。しかし獣化の特質魔法を使用するベスティエ卿にとっては朝飯前のはずだ。他にも風魔法や土魔法、重力魔法など工夫次第で様々な魔法で超えられる。天井さえなければ。
壁を超えられる部隊で玄関側の扉を封鎖してしまえば回廊の中に逃げ場のない密室の完成だ。
「ほお!まさか軍人以外でわかる者がいるとはな!しかも貴族の淑女であるお嬢さんが!」
アドムは大変驚いていたがどこか嬉しそうで、グランツ公爵や父と同世代のはずなのに少年めいて見えた。いや、細かい顔貌は視えないのだが。
国民のすべてが知っている英雄とはもっと軍人らしい厳しさを持っている人物だと想像していた。そう、モイラが語るグランツ公爵のように厳格な人物だと思っていたのだ。
「シルトがあんなにも嘆くからどんなにヒドイお嬢さんが来るのかと覚悟していたんだが。アイツの基準が厳しすぎるのかグランツ嬢が猫を被っているだけなのか。果たしてどちらかな?」
「……そのようにご評価いただけるような者ではありません。恥ずかしくも不勉強ですから、これからどうかご教授くださいませ」
ベスティエ卿の語る『お嬢さん』はそもそも同一ではないのだ。『モイラ』には説明することはできないし、振る舞いをモイラに寄せる選択肢もない。
実家で父と執事に教えてもらった貴族のマナー知識や一般常識は『モイラ』の持つ唯一の財産だ。それを捨てるような真似は天国の父に申し訳なくてできない。
「ふむ。まぁまずは着替えてから飯にしようか。そろそろ夕食の時間だ」
「……失礼ですが、夫人とご子息へのご挨拶を先にさせていただければと存じます」
「すまんなぁ。妻も息子も遠征中で帰りは数日後なんだ」
そのアドムの言葉に驚いたように瞬いたがその動きが彼に見えることはない。
自分はここに輿入れする嫁の身代わりとして存在しているのではなかったのだろうか?それなのに相手が留守にしている?
嫌々嫁がされるといったような言い方だと感じたが、もしかしたら逆なのだろうか?グランツ公爵が無理やりモイラを嫁に押し付けた?望まれていたわけでない?
「……そうでしたか。かしこまりました。それではご挨拶はご帰還されて落ち着いた頃にさせてくださいませ」
「まぁ、うん。そうだな。俺個人としてはシルトから事情も聞いている上で歓迎している。これは本心だから安心してくれ」
「お言葉、感謝いたします。それでは客間を一室お借りしてもよろしいでしょうか。お言葉に甘えて着替えさせていただきます」
ここにいるのが自分でよかったと『モイラ』は心から思っていた。ここにいるのがモイラだったら失礼ですまない事態になっていたかもしれない。
母に捨てられ、会ったこともない相手のもとに『他人』として嫁がされたと思っていたが、そうではなかった。相手方は『モイラ・グランツ』を嫁に望んでいない。
そうわかったところで帰れるわけではないのだが。
グランツ公爵家に戻ることもできない。実家はとっくになくなっている。
行く宛などなく、公爵家としても、モイラや母からしても、『モイラ』として、肩書は置いておくにしてもここで世話になる必要があるのだ。
ならば少しでも迷惑にならないよう、置いてもらう恩を返せるよう行動しよう。
しかし公爵家にいた時のように下働きの仕事をするわけにもいかない。何せ今は『モイラ・グランツ公爵令嬢』を名乗っているのだ。
公爵令嬢が他家の居城でお世話になる時に返せる仕事は何があるだろうか?
侍女長に案内された客間で、滞在中に世話をしてくれる侍女を紹介された。キャサリンとエリザベスという二十代くらいの下級貴族子女だった。
「どうぞキャシーとお呼びくださいませ、グランツお嬢様」
「私のことはリザとお呼びください」
「ええ。キャシーにリザね。どうもありがとう。早速着替えさせていただくわ」
そう伝えると当然のように着替えを手伝おうと目の前と背後に周りベールに手をかけようとしてくる。
公爵令嬢としては手伝わせるのが正解なのだろう。
しかし、そうするわけにはいかない。
『モイラ』の身体は、到底公爵令嬢のものではないからだ。
痩せぎすの身体に、荒れた手指。貴族令嬢にはつくことのない、湯運びなどの力仕事でついた下半身の筋肉、香油を落とせばパサパサの髪の毛。焦点の合わない気味の悪い瞳と、今日初めて化粧をした特徴のない地味な顔。
ライラの手によって急ごしらえで作られたインスタント公爵令嬢なのだから。
「ごめんなさい。申し訳ないのだけど、一人で着替えたいの。湯浴みも一人で」
「申し訳ございません、何か不手際がございましたか?」
「いいえ、あなたたちには何も非はないわ。……ただ、傷があって……、誰にも見られたくないの。ごめんなさい」
「そ、それは、気が付きませんで……申し訳ございません!」
「謝らないで。悪いのは、隠し事のある私なのだから」
公爵令嬢の振りなどして詐欺をはたらく、悪人なのだから。