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4:王国の英雄の悩みごと




 王国の西端にあるベスティエ領の中でも一番西、魔物の生息する森の入り口のすぐそばに建造された要塞のような城の城門をグランツ公爵家の家紋が記された数台の馬車がくぐる。


 ベスティエ領領主であるアドム・ベスティエ辺境伯とシルト・グランツ公爵は古い戦友だ。

 獣化の特質魔法を行使し隊の最前線で敵を駆逐するアドムと、結界の特質魔法を行使しアドムや他の隊員を守るシルトは王国の二大英雄として共に王国の平和を築いてきた同胞である。


 魔物の侵攻がある程度落ち着き、シルトが王都に戻ってから二十数年経つが、それからも年に一度程度の手紙のやり取りは続いていた。


 その手紙でシルトが愛する妻と死別し、遺された一人娘とどう接していいのかわからず悩んでいること。娘は父母どちらの特質魔法も受け継がれず正直がっかりしてしまったこと。浪費癖があり我儘で手を焼いていること。王命で後妻を迎えたこと。そのまま娘が年頃になり、親子関係は悪化の一途をたどりもう自分の手にはおえないところまで来てしまったことなどが綴られていた。


 アドムの方は性に合う田舎暮らしで、愛する妻と五人の子に恵まれたが、どの子にも獣化の特質魔法は受け継がれず、最近騒がしくなってきた魔物の動きがさらに活発化し再度侵攻が始まってしまったら戦力に不安があること。もしかしたらモイラは自分が両親の特質魔法を受け継げなかったことにコンプレックスを感じて傷ついているのではないかということ。お互いに側にいることで傷ついてしまうなら、ちょうど適齢期である自分の嫡男と見合いさせてみるのはどうかという提案を綴った。


 妻の特質魔法を受け継ぐベスティエ家の嫡男とグランツ公爵家の血筋が交わればこれ以上ない血統になる。妻も親友の娘が嫁いでくるなら歓迎するに違いない。しかし一番大切なのは本人同士の気持ちだ。

 アドムと、研究者で伯爵令嬢であった妻も、シルトとアイリスと同じく恋愛が先に立った婚姻だったのだ。子に政略婚を強いるつもりは一切ない。


 アドムとしては一度モイラをベスティエ領に呼び、こちらでしばらく暮らして、息子とも話をして、お互い惹かれたら婚姻を結べたらいいというくらいの軽い気持ちで手紙を出したのだが、数ヶ月後返ってきた返事はシルトのサインが入った婚姻証明書と、すでに娘と後妻を載せた馬車を送り出した旨、娘が無礼をはたらいたら婚姻証明書は破棄してすぐに追い出して構わない旨、そして長々と綴られた謝罪と感謝の手紙だった。



 シルトは限界だったのだろう。最愛の妻を喪い、うまく娘を愛することができずに、しかしそれが最愛の妻を一番傷つけることだと理解していた。


 邸では顔を合わせないよう過ごしてきたが、執事から聞かさせる娘の日々の動向に頭を抱えていた。

 特質魔法を受け継げなかったことは仕方がない。魔力は高いのだから通常魔法の扱いを修得すれば公爵令嬢として問題はない。

 しかし娘は努力が苦手な子供だった。少し取り組んでできなかったらすぐに諦めて投げ出す。

 貴族としての勉強もそうだ。少しわからないことがあると飽きてしまい集中力が途切れる。教師に暴言を吐く。良い成績を買収しようとする。


 社交においてもいい話は聞かなかった。公爵家の威光を笠に着て高飛車に威張り散らし、自分より下の地位の者にかしずかせ、下級貴族である使用人をこき使い見下す。貴族の権力というものは下の者、弱き者を守るためにあるというのに。


 それが自分の娘だという事実が恥ずかしい。アイリスと自分の娘なのになぜ。


 育て方が悪いのだろう。母親がいないことが娘にとって悪影響を及ぼしている。そして、父親が娘を愛せないことも。



 シルトは不器用な男だ。アドムはそんな友人のため、しばらく娘を預かることにした。我儘娘だという話も聞いている。多少の()()()は大目に見よう。


 妻と娘を送り出したという手紙がベスティエに届いたのはつい先日だったため、見合い相手である長男も妻と共に現在遠征中だ。

 そもそも手紙で聞いているような娘だとすると息子は静かに怒り狂う可能性が高い。

 息子は自分には目の色以外似ず、他はすべて母である妻にそっくりなのだ。怒らせるとたいへん恐ろしい。


「さて。シルトの頭を悩ませる困ったお嬢様のご到着のようだ」


 執事と侍女長、メイドにそれぞれ指示を出し玄関の外で公爵家の馬車を出迎える。


 一番大きな四頭立ての馬車から青いドレスを身にまとった淑女が降りてきた。

 彼女が後妻だろうか。どこかで見たことがある。一生懸命記憶を手繰ってみたのだが、歳のせいか、それとも元の構造のせいかはわからないがうまくいかなかった。

 アドムからするとこの世に知らないことなどないような才女である妻が隣にいれば、表情すら変えずにそっと教えてくれるのだろうが。残念ながら今妻は留守だ。


 続いて護衛の騎士にエスコートされながら降りてきたのは光沢のある上品な白地が裾に向かうにつれて紫に染まってゆく美しいドレスに身を包んだ女性だった。

 なんと花嫁用のベールで頭を覆っている。


 シルトは一体娘にどんな話をしたのか。これでは見合いではなく、すでに輿入れだ。

 いや。元々そのつもりなのか。そのためのサイン入り婚姻証明書なのだろう。



 困った。どう対応すればよいのだろう。

 隣で控える執事と侍女長も表情には出していないが動揺しているようだ。

 しかし相手はグランツ公爵家の一人娘。我儘放題の難有お嬢様。こちらが礼を失するわけにはいかない。


 後妻が令嬢の背を支えながら近づいてくる。貴族のお仕事は苦手だが今城には自分しかいないのだ。やるしかない。


「遠路はるばる良くぞいらした。ようこそ、ベスティエ領へ。歓迎しよう、グランツ公爵夫人、グランツ公爵令嬢」




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