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27:公爵夫人の罪 2


 ◇


 ライラが目覚めた時に見た光景は、侍女やメイドが行きかう中、アイリスの遺体を抱いて慟哭するシルトの後ろ姿だった。


 魔力切れでぼうっとする頭の中で、アイリスは助からなかったのだと理解した。


 子はどうなったのかと視線を彷徨わせれば、近くに赤ん坊の姿はない。子も駄目だったのかと顔を逸らせば、そこには我が子を寝かせておいた籠が放置されていた。


 そこに眠っていたのは、我が子ではなかった。


 なぜあの籠に寝かされているのかはわからないが、子が助かったなら、まだ良かった。


 しかし、赤子から己の魔力の残滓を感じる。どうやらアイリスを救えなかった上に、子も毒されてしまったようだ。そんなこと、アイリスを喪って打ちのめされてるシルトに言えるはずがない。


 どうしよう。どうしたら?


 考えが纏まらずおろおろとしていると、シルト付きの侍女にそっと肩を叩かれた。


『ライラさんも、お疲れ様でした。あなたも出産を終えたばかりだったのに、良く頑張りましたね』

『……でも、アイリス様が……』

『あなたも悲しいでしょうけど、いつまでも子を放っておいてはいけません。それに、乳母として指名されているのでしょう?』

『……え、えぇ……』

『……お嬢様はずっと泣いていらっしゃるのよ。お乳をあげてきてくれないかしら』

『え……?』


 子はそこで静かに眠っているのに、何を言っているのだろう?

 そしてあの子も女の子だったのか。


 ライラの子も自分の子もきっと女の子だから、ライラの子の真名は自分に贈らせて欲しい。と、アイリスはよく言っていた。


 上質な生地に一針一針に祝福を込めた丁寧な刺繍を刺している姿を妊娠初期からずっと見ていた。

 熱心ですね。と声を掛ければ、この子の為だもの。とライラの腹を撫でながら微笑んだ。


 そして昨夜子を産んだ後、アイリスからそのおくるみを贈られたのだ。


『あなたの子も連れて、お嬢様のお部屋へ向かってちょうだい』


 そう言ってシルト付きの侍女は籠を見た。

 そこにはやはりアイリスから贈られたおくるみに包まれた我が子はいない。


 何がどうなったのかわからないが、ここにいる人は皆あの籠で眠る赤子はライラの子だと思っているのは間違いないようだ。


 傍から見れば性別も同じ。同系色の髪も持っている。昨日産まれた赤子も今日産まれた赤子も、見分けはつかないのかもしれない。けれど、ライラにははっきりとわかる。


 言わないと。この子は我が子ではないと。

 おそらくお嬢様と呼ばれて泣いている赤子が、まさしく自分の子なのだと。


 ……けれど。


 アイリスの子が毒に冒されたと知られれば罰される。

 アイリスが亡くなった以上、乳母として首になればこの邸に、シルトの側にいることは出来なくなってしまう。


 幸い己の娘はシルトと同じ金髪で、瞳の色も青い。色で発覚することはないはずだ。


 この件が露見したところで、自分が故意に入れ替えたわけではない。

 入れ替わりが発覚する前に毒の治癒が終われば自身の咎にはならない。


 気付かなかった振りをすればいい。


『……かしこまりました。失礼します……』

『えぇ、お嬢様のお世話が終わったらあなたもゆっくり休むのですよ』

『はい……』


 ◇


 その後、毒の治療が出来る口の堅い治癒の特質魔法を継ぐ者を探したが、そもそもサナーレはアイリスの生家だ。リスクが高すぎる。早々に治癒は諦め、毒も気が付かなかったことにしようと決めた。


 一つ目をつむれば、この先いくつも目をつむらなければならなくなるとわかっている。


 それでも、シルトの側を離れたくなかった。何を犠牲にしたとしても。



 娘に真名を与えてくれと夫に何度も請われた。

 しかし、己が行ったあの子への仕打ちを考えたら祝福など贈れるはずもない。


 あの子の全てから目を逸らし、見ない振りをしたのだ。



 その罰なのだろうか。あの子は日に日にアイリスそっくりに成長し、誰が見ても公爵家の嫡子であると明らかになった。


 アイリスそっくりの見た目の幼子が自身を「おかあさま」と呼ぶ。


 これが、己への罰なのだと悟った。



 夫に問い詰められ、知らない振りはできないところまで来たことを察した。


 あの日の混乱した邸の様子を語り、娘が入れ替わったことは気付かなかった、事故なのだと話した。


 夫はあの子を溺愛している。絶望も大きいだろう。


 憔悴しながら、公爵家での実の娘の様子も問われた。


 産まれた日に包まれていたおくるみの刺繍からそのままモイラと名付けられた彼女も健やかに成長した。

 シルトに愛されず胸を痛めている様子は過去の自分を見るようで見ていて辛い時もあるが、自身によく懐き、可愛らしいとは思う。


 しかし。己は乳母で、モイラは公爵令嬢だ。そう自己暗示のもと過ごしてきたせいか、実の娘であるという意識は薄い。


 公爵家の令嬢として相応しく成長するようにと乳母として側で見守った。多少の我儘は高位貴族らしくもあり、シルトに可愛がられないことに心のどこかで安堵すらしていた。

 アイリスの娘というだけで無条件に愛されていたら、例えそれが自分の娘であっても醜い嫉妬に塗れてしまいそうだったから。


 夫は亡くなるまでずっと二人を元に戻すようにと言ってきていた。何度も言われなくともわかっている。そうすべきであること、そうしなければならないこと。


 でも元に戻したとして、あの子は目が不自由で、これまで公爵令嬢としての教育も受けていない。モイラだってこれまで公爵令嬢として生きてきて今更男爵家の娘だなんて納得できるはずもない。

 二人の為にはこのままの方がいいはずだ。そんな言い訳を並べれば、夫は苦悩した。


 馬鹿な男だ。わかっている。娘たちのことだけじゃない。夫は事が露見すればライラの処罰が重くなる事を一番懸念していた。


 どうにか自分だけの罪として裁いてもらえないかと模索していたことも知っている。彼は何一つ悪くないのに。


 そんなことをされたって、何も返せないのに。だから、夫婦になったはじめから夫が苦手だった。




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