16:カイマスの視察二日目
「おはよう、グランツ嬢」
「おはようございます。お待たせいたしました」
部屋に運ばれた朝食を済ませ、キャサリンが用意してくれた軽装に着替えて玄関ホールに向かうと、そこにはすでにアドムとロクトが出発前の話し合いをしているようだった。
「体の調子はどうだ?」
「お陰様で。まったく問題ございません。倒れた後、ベスティエ卿に運んでいただいたと伺いました。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「君は羽根の様に軽かったぞ。もっと食べた方がいいな」
冗談めかして言うアドムにクスリと微笑みを返す。
『モイラ』の笑みを受け取ったように彼は相好を崩し、手を胸に当てると軍人の礼をとった。
「昨日は本当にありがとう。ベスティエ領を代表して礼を言わせてくれ」
「いいえ。私は出来ることをしただけですから」
「今日も視察に同行してくれるつもりだと息子から聞いたが決して無理はしないでくれ」
「はい。ご心配をおかけいたしました」
つまむドレスの裾はないものの形は美しいカーテシーで返せば、エリザベスが整えてくれた髪がサラリと揺れる。
今日も一つにまとめて帽子の中にしまいたいと言ってはみたものの、にっこり笑って却下されたのだ。
「たしかにしっかり休めたみたいですね。随分と顔色が良くなりました」
安心したような柔らかい声色でロクトに話しかけられ、そちらに身体を向け直し一礼する。
「はい。お陰様で。侍女たちにも聢と仕えてもらいました。ベスティエ家の侍女はとても腕が良いですね」
「それは良かった」
斜め後ろでエリザベスがふふんと胸を張ったのがわかってフフと笑みがこぼれる。
「弟は先に畑に行って、昨日実った一帯の収穫の指揮をしている。君が行使してくれた魔法の範囲はカイマスのラシチーイモ畑の五分の一くらいだったが、もうすでに今年の収穫予定量に達しているからな。カイマスの農民総出で張り切って収穫作業開始というわけだ」
「では本日はラシチーイモ以外の収穫期の作物の成長を促しましょう。一種類だけ大量に流通してはラシチーイモの価格が暴落してしまいますものね」
『モイラ』がそう言うと、ロクトは満足気に深く頷き答えた。
「英明です。今日また魔法の行使をしていただけるならルースウリの区画をお願いしようと昨夜叔父と相談していました」
「かしこまりました。ではそのように」
今日も秋晴れが続き天気が良い。
しかし今日用意された馬車は昨日の幌馬車よりも乗り心地に特化した二頭立ての乗用馬車だった。
また倒れた時のことを考慮して用意してくれたのだろう。
父子は各々の愛馬に跨り馬車を先導する。
その後ろ姿を見ながら顔や姿は似ていないけれど乗馬の姿勢や癖は瓜二つだと思った。
まだ父が生きていた頃、執事に勉強を見てもらう度、文字の傾きやはね方が父の字とそっくりだと微笑まれた。
顔や目の色や特質魔法、どれをとっても似ていなかった父との唯一の共通点が嬉しかった。
親子というものは、姿が似ていなくてもどこかしら似るものなのだ。
母とは、どこが似ているのだろう。そう考えて、チクリと胸が痛んだ。




