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14:『公爵令嬢』は疑われる




 昨日昼過ぎに倒れてから長い睡眠を貪ったためか、まだ夜も明けきらぬ頃『モイラ』は目覚めた。

 目許にレースが掛かっていることを確認してから起き上がり、グッと身体を伸ばす。


 窓の外は、星の光が東の空からゆっくりと暁に融け出し()誰時(たれどき)を示していた。


 昨夜ロクトと侍女の世話を受け入れることを約束したが、色々と問題点はある。


 湯浴みはレースを外す必要があるため浴室に灯りをともせない。自身は慣れているから何も問題はないのだが、侍女たちにとってはそうではないだろう。

 おそらくもう少しすれば侍女たちが部屋を訪れる頃合いだ。彼女たちが来る前に済ませてしまおう。


 湯で身体と髪を流して部屋に戻ればそこにはすでにキャサリンとエリザベスが控えていた。


「おはよう」

「おはようございます。遅くなりまして、申し訳ございません」

「いいえ。昨日早く休ませていただいたから早くに目が覚めてしまったの」

「こちらへどうぞ。髪を乾かします」


 バスローブのまま鏡台の前の椅子に案内され、パサパサの毛先を櫛で梳かれる。


「毛先を整えさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん。迷惑かけるわね」

「いいえ。……では、一度レースを外させていただきます」

「わかったわ」


 目を閉じ、二人の侍女に身を委ねる。


 髪はエリザベスによって入念に梳かれ、毛先を整え、香油を薄く伸ばして更に梳き、熱したコテで自然なストレートに仕上げられる。

 一方キャサリンは指に薬を塗りこみ、顔と身体には良い香りのするオイルを伸ばし、血行を良くするマッサージを施してくれた。


「わぁ!お嬢様の御髪、本来はプラチナブロンドでしたのね!とてもお美しいです!」

「くすんだ金髪なだけよ……でもありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

「お世辞などではありませんわ!ほらご覧ください!」


 エリザベスは手早くレースを目許に掛けて鏡を見るように促す。


 そこには確かに金と銀が配合された艶のあるプラチナブロンドが胸元まで伸びていた。肌の血色も大分改善されていて、まるで鏡の向こうには知らない令嬢が座っているかのように感じるほどだ。


 レースの下で驚きに目を瞬く。


「お嬢様今までは巻き髪をなさっていらしたのでは?巻き髪は痛みも激しいですし、艶が出ませんからくすんで見えるのです。しばらくは香油なしではパサついてしまうでしょうけれど、毎日手入れすればすぐにサラサラになりますわ!お嬢様は絶対ストレートがお似合いです!これからはストレートを主体にアレンジしていきましょう!」


 エリザベスは興奮気味にそう言い、楽しそうに鼻歌を混じらせながらストレートに伸ばした髪の一部を手早く編み込みにしてゆく。


 その手元を鏡越しに目で追っていると、キャサリンがワードローブから数着のドレスを出して近付いてきた。


「本日のお召し物はどちらになさいますか?」


 彼女の持っている衣装の中には昨日借りたような軽装は見当たらない。


「せっかく選んでくれたけれどごめんなさい。今日も畑に行きたいから、軽装がいいわ」


 その答えを聞くとキャサリンは少し驚いたように橙色の瞳をいつもより大きくした。


「……本当によろしいのですか?昨日とは状況が異なると思いますけれど」


 声のトーンもわずかに低い。


 キャサリンの言葉の意味がわからず、『モイラ』はエリザベスの邪魔にならない程度に首を傾げる。


「あら?何が異なるのかしら」

「お嬢様はベスティエにお見合いにいらしたと伺っております」

「ええ、そうね」


 表向きには。


「本日からはお相手であるロクト様もご同行されるのですよ?」

「ええ」

「淑女として相応しい格好でお会いになるべきでは?」


 キャサリンの言葉は正論だ。


 『モイラ』が本当に公爵令嬢で、ベスティエ辺境伯家との見合いを成功させ縁を繋ぎたいと考えているのであれば。だが。


「キャシー!何故そんな口の利き方をするの!?お嬢様に失礼でしょ!」


 エリザベスがキャサリンを窘めるが、『モイラ』は片手をあげそれを制する。


「リザ、大丈夫よ。むしろあなたももっと気軽に話してくれた方が嬉しいわ」

「でも!」

「いいの。キャシーも気にしなくていいわ」


 エリザベスの手が止まり、ヘアセットが済んだと確認してから『モイラ』は椅子を立ちキャサリンと向かい合った。


「そして、淑女として相応しい格好でお会いするべきではという話ね?

 確かにお見合いの場ならドレスを着るべきでしょう。でも今日は畑の視察の一環だし、やはり軽装が一番合うと思う。

 収穫期は間近だし、情けないことに私の魔力では昨日の範囲で精一杯のようだから、魔法を行き届かせるためには一日でも早く畑を周らないと。

 きっとベスティエ卿も、ご令息も同じように考えてくださるんじゃないかしら?」


 『モイラ』のもっともらしい言葉でどうにか納得してもらえないだろうか。


 そんな願いは虚しく、キャサリンの表情は変わることはない。


「グランツ公爵家のお嬢様がそれでよろしいのなら軽装をご用意しましょう」


 そう言って、キャサリンは部屋を後にする。軽装の用意をしてくれるのだろう。


 間違いない。彼女は、『モイラ』が『グランツ公爵令嬢』であることを疑っている。

 当然だ。モイラの事はアドムから聞かされていて、その人物像と一致するのは年齢と身長くらいで。『モイラ』の身体は公爵令嬢とかけ離れているのだから。


 『モイラ』が偽物であるなら何者であるのかなどわかるはずもなく、それが主家に害をなす者である可能性があれば報告し、排除するのが彼女たちの使命だ。


 彼女の疑いが確信に変わるのはおそらく時間の問題だろう。


 それまでにベスティエの食糧難を解決しきれると良いのだが。

 自己満足になるかもしれないけれど、ただでさえ詐欺をはたらいて迷惑をかけているのだから、少しでもその罪を償ってから処刑台に上がりたいのだ。




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