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過去から現在へ②

 案内されたのは、先日タリサも訪れた庭園――の奥にある、黒い鉄の門だった。


「陛下はこちらでお待ちです」

「えっ……よろしいのですか? この先は、陛下専用なのでは……?」


 思わず尋ねるが、ポケットから出した鍵で門の錠前を開けていたアントニオはからっと笑った。


「ええ、陛下ご本人がそのように願ってらっしゃるのです。……さあ、どうぞ。ここから先は、わたくしでも入れませんので」

「……」


 側近のアントニオでさえ入ることを許されないというのに、そんな場所にタリサごときが入っていいのか。それとも、タリサを()るなら人気のないプライベートな空間でさっくりと()りたいからだろうか。


 しょぼしょぼしつつ門をくぐったタリサだが――すん、と鼻をくすぐる香りにさっと顔を上げた。


(これ、薬草の匂い……!)


 そういえば前に来たときも、雑草ではなくて薬草がありそうだと思っていたのだった。

 思わず視線を左右にやると……予想通り、あちこちに前世で見覚えのある薬草が植えられていた。


(あっ、シルモとベラベラン! あっちにはスイートローゼまで……!)


 生えているのは、森の中ならどこにでも生えていそうなものから少し珍しくて手入れにも手間が掛かるものまで、いろいろだ。

 この帝城と森の奥の家では大きな気候の差はないので、あの薬草園で育てていたほとんどの品種を見かけることができた。


「……気に入ってくれたか?」


 本来の目的も忘れて薬草観察をしてしまっていたタリサは、背後から聞こえてきた声にびくっとした。おそるおそる振り返るとそこには、シンプルなシャツとスラックス姿の金髪の男性が。


「……ミアもそうやって、目をきらきらさせて薬草を調べていたっけ」

「……へ、陛下……」


 はっとして、タリサは皇帝に向き直るとスカートをつまんでお辞儀をした。


「……お招きいただきありがとうございます、陛下。お会いできたことを……嬉しく思います」

「ああ、俺も……本当に、嬉しい。またこうして、あんたの顔を見たかった」


 そう言って微笑む顔も声も、クレトとは全く違う。だがその顔には確かに、クレトの――かつての養い子の面影があった。


 皇帝の手が伸びてきたので思わず背筋に緊張が走るが、彼はタリサの手を取って優しく握った。


「あちらに、休憩所がある。茶と菓子の仕度をしているから、そこで話をしよう」

「……はい」


 あらがうことなんてできるはずもなく、タリサは皇帝に手を引かれてぎくしゃくと足を動かした。


 生い茂る薬草をかき分けて向かった先には、小さなガゼボがあった。テーブルが一つと椅子が二つあり、テーブルの上にはティーセットやおいしそうな菓子がたくさん載った皿があるが、使用人たちの姿はない。


「ここは、俺だけの場所なんだ。使用人たちには準備だけさせて、出て行ってもらった。だから、二人きりでゆっくり話せる」


 皇帝は穏やかな口調で言うが……つまり、ここで何が――殺しとか――あろうと、周りの耳には届かないのだ。


 皇帝はかちこちに固まるタリサを椅子に座らせると、自らティーポットを手に取った。


「俺が淹れよう。ミア……いや、タリサ嬢は、フルーツティーは好きか?」

「ええと……好き、です。甘いものが好きなので……。あ、でも、陛下に淹れていただくわけには……!」

「俺がしたいんだ。……またこうして、あんたと過ごしたかったから」


 切なそうなまなざしで言われると、タリサもそれ以上断ることはできなかった。


 皇帝は慣れない手つきではあるが、丁寧にティーポットを扱って茶を淹れてくれた。

 二人分の茶を注いだ席に着いた彼は、まだ熱いだろう茶を一気に飲んだ。クレトは猫舌だったので、この辺は違うようだ。


「タリサ嬢も、どうぞ。あと、菓子も好きなものを食べてくれ。あなたはどんな味が好きなのか分からなかったから、片っ端からいろいろなものを集めさせたのだが……」

「あ、ありがとうございます。いただきます」


 ……前世でソフィア皇女から出された紅茶は結局飲めなかったが、タリサはおそるおそるティーカップをつまみ、そっと唇に寄せた。


(……あっ。甘くておいしい)


「おいしいです……」

「よかった。……あなたは少し痩せているな。せっかくだから、たくさん食っていけ」

「……いただきます」


 ぎこちなくもトングを手に取り、おいしそうな菓子を取り分ける。そんなタリサを、テーブルに頬杖をついた皇帝は穏やかなまなざしで見つめており……手元が狂いそうになった。


(分からない。クレトは、何がしたいの……?)


「……その、陛下。処刑を覚悟でお尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか」


 意を決して口を開くと、皇帝は怪訝そうに眉を寄せた。


「処刑? ……おい、そんな物騒な言葉を口にするんじゃない」

「しかし、その……陛下は今日、私を罰するおつもりで呼んだのではないですか?」

「あんたを、罰する……? ……やめてくれ、そんな恐ろしいことができるわけないだろう」


 そう言う皇帝は演技でもないようで、本当に顔を青くした。


「一度あんたを失ったのに、またしてもあんたを死なせてしまってどうするんだ」

「……あなたは私を恨んでいるのではないのですか?」


 せっかく取り分けたおいしそうなケーキだが手を付けられないままで尋ねると、皇帝は難しい顔になった。


「恨むはずがないだろう。……ああ、そうか。ミア、あんたは……自分が死んだ後のことを知るはずがないものな」


 ミア、と呼ばれてタリサの胸が苦しくなった。


(私が、死んだ後のこと……)


 当然、知るはずがない。ミアとしての最後の記憶は、馬車から引きずり下ろされた御者に斬り殺されたところまでなのだから。


 過去を知るのは、怖い。

 それに、今の自分はタリサとしてきているのだから、三十年も前のことを知ったからどうなるわけでもない。


(……でも)


 しばし黙った後に、タリサは顔を上げた。


「……教えていただけませんか」

「ミア……」

「私、知りたいのです。……私が予想していた展開とこの未来には、いくつかの齟齬があります。私の死後、何が起きたのか……教えてください、陛下」


 タリサが勇気を出して言うと、皇帝はうなずいてから自分の空のカップに新しい茶を注いだ。


「もちろんだ。……ただ、あんたにとって苦しいこともあるだろうから……そのときは言ってくれ」

「……はい」


 タリサが了承したのを見てから、皇帝は静かに語り始めた。

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