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過去から現在へ①

 もう二度と来る機会がないことを願っていた帝都に、タリサはたった十日ほどで戻ってきてしまった。


(気が重い……というか、生きて故郷に帰れる気がしない……)


 これまではいろいろなことについて「なんとかなるかな」でやってきたタリサだが、さすがに皇帝相手だとそんな楽観的になれるはずもない。


 事情をよく分からないながらに両親は、皇帝に呼ばれたタリサに最上級のドレスを買い与えてくれた。本当は寸法からデザインまでオーダーメイドにするべきなのだがどうしても時間が足りず、ここ十年ほどの間に発達した既製ドレス販売店で急いで買ったのだった。


 いつもメイクしてくれるメイドや身の回りの面倒を見てくれる小姓なども連れて、タリサは帝都の門をくぐった。お嬢様の心境を察してくれたのか、使用人たちが何も言わずにただ「頑張りましょうね」とタリサを励ましてくれたのがありがたかった。


 帝城に行くと、前と同じように門の前で兵士に止められた。


「止まれ。身分証明証の確認と身体検査を行う」

「……はい。レンテリア男爵家のタリサ――」

「どうぞお通りくださーーーーい!」


 名乗って身分証明証を出そうとした段階で、兵士はほぼ絶叫に近い声を上げて門を全開させた。いきなりたたき開けたので、反対側の壁にぶつかった門がガションガション音を立てながら揺れている。


「へ、陛下があなたをお待ちです! さあ、どうぞ! 今すぐどうぞ!」

「え……しかし、検査は……」

「いいのですいいのです! 陛下からも、レンテリア男爵令嬢がいらっしゃったらすぐにお通しするようにと指示を受けておりますので!」

「そう、ですか。分かりました……」


(……一刻も早く城に来いということだろうけれど……そうね。私としても、嫌なことは早めに終わらせたいわ……)


 もしかしたらこれが今生の別れになるかもしれないので、念のため家族には「もし私が帝都から帰ってこなくても心配しないでください」と告げている。父と母は困った顔をしていたが……前世のことを言っても信じてもらえないだろうから、曖昧な表現にとどめておいた。


 タリサが帝城に入ると、馬車が止められた。そして正面玄関から現れた文官のような出で立ちの青年が、タリサを迎えてくれた。


「お初にお目に掛かります、タリサ・レンテリア嬢。わたくしは皇帝陛下の従者のアントニオと申します」

「お初にお目に掛かります、アントニオ様。レンテリア男爵家のタリサでございます」


 緊張しながらタリサが挨拶を返すと、柔和な顔立ちの好青年といった雰囲気のアントニオはにっこり笑った。


「ここからは、わたくしがタリサ嬢をご案内させていただきます。陛下も、あなたと再会できることを首を長くして待っておりましたよ」

「……」


 なんとか笑顔を心がけたが、心の中では悲鳴を上げていた。


(首を長くして……。早く私に復讐したくてたまらない、ということかしら……)


 アントニオの案内で城に入ったタリサはそのまま、豪華な客室に通された。先日、サウロたちが待機していた部屋もかなりの広さだったが、この客室は一人用のはずなのにずっと広い。


 ぽかんとするタリサに帝城使用人が教えてくれたことによると、この部屋は客室の中でも最上級のものらしい。続き部屋に風呂やトイレがあるだけでなく、なんと小さめながら厨房もあるので料理人を呼べばそこで料理もしてくれるという。


(この部屋だけで、十分暮らせてしまうわ……でも、お金が……)


 念のために自分用の貯金を全て持ってきたが、正直その金だけではこの部屋に一泊するだけの宿泊費さえひねり出せそうになかった。


「では、こちらでお仕度をなさってください」と言って帝城使用人が去って行ったので、タリサは気が進まないながらにメイドたちに指示を出して、着替えやメイクを行った。

 いつもはさっぱりとしたドレスと簡素な化粧だけだが、皇帝陛下の御前に参るのだから――たとえ死に化粧になったとしても、年頃の令嬢としてできる限りの装いをしなければならない。


 豊かな茶色の髪は巻き、たくさんのピンを使ってシニヨンにまとめた。晴れた夜空をそのまま映したかのような濃いブルーのドレスは肌触りがよく、奮発して買ってくれた両親のことを思うと胸が痛くなった。


 タリサはあまり目の周りをメイクすることが好きではないのだが今回は我慢して、ばっちりとアイシャドウも塗ってもらった。口紅はミアの時代よりも薄めにするのが今の流行らしいので、きつくない程度の淡い色合いのものを載せてもらう。


「では……いってらっしゃいませ、お嬢様」

「……いってきます」


「行ってくる」ではなくて「逝ってくる」が正しいのかもしれない、なんてしょうもないことを考えながら、タリサは一人で部屋を出た。この先は、男爵家から連れてきた使用人と一緒に行動することができなかったのだ。


 ドアの前ではアントニオが待機しており、タリサの姿を見てうなずいた。


「では、参りましょうか。陛下はあなたに会えるとなって午前中で必死に仕事を終わらせ、後は鏡の前でそわそわしっぱなしだったのですよ」

「……そうですか」

「『タリサ嬢は、髭のある男の方が好みだろうか?』なんてことを聞かれたりもしました。でももしあなたが髭男好きだとしても今すぐに生やすことはできないのに、変なことをおっしゃいますよねー」

「……そうですね」


 アントニオは調子よくペラペラ話している。「残虐皇帝」の側近というわりには軽そうだが、もしかすると処刑前のタリサを少しでも励まそうと、冗談を言って最後の安らぎを与えようとしてくれているのかもしれない。


 ちなみにタリサは男性に髭がない方が好みだが、おしゃれな口髭くらいならいいかも、と思っているタイプである。

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