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男爵令嬢タリサ①

 タリサは、フィネル帝国の隅っこに小さな領地を持つ、レンテリア男爵家の娘として生まれた。両親は優しくておっとりとした人で、八歳の時に弟のサウロが生まれた。


 レンテリア家はそこそこ歴史はあるが、女帝からはあまりいい目で見られていないようだった。一年の大半を領地で過ごしており、帝都を訪れるのはどうしても参加しなければならない式典などがあるときのみ。レンテリア男爵家そのものも、そこまで裕福なわけでもなかった。


 だが両親がタリサとサウロに注ぐ金を惜しむことはなく、二人はのどかな領地を駆け回ってのびのびと成長した。屋敷に仕える使用人たちもいい人ばかりで、タリサは温かくて優しいものばかりに包まれて育った。

 帝都はとても華やかで素敵な場所らしいが、タリサはさして興味もなかった。


 だが、十二歳の時。女帝の即位ウン十年記念だとかで、家族で帝都に行くことになった。

 憧れはないが一度は記念に行ってみたいと思っていたので、タリサも着飾って帝都に向かった、のだが――


 堂々とそびえる帝城を見たタリサは、ショックを受けた。

 帝城を見た瞬間、彼女は――ミア、という女として生まれて死んだ前世を思い出したのだ。


 薬草師だったミアは、二十八歳で死んだ。彼女を殺したのはあの御者の男だが、おそらくそうなるように仕向けたのは――クレトに恋をしていた皇女・ソフィアだ。


 そう、現在のフィネル帝国を治める女帝というのは、あのソフィアなのだ。


 タリサは帝城の前で気を失って倒れたので、両親は急ぎタリサを病院に連れて行ってくれた。特に異常はないがゆっくり休むよう言われたタリサは、一人きりになってから考えていた。


(私は……なぜかこうして、前世の記憶を持ったまま、生まれ変わった。それなら、あの子は? クレトは……?)


 だが、女帝にクレトという婿がいたという話は聞かない。それどころか医師たちから教えてもらったことによると……今から二十五年近く前に起きた疫病を完治させた薬草師は、ミア一人だった。


(皇女は、私の存在を消してクレトだけを救国の英雄にすると言っていたわ。それなのにクレトは皇籍に入っていなくて、しかも私だけが英雄扱いになっている……?)


 女帝であるソフィアには皇子が二人いるが、息子たちの父親は違う。

 今から二十年ほど前――ミアが死んで約二年後に婿を迎え、夫との間に生まれたのが第一皇子・フェリクス。現在十五歳の見目麗しい貴公子だが、女帝と夫は元々仲が悪くその夫も数年前に病死しており、フェリクス皇子は母から冷遇されている。


 第二皇子・セリオは、女帝とその恋人との間に生まれた。恋人は下級貴族で、婿にはなれなかった。だが女帝の寵愛を一身に受けていたため、なんと女帝は嫡男であるフェリクスではなくて一応婚外子のセリオを皇太子にしているそうだ。


 その女帝本人も浪費癖が激しく、恋人と一緒に散財しまくっているという。帝国は帝都こそ華やかで活気があるが、地方都市は寂れており重税で民たちがあえいでいる。


(私とクレトが救った国は、こんなことになってしまったの……)


 病室の窓から見える風景を眺めていたタリサは、膝を抱えて丸くなった。


 二十五年近く前に、ミアは死んだ。クレトは皇女の婿になったのだと思いきやそうではなさそうで、しかも救国の英雄として名を残すのはミアだけになっている。


 疑問に思うことは多いし、知りたいこともたくさんある。だが……タリサはこの帝都に、長居したくなかった。

 ミアとクレトが必死になって疫病を駆逐したというのに、できたのはこんな未来。ミアを死なせた女帝はのうのうと生きており、民から吸い上げた金で豪遊している。


 ――復讐、という言葉が頭に浮かんだ。だが、すぐにその物騒な言葉を頭からはじき出した。


 たとえタリサが前世の自分の敵である女帝を討ったとしても、だからといって全てが丸く収まるわけではない。女帝殺しの罪で家族まで極刑にされるだろうし……皇太子・セリオも両親ほどではないが散財癖があるそうだから、同じような国になるだけだ。


 タリサは、無力だ。ただの十二歳の小娘で、女帝から冷遇される男爵家の娘でしかない。

 できるのはせめて、領民たちが少しでもいい暮らしができるように……そしていずれ爵位を継ぐ弟にとって有利になるように、よい結婚相手のもとに嫁ぐことくらいだった。


「クレト……」


 唇に、名を乗せる。

 返事は、もちろんなかった。











 タリサは男爵領に戻ってからも、これまで通りの生活を続けた。

 ひょんなことから前世の記憶を取り戻したタリサだが、あくまでも「ミアという女性の記憶がある」くらい。今の自分は、タリサ・レンテリアだ。


 男爵領は僻地なので、あまり帝都の噂を聞かなくて済むという利点があった。女帝の話なんて聞いても胃が痛くなるだけなので、タリサは嫌な言葉から逃げながら成長していったが……。


 タリサが十五歳になった年の秋、とんでもない事件が発生した。










「……陛下が崩御した……?」

「ああ、今帝都は大混乱らしい」


 夕食の後に父から告げられた言葉に、タリサは呆然とした。

 今日は朝早くから父や母が険しい顔で手紙を書いたりしている……とは思っていたが、まさかそこまでの大事件が発生したとは予想もしていなかった。


 このレンテリア領は田舎なので、情報が伝わるのは遅いのだが――父曰く、先日帝城で行われた第一皇子・フェリクスの十八歳の誕生式典中に、皇子が母である女帝を惨殺したのだという。


 フェリクス皇子は、皇族男子の成人の証しである長剣を母から受け取るなり鞘を抜き、女帝の胸を一突きした。

 突然のことに周りの者たちが呆然とし、女帝の絶叫が上がる中、皇子は無表情で母を切り刻み最後には首を刎ねて、血にまみれた玉座に座ったという。


 母の頭を蹴飛ばした皇子はその骸に剣を突き刺し、宣言した。

 ただいまこのときより、己がフィネル帝国の皇帝となると。贅沢に溺れ国を疲弊させた女帝は処刑し、その恋人もまた追放処分。そして皇太子である異母弟は、継承権剥奪の上で幽閉すると。


 当然、親衛隊たちが皇子に襲いかかった。だが彼は恐るべき剣術で次々に兵士たちをなぎ倒し、会場は血の海となった。

 逆らう者がいなくなり、フェリクス皇子は枢機卿を脅して戴冠の準備を進めさせた。


 かくして一夜のうちに女帝は死にその恋人は追放され、皇太子は地下室に幽閉させられた。

 新たな皇帝となったのは、冷遇され続けた第一皇子フェリクス。


「……国は、どうなるのでしょうか」


 タリサが震える声で問うと、父は「分からん」と渋い顔になった。


「ひとまずのところ皇子――いや、新皇帝陛下は、恭順を示す者には寛大な処置をするとおっしゃっているという」

「では、あなた。わたくしたちも……」

「ああ。……陛下に逆らうわけにはいかないし……私たちは先代女帝陛下から疎まれていた。たとえ日和見と言われようと、私は皇帝陛下に従う」


 母に告げる父の顔は、苦渋に満ちている。


 実の母さえ手に掛けた、皇帝フェリクス。

 彼に従うのも恐ろしいが、かといって逆らえば男爵家のみならず領民まで冷酷な皇帝に敵視される。父は、自分がそしりを受けたとしてもそれでも、家族や民を守ろうとしているのだ。


 今は自室で寝ているだろう幼い弟の姿が思い浮かび、タリサは口を開いた。


「……お父様。私、自分にできることなら何でもします」

「タリサ……?」

「私はこれまで、お父様やお母様たち多くの方々から愛され、守ってもらいました。……だから、お父様。もし私をうまく使える日が来たなら、存分に使ってください」


 男爵の娘ではあるが、女である以上タリサは「駒」になれる。皆のためになるのならどこにでも嫁ぐし、跡継ぎを産めと言われたら男の子を産めるまで頑張る。

 それくらいしか、タリサには皆に恩を返す方法がなかった。


 タリサの言葉に母は「何を言っているの!」と叫んだが、父はかなり沈黙した後にうなずいた。


「それが、おまえの決意なのだな。……ありがとう、タリサ」

「……はい」

「あなたっ!」

「しかし、私はおまえを政治の駒として扱うつもりはない。おまえの決意と気持ちは理解したし、覚悟も受け止めるが……おまえが幸せな人生を送れるようにするのが、父親の役目だ。だから私は、おまえに悲しい人生を歩ませないため、最大限努力する」


 父のはっきりとした言葉に、母のみならずタリサも虚を衝かれた。

 父がタリサの言葉を受け止めたのは――そうならないように尽力するという、決意の現れだったのだ。


 父は末端とはいえ貴族だから、どうしてもとなると娘を差し出さねばならなくなるだろう。

 だが、そうはしたくないのだ、という気持ちが分かっただけで、タリサは十分だった。

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