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プロローグ②

 クレトの誕生日は、真冬だった。


「十六歳の誕生日おめでとう、クレト」

「……ありがとう」


 森がこんもりとした雪で覆われる中、ミアは豪勢な夕食を作ってクレトの成人を祝った。正直かなり家計を圧迫したが、明日以降自分の食費を減らせばいい話だ。


 もうすっかり青年になったクレトは、ミアの手料理をおいしそうに食べてくれた。彼はしばしば町の食堂で食べることもあるのだが、「ミアの料理が一番だ」といつも言ってくれている。


 誕生日プレゼントは、小さなナイフだ。この国では男の子が成人したときにはナイフを、女の子が成人したときには髪飾りを、親が贈ることになっている。


 ミアはクレトの本当の親ではないが、母親の気持ちで彼を育ててきた。彼の実の両親は既に亡いが、彼らが息子の成人を祝えなかった分も、ミアが祝福してあげたかった。


 小さな銀の刃を見つめて、クレトは顔を上げた。


「……これを、俺に?」

「ええ。自らの力で自分の未来を切り拓き、悪しき者を倒して、大切な人を守る。そのために親は息子に、ナイフを贈るのよ」

「……」


 クレトは目線を落とし、黙ってナイフを見つめた。やがてそれを丁寧に鞘に戻してから上着の胸元に入れ、ミアを見てきた。


「ミア。俺は今日、大人になった」

「ええ」

「仕事もできるし、結婚もできる」

「……そうね」


 仕事の方はともかく、結婚という言葉が彼の口から出てくるのは少し意外だった。だがもしかしたら、ミアが知らない間に好きな子を作っていたのかもしれない。


 それならミアは、喜んで祝福するのだが――


「……なあ、ミア」

「なぁに?」

「俺と、結婚してくれないか」


 とさり、と窓の外で雪が屋根から滑り落ちる音がした。


 ミアは微笑み、席を立った。


「寒くなってきたわね。戸締まりを確認しないと」

「ミア、無視するな。返事をくれ」

「返事なら、ノーよ」


 ショールを肩に掛けて振り返ったミアは、難しい顔をするクレトを柔らかいまなざしで見つめた。


 ……全く気づいていないわけではなかった。


 二、三年前くらいからだろうか。クレトがミアを見つめる目が、変わってきた。

 昔は顔や指先をよく見てきたのに、胸や尻などを見てくるようになった。「ミア」と呼ぶ声に、切ないような響きが含まれるようになった。


 だが、知らないふりをしてきた。それはだめだと態度で、視線で、クレトを止めてきた。

 それなのにこの子は、自ら一線を越えようとしてきている。


「私はあなたの親代わり。子どもと親が結婚することはできないわ」

「俺は成人して、あんたから守られる必要はなくなった。だから、今の俺たちはもう対等な関係だろう」

「私はあなたを、そういう目で見ることはできない。それに……私はもう、二十八歳よ」

「年齢なんて関係ない。いくつになってもミアは素敵だし、ミア以外の女と一緒にいたくはない」

「刷り込みみたいなものよ。あなたも独り立ちをすればきっと、年の近いいい人を見つけらるわ」


 そう言ってミアは、こん、と壁を軽く叩いた。


「……今日は雪も深いからだめだけれど……クレト」

「……」

「明日、ここを出て行きなさい。家族でいられなくなった以上、もうあなたをここに住まわせることはできないわ」


 ミアの容赦ない言葉に、クレトは目を丸くした。だが彼が黙っていたのは数秒のことで、間もなくうなずいた。


「……分かった。今日のうちに、荷造りをする」

「そうして」


 それだけ言い、ミアは彼に背を向けた。


 これでいい、こうでなくてはならない。

 ミアが、クレトの未来を縛り付けることなどあってはならないのだから。










 翌日、雪の道をかき分けながらクレトは家を出て行った。

 彼は前々から、町でスカウトされていたようだ。だからこれからは町にある若者向けの集合住宅で寝泊まりして、働くことになった。


 これでいいのだ。

 これで……きっとクレトは、前を向いていけるだろうから。












 クレトが家を出て行ってからも、ミアの日々に変化はない。

 彼を拾った六年前までは、一人で暮らしていたのだ。最初はクレトがいないことで少し勝手の違いを感じたが、すぐに慣れた。


 薬草を育てて薬を作り、町に売りに行く。ミアの作る薬は好評で、いい値で売れていた。


 町を歩いていると、クレトの姿を見かけることがあった。ミアが小さく手を振ると、クレトも手を振り返して去って行く。


 これでいい。これくらいの距離感でいい。

 ……そう思っていた。












 ――帝都にて、謎の疫病が発生。

 その知らせが入ったのは、クレトが出て行って半年ほど経ったある日のことだった。


「新型の疫病? でもこの症状は……」

 得た情報をもとに手製の記録や文献などを調べていたミアは、気づいた。

 新型の疫病と言われているが、これは今から五十年ほど前にも発生した熱病と症状や発症具合が酷似している。それよりももう少し複雑化しているが、ミアが育てた薬草で十分対処できそうだ。


 ……現皇帝は薬草師を嫌ったため、帝都にある薬草屋を潰していった。代わりに薬草を使わない医療技術は発展したようだが……ここはまさしく、皇帝が一度切り捨てた薬草師が立ち上がるべき場面だ。


 帝都にあまり思い入れはないしむしろ両親の店を潰した憎き皇帝のお膝元だが、無関係の人たちも苦しんでいる。自分にできることは、したかった。


 そう思って薬の準備をして町の人にも事情を説明したミアだが、そこにクレトが駆けつけてきた。


「ミア、帝都に行くのか」

「……ええ。きっとこの薬で治せるから」


 ミアがそう言ってクレトに薬草箱の中身や文献を見せると、彼は「……五十年前のジギス熱病用の解毒薬か」と聡く気づいたようだ。


「それなら、俺も行く」

「いいえ、あなたはここにいて。……帝都、嫌いでしょう?」

「嫌いだが、ミアを一人で行かせたくない。俺なら薬の知識もあるし、あんたより力がある。絶対に、役に立ってみせるから……!」


 昔からわりと物事に対して淡白だったクレトにしては珍しく、ぐいぐい迫ってきた。

 ミアは悩んだが、彼には体力も力もあってかつミアほどではないが薬の知識が豊富であることは、よく分かっている。ミアが一人で走り回るより、クレトを助手にした方がずっと効率がいい。


「……分かった。力を貸して、クレト」

「……ああ!」


 そう言ったクレトの笑顔は本当に嬉しそうで……ほんの少しだけ、胸の奥がきしむような音を立てた。












 ミアとクレトは帝都に行き、早速治療を始めた。

 医師たちもお手上げだったようなのでまずは彼らに会い、五十年前に発生した後沈静化したジギス熱病の症例と酷似していること、手持ちの薬なら効果があるし新しいものもどんどん作れることを説明した。


 医師たちは半信半疑だったが、実際に運ばれてきた患者の症状がミアの薬で一気に治まったため、信じてくれた。そしてミアが病院で薬を作り、クレトが帝都内を走り回って薬を配るようになった。


 帝都の人々は謎の病におびえ絶望していたようで、中には「そんなもの飲むか!」と薬を突っぱねる者もいた。

 だがミアがせっせと薬を作っているその頃、クレトは一生懸命皆に説明して時には頭を下げて、ミアの薬を飲ませていった。


 そうして、二人が一ヶ月ほど奔走した結果、次々に人々は完治していった。最後にはあの皇帝さえミアの薬を求め、クレトが持って行ったそれにより瀕死の重症だった皇妃も回復した。


「ミア殿! 素晴らしい結果です!」


 へろへろになりながら薬を作っていたミアだが、医者たちに褒められて微笑んだ。

 最初はミアたちを拒絶していた医師たちも、一緒に薬を作り配る日々を送っていたことで、仲間として協力し合えるようになっていた。


「ありがとうございます。これも、皆様のお力のおかげです」

「何をおっしゃるか! ミア殿とクレト殿がいらっしゃらなかったら帝都は病に冒されていたことでしょう」

「どうやらクレト殿が一足先に、皇帝陛下のもとに謁見に向かったようです。ミア殿はお疲れなので、日を置いて参上するように、とのことです」

「……別に、そんなこと望まないけれど」


 ミアは戸惑うが、医師たちは「とんでもない!」と大げさなほど反応した。


「あなた方は、国を救った英雄です! きっと陛下は、褒美を与えるとおっしゃるでしょう!」

「そんな……それなら、クレトが全部もらえばいいのに」

「クレト殿のことですから同じように、『ミアに全部あげる』と言いそうですね」

「ふふ、そうですね」


 くすっと笑った後、ミアは薬湯をかき混ぜる作業に戻った。

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