エピローグ
母親を殺して帝位を奪った「残虐皇帝」こと皇帝フェリクスは二十四歳の誕生式典の日に、一人の女性をダンスに誘った。
彼女は、レンテリア男爵家の娘であるタリサ。城内ではいろいろな意味で有名な、皇帝陛下の「お友だち」だった。
ほんのわずかな者相手にしか表情を崩さないと言われている皇帝は満面の笑みで彼女をダンスに誘い、一曲目、そして二曲目のダンスも続けた。
帝国で二曲目のダンスに誘うのは、本気の証し。そして皆がざわつく中ダンスを終えた皇帝はその場に跪き、男爵令嬢に求婚した。
そのときの皇帝と男爵令嬢は、何事か小声で言葉を交わしていたようだ。だがやがて令嬢が笑顔でうなずいたため皇帝は皆の見る前で婚約者となった女性を抱きしめ、三曲目のダンス――生涯の伴侶の証し――に誘った。
皇帝の心を溶かした婚約者は、その立場や身分ゆえに恨まれることもあった。
だが皇帝はそんな未来の妻を全力で守ったし、男爵令嬢もまた筋違いな嫉妬をしてくる者たちに毅然として言い返していた。
そして、彼らが婚約して約一年後。
皇帝の母方の従弟であるエミディオの、十八歳の誕生日パーティーの日。皇帝フェリクスは従弟に帝位を譲り、その足で婚約者と共に小さな教会に向かった。
参列者がいない教会で密かに夫婦の誓いを交わした二人は、帝都郊外にある小さな城に移り住んだ。ここが、夫妻の新居となった。
名君と謳われた元皇帝とその妻は、多くの使用人たちに傅かれながら城で暮らしていたが……たまに、わずかな部下のみ連れて二人が城を離れることがあった。
彼らが向かったのは、森の奥にある小さな一軒家。そこでしばらくの時を過ごす彼らは、城にいるときのすました顔と違い弾けるような笑顔で、料理を作ったり泥だらけになって薬草の手入れをしたりしていたという。
彼らの結婚から、約四十年後。
夫婦はほぼ同時に寿命を迎えた。
妻はともかく夫の方は元皇帝なので、帝都の隅にある皇族の墓所に夫妻のための立派な墓が建てられ、毎年多くの者たちが墓参りに訪れた。だが、その墓の中は空っぽだ。
子どもたちは両親の遺言に従い、二人の遺骸を森の奥にあるぼろぼろの一軒家の側に埋葬していた。なおその隣にはすっかり苔むした墓石が二つあったが、それが誰のものなのかを知る者はもう、この世にはいなかった。
やがてこの湖畔の家と墓は、野生化した薬草に埋もれていった。
そしてずっと時が流れ、ほぼ草原地帯となったこの場所を偶然訪れた旅人が、こんな話をしていた。
「湖のほとりで、楽しそうにおしゃべりをする二組の男女の幻が見えた気がしました」と。
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