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過去から現在へ⑤

「なぜだ!? 今世の俺たちは二十三歳と二十歳で、年齢も釣り合っているだろう?」

「しかしその一方で、身分は釣り合わなくなりました。男爵家の娘ごときでは皇妃になれません」


 相手がクレトで、そのクレトとの三十年来のわだかまりも解けたからか、タリサはなめらかに受け答えができるようになっていた。


 だがタリサの言葉を聞き、なぜかフェリクスは自慢げに胸を叩いた。


「心配しなくていい。俺は二年後には帝位を退くから、タリサ嬢に妃としての重圧を任せたりはしない」

「……はあ」

「俺はタリサ嬢に、皇妃ではなくて……妻になってもらいたいんだ」

「妻」

「お嫁さん、とも言う」

「お嫁さん」


 きれいなオレンジ色のケーキにフォークをぷっすりと刺しながら反芻すると、フェリクスは大きくうなずいた。


「タリサ嬢。俺が帝位を退いたら、結婚してください。俺は退位後、郊外にある城で暮らすことになっている。そこで二人で暮らそう」

「……」

「城は嫌か? それなら……ああ、そうだ! 俺たちが三十年前に暮らしていた、森の中の家。あそこを改築して、一緒に暮らさないか?」


 黙ってケーキを食べていたタリサだが、その言葉には少しぐらっときてしまった。


(あの家で、またクレトと一緒に暮らす……)


 あの頃は十六歳と二十八歳だったので、親離れもかねて彼を追い出したが――正式な夫婦となったなら、同居するのも何も問題はない。だからフェリクスもその案を推してくるのだろう。


「……まだあの家は、残っているのですか?」

「俺はさすがに帝都を離れられないので確認しに行けていないが、代わりにアントニオが行ってくれた。あいつ曰く、ぼろぼろになっているし雑草まみれだが家自体は残っていたと言っていた。それから……ミアの墓に寄りかかるようにして俺は死んだはずだが、きちんと二人分の墓もあったそうだ。たぶん町の誰かが見つけて、埋葬してくれたんだろう。だからあそこで一緒に、薬草を育てながら暮らそう」


 つまり、その家の傍らには前世の自分たちの墓もあるのだ。

 それは新居の立地条件としてどうなのかと思わなくもないが……あの懐かしい家に帰れるというのは、かなり心惹かれた。

 見た目や立場は変わったけれど、それでもクレトと一緒にあの家で薬草を育てながら暮らせるというのは……とても魅力的だった。


「……陛下はまだ、薬草に関心がおありなのですね」

「ああ。だからここも、自分で手入れしている。さすがにミアのような薬は作れないが、それでも懐かしくて」


 フェリクスは過去を愛おしむようなまなざしになり、それからじっとタリサを見た。


「そ、それで……タリサ嬢。俺と結婚、してくれませんか?」

「いや、ですから」

「……してくれないのですか?」


 そんな悲しそうな顔で言われると、自分がとんでもない悪人になったような気持ちになる。


(陛下の気持ちは、分からなくもないけれど……)


 むっと黙るタリサを見て、フェリクスは何かに気づいたようにはっとした。


「あ、もしかして……やはりあなたから見た俺は年下のクレトで、転生したとはいえ養い子の記憶を持つ俺を異性として見ることはできないとか……? き、気持ち悪いとか……?」

「いえ、そういうわけではありません。今私の目の前にいるのは、皇帝陛下ですからね」

「ではっ!」

「近いですよ。あと……それを言うなら、あなたも同じです」


 食い気味になってきたフェリクスを座らせ、タリサは静かに言う。


「あなたは、私と結婚したいのですね」

「したい!」

「では……あなたが結婚したいと思う『私』は、ミアなのですか? それともタリサなのですか?」


 タリサとしては、かなり勇気を出した質問だった。

 そして、彼の返答次第ではこの後に何と言われようと結婚は承諾しないし、二度と彼の前にも姿を現さないと決めた。


 タリサのそんな決意を知るはずもないフェリクスは、不思議そうに首をかしげた。


「それは……タリサ嬢に決まっているだろう」

「……。……ミアでは、ないのですか?」

「ミアは死んだ。ここにいるのは、ミアの記憶を持っているタリサ嬢だ。……まあ、前世がミアだから惹かれた、というのが一番の理由であるのは否定しない。だが、俺は死者と結婚したいわけではない。……あなたと結婚したいんだ、タリサ嬢」


 真剣なまなざしで言われて……タリサは、自分の読みが外れたことを知った。


 もしここで彼が求めるのが「ミア」だったら、黙って席を立って帰るつもりだった。

 だが、フェリクスは「ミアの記憶のあるタリサ」を求めた。それなら……帰るわけにはいかなかった。


 タリサは息を吐き出し、フォークを置いた。


「……お気持ちは、分かりました」

「そ、そうか!」

「ですが……あなたもおっしゃったとおり、今の私は男爵家のタリサ。あなた――皇帝陛下と知り合ってから、数日程度です」

「そ、そうだな」

「私は実家のためになるのなら、どんな結婚でも受け入れるつもりでした。ですから、皇帝陛下に望まれたのですから、本来なら私の意見なんてそっちのけでお受けするべきでしょう」

「それはだめだ。俺は……もう、あなたに自分の気持ちを押しつけないと決めた」


 それまではふんふん鼻息荒く迫ってきていたフェリクスだが、一気にしゅんとなって座り直した。


「だから、あなたが本当に嫌だと言うのなら……辛いが、身を引く。皇帝の命令だからとか、そんな理由で受けてほしくはないから」

「……あなたは昔から、優しい子でしたね」


 タリサが微笑んで言うと、顔を上げたフェリクスは目を丸くして、そしてほんのりと頬を赤らめた。


「あ、あなたにそう言ってもらえるなんて……嬉しい。だが、俺は優しいのではなくて、臆病なだけだ」

「いいえ、あなたが優しい人だからこの国は復活して、皆があなたを慕うのです。……だから」


 タリサは両手を膝の上に置き、迷いに揺れるフェリクスの灰色の目を見つめた。


「私も同じように、『クレトの記憶を持つ陛下』としてあなたを見ていきたいのです。今のあなたが何が好きなのか、何が得意なのか、普段どういうことを考えているのか……そういうことを少しずつ知っていきたいです」


 タリサの言葉に、フェリクスははっとした。


「……タ、タリサ嬢。それでは、その……」

「ええ。あなたがおっしゃるように、私たちが最速で結婚するとしても二年後にはなりますから……それまでの間、少しずつ関係を築かせてください」

「い、いいのか!?」

「私こそ、このようなことを申し出ること自体不敬なのですが……それでもよければ、お友だちから関係を始めさせてください」


 皇帝陛下に対して何を言っているのだろう、と遅れて思ったが、フェリクスの方はさっと口元を手で覆い、「お友だち……」とつぶやいた。


「俺が、タリサ嬢と、お友だち……! ああ、嬉しい! なんて幸せな響きなんだ!」

「では……」

「ああ、お友だちから始めよう! ……俺も、タリサ嬢のことを少しずつ知った上で改めてプロポーズしたい。ミアとどこが同じなのか、どこが違うのか。何が好きで何が嫌いなのか……理解した上でもう一度求婚して、そのときにはあなたから笑顔で諾の返事をもらえるようにする」


 きりっとして宣言するフェリクスの顔に、クレトの顔がよぎった。


『俺と、結婚してくれないか』


 クレトの十六歳の誕生日の夜、彼も同じような顔で言っていた。

 あのときの自分は笑顔でノーと言ったけれど……今は同じ笑顔で、別の言葉を告げた。


「はい、よろしくお願いします」と。

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