8.山荘初日3
昼食を食べ終わるとサークルメンバーは一旦、自室に戻り散策の準備を整えようとしていた。
俺と久我山は202号室に戻り、散策用に荷物をまとめ山荘の玄関へと降りた。
西宮先輩と渡良瀬川先輩がすでに玄関の外で待っていた。
二人はこちらに気づいたらしく、西宮先輩は軽く手を挙げて応対した。
「奈々幸と白雪はまだ来てないみたいですね」
「いやいや、君たち二人の準備が早かったんだよ。集合時間までには早いよ」
西宮先輩は通常営業よろしく口角を上げて答えた。
「こちらも準備というものがあるからこれからはちょっと遅れて到着ぐらいで構わないよ」
不思議な要望を頂戴した俺ら二人はいまいち、理解できないでいた。
そんな俺らを見て渡良瀬川先輩が補足した。
「まぁ……サプライズ的な……ね」
「これ。言ってくれるな。渡良瀬川後輩」
咎めるまでもいかないながらも注意をした様子だった。
どうやらサプライズイベントの打ち合わせでもしていたらしかった。
「楽しみにしています。どんなサプライズなのか」
その様子を見た久我山が作り笑顔全開の柔和な表情でフォローを入れた。
これがコミュ力というものか。俺もこれからこうゆう風に対応した方が人気も上がるのかと考えていたが
『何、その顔?怖いからやめてくれる?』
そう奈々幸に理不尽な顰蹙を買う場面が容易に想像できたのでそこで思考を止めた。
数分後、先に杠葉先輩が下りてきた。
「ごめんなさい。準備に時間がかかっちゃった」
大丈夫です。俺は明日地球が終わろうともあなたを待ちます。
「遅いぞ。三人で話す予定だったはずだ」
「あっちの準備で戸惑ってしまって、奇術部の……!」
そこまで言って杠葉先輩は『やってしまった』と大きく口を開けて両手でそれを塞いだ。
西宮先輩と渡良瀬川先輩は事前に準備をしていたかのように軽くうつむいた。
もはやサプライズ性はほぼほぼなくなってしまったが内容はまだ把握していないので遊園地のお化け屋敷とでも考えて驚く準備をしておこう。
「ここだと電波が入らないから時間通り動かないとすれちがいになってしまうよ」
西宮先輩は存外、気にしているようだった。
確かにここでは携帯電話は繋がり辛い。
クセで携帯電話をちらちらして見てしまうため、ここへ到着してから気が緩むとそのことを忘れて何度もインターネットを使用できない高機能携帯電話を無意味にポケットから出しては仕舞う行為を繰り返してしまった。
久我山は自前のアウトドア用にデザインされた腕時計を身に着けていたが俺は時間がわかるものを携帯電話しか持ち合わせていなかった。
インターネット経由で時刻を同期している携帯電話は圏外である以上、必然的に時間が徐々にずれてくる。まぁ山荘にも電波はあるし、何日間も山中を漂うわけではないので気にする必要はないが……。
「ごめんなさい。以後気を付けます」
杠葉先輩も気にしている様子でそう答えた。
そのタイミングから数分後、今度は奈々幸と白雪が慌てて降りてきた。
「すみませ~ん。遅れました!」
白雪は腰が抜けたような声を出しながらその場にいたサークルメンバーに謝った。
「大丈夫だよ。ほぼほぼ時間通りだ。一回生男子も今後は彼女らを見習うように」
「へぇ?」
軽く息が切れながら気の抜けた返事をした白雪。先ほどの俺らとほとんど一緒の反応だった。
「だから言ったでしょ!白雪ちゃん!」
「すみませ~ん」
今度は奈々幸が白雪を叱った。
「ないがあったんだよ」
俺は間に入るまでもないが何があったのかわからない俺らに説明を求めるよう奈々幸に声をかけた。
「単純なことよ」
「部屋の中のアナログ時計がずれていたのでそれに気が付かなかったのです……」
「先輩もこう言っているし、そんなに怒ることじゃないだろ?」
「……まぁ、これからはもうちょっと早く部屋を出るのと部屋の中の時計の時刻を直しておくわ」
そこでその件は終わり、西宮先輩が全体に声をかけた。
「それでは腹ごなしもしたし、軽くトレッキングコースを歩いて深緑を感じようじゃないか。諸君、大事なものと水分はしっかりもったかな?」
「はーい」
「奈々幸女史、元気で結構。ほかのみんなは大丈夫かな?」
昼食を終えた下級生に西宮先輩は貴重品と水分は持参するようにと言われていた。そのため俺もそれらを持参してた。
サークルメンバーも特に問題はないらしくやっとこさ、山道の散策へと向かうこととなった。
山荘までかなりの時間を費やし、移動してきたためロッククライミングのような岩肌の上でも歩くのかと勘繰ったがそんなこともなくしばらく緑の生い茂った山肌を感じながらなだらかな坂を上って行った。
思いのほか、山林も開けており山での遭難もあまり感じさせないようなコースだった。山に入る前に木製の案内図が立っており、渡良瀬川先輩が指をさし今回のコースを軽く紹介してくれた。どうやらゆっくり歩いて1時間程度の道のりとなるらしい。
山登りに関しては全くの素人だった俺は若干の不安を抱えていた。近年、山での遭難は間々、ニュースで取り上げられるため、お遊びサークルの俺らが簡単に入っていいのかと一抹の不安を生じさせた。
登山隊もといサークル隊は先頭から西宮先輩、奈々幸、杠葉先輩、白雪、俺、久我山、渡良瀬川先輩という並びだった。
ここでも秘密結社に属する二人は自然と俺を囲うような隊列にした。
殿を務める渡良瀬川先輩は誰かがはぐれないように注視するために最後方に位置取る。
奈々幸は相変わらず元気溌剌のようすで西宮先輩とかしましく話し合っていた。
朝早く出かけて、かなりの距離を移動しなだらかではあるものの山道を歩きながら談笑できる体力をどこで手に入れてきたのか気になるところである。
40分程度歩いたところで開けた場所に出た。
ここで休憩してくれと言わんばかりに40センチ程度の高さの木の幹の部分がいくつか備えられていた。
「よし!いったんここで休憩!」
散策隊から一区切りついたためか声が漏れる。
歩いてみて気づいたことだがこの山道は左右を一定間隔で紐と木で区切っておりそれにずうっと沿って歩いてきているようだった。そうれに気づいた俺は
『まぁこれであれば山道で迷うこともないな……』と感じた。
「疲れました~」
白雪が自然と疲労を口にした。
「しばらく休もう。日没までまだ時間はあるし、行って帰ってくるだけの道のりだからもう少しで到着するよ」
西宮先輩が励ますように白雪に声をかけた。
杠葉先輩がそれに続く。
「帰りは下りだし、比較的楽な道のりだよ」
俺自身も疲れ気味であったためその笑顔は殺伐とした心の砂漠に水の女神がオアシスを作るような風景が自然と浮かび上がった。そう、まさに彼女はめがm
「なに腑抜けた顔してるのよ」
奈々幸は何を悟ったのか俺に突っかかってきた。少しぐらい杠葉先輩のオーラを感じさせてくれ。
今までこんな人には出会ったこともなかったのだから、人生のボーナスステージで恩恵をあずかってもいいころ合いだろ。
「腑抜けてないし、俺だって疲れてるんだ。好きにさせてくれ」
「ふーん。杠葉先輩のことまじまじと見ていたくせに……」
「み……見ていたがそれは……」
「ロウさん!大丈夫ですか?」
気が付いたら久我山が俺の正面に立っていた。
「え?なんだ?」
「……西宮先輩、すみません。彼、どうやら結構疲れているみたいなんでもう少し休憩をもらってもよろしいですか?」
記憶の喪失。個人的には意識の喪失に近かった。俺としたことがぬかった。放出者である奈々幸の影響を受けた様子だった。
俺は下を向き久我山に小さな声で尋ねた。
「何秒くらい間があった?」
「おおむね8秒前後かと思われます。……今日は彼女と別行動にさせてもらっていったん山荘に戻りましょう」
久我山は珍しく優男の顔から真剣な表情をこちらに向けていた。
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