6.山荘初日
ここからサークル『リース』のイベントの一つ、長野の山荘での一連の出来事を述べていきたい。
ゴールデンウイーク初日から中ごろまで退廃的な日々を過ごし、これと言って何をしたわけでもないがそろそろアルバイトを探したいと考えていた俺。
ネットを中心に探し回っていたがこれと言って目ぼしい仕事先もなく探してはスマホをいじり、探してはゲームをするといった自堕落な生活をしていた。
金の捻出は切っても切り離せない問題なので極力早く探さねばならないとは思っていたがなかなかうまくいかないものである。
そして山荘へと赴く初日。
朝5時に設定したスマホのアラームがけたたましく鳴り響く。アラームを止める。
寝起きのいい俺はすぐさま起床し、テレビをつける。
食パンと冷蔵庫にしまってあるブルーベリージャムを取り出し、テレビの前の座卓において食パンにジャムを塗りたくる俺。
テレビから天気予報の情報が流れてくる。どうやら沖縄の南の方では結構な雨が降っているらしい。キャスターのお姉さんいわく、雨雲は発達してこちらに向かうそうである。雨雲の動きは遅いらしい。
「……一応、折りたたみ傘だけでも持っていくか……」
むしゃむしゃと食パンを食べながら独り言を言いつつ今日の移動を改めて考えていた。
とりあえず新宿まで電車で行ってそこでみんなと落ち合う。高速バス乗り場からバスに乗って長野まで移動。そこからまたマイクロバスで移動だったと脳内で思い描く。
いざとなればサークル内で連絡先を交換していたので迷ってもある程度融通はきくだろう。
まぁ、そうは言っても遅れたらサークルメンバーに申し訳ないので早めに家を出る予定である。
そんなこんなして俺はリュックサックとスーツケースを携え、家を出た。
ここから新宿までの移動はスムーズなものだった。朝の時間帯ではあったが電車内はそこそこ人が乗り合わせていた。
新宿駅に着いた俺は事前に決められていた集合場所に向かう。
ここでもすでに俺以外のサークルメンバーがすでに集合していた。朝7時前。俺以外と示し合わせているのかと勘ぐってしまった。
「ロウ、ずいぶんゆったりとしたご到着ね」
奈々幸が目を細めて意地悪く笑い俺の方を見て言い放った。先のゴミ拾いのボランティア活動から奈々幸の特異体質の影響、記憶忘却を受けてはいなかったが奈々幸との一挙手一投足に慎重になっていた。
「おう、悪かったな。おはようさん」
さっくりとあいさつを済ます。
「おはよう。ロウ君」
天使が微笑みながら俺に挨拶してくれた。もとい杠葉先輩だ。
「おはようございます、今日の調子はいかがでしょうか?」
笑顔を作り近未来のアンドロイドのような応対をしてきたのは久我山だった。記憶忘却の件で久我山も神経質になっているらしく、最近はいつもこんな調子で若干俺に圧がある。……顔が近い。
「ああ、問題ないよ」
俺は体をのけぞらせ引き気味に答えた。
「それはよかった」
久我山は満足した様子だった。
「ようし!それじゃあみんなそろったな!バスに乗車するまで30分くらい時間があるからそれまでにお花を摘むなりコンビニいくなり好きにしてくれ!私はここで待機しいる!」
めちゃくちゃ元気な西宮先輩がサークルメンバーに自由行動をしていいとの報告がなされた。
手持ち無沙汰になった俺はトイレに行っておくことと軽食を買っておこうと考えていた。
「久我山君、ロウ君いっしょに買い物にでも行くかい?」
「そうですね。ご一緒させていただきます」
「じゃあ俺も」
渡良瀬川先輩が気をまわして俺と久我山をコンビニに連れて行ってくれた。
適当におにぎりやら飲料やらを買って外で待っていると渡良瀬川先輩と久我山も買い物を済ましたらしかった。
「一応、トイレ行くけどいくかい?」
「行きます」
「私は結構です。集合場所に戻っています」
そういって久我山はそそくさと集合場所に戻っていった。
トイレで用を済ました俺は手洗い場で手を洗っていると渡良瀬川先輩も用を済ましたらしく同じく手を洗い始めた。
「合宿……夜、結構いろいろやるからあまり慌てないでくれ……」
「え?」
俺は聞き返そうとしたが渡良瀬川先輩はすぐさま外に出て行ってしまった。何だったんだ?一体……。
俺は追うようにして集合場所に戻った。
先に戻った渡良瀬川先輩に声を掛けようとしたが
「お!ロウ君が戻ってきたしちょっと早いけどバス乗り場に移動しましょう~」
と西宮先輩が誘導し始めた。
歩きながらでも聞こうとしたが今度は久我山がこちらに話しかけてきた。
「少々よろしいですか?」
「え、いや今ちょっと……」
「この先二人で話せる機会が少なくなりそうなので今のうちに済ましておきたいと思いまして」
「奈々幸のことか?」
「ええ、彼女も含めて」
俺たちはゆっくりとサークルメンバーの後方に移動し小声で話し始めた。
「こちらで調べたのですがどうやらこれから向かう山荘は奥深いところにあるそうで携帯電話の電波が届くかどうか程の山中にあるそうです」
「それがどうしたんだ?」
「我々は基本的に行確、つまり対象の行動確認をするときチームで動いています。白雪さんのほかに後方支援のメンバーに待機してもらっているのですがこれほどの山中までになると待機場所に苦慮します」
「つまりなにが言いたいんだ?」
「……仮に奈々幸さんの記憶忘却の影響が増大して他の人にも被害が及ぶことがあれば……」
俺は率直に頭に浮かんだ言葉をつぶやく。
「……電話がつながらない、後方支援のメンバーもすぐに来れない、久我山や白雪に被害が及ぶと誰も対処できない……」
「ご高察の通りです」
「……考えすぎじゃないか?」
俺は疑問を投げかけた。
「山荘だろうから通信環境も整ってるだろうし、必ずしも奈々幸の体質が急に悪化するっていうのもあるわけではないだろう」
久我山はゆっくりと俺を諭すように語りかけた。
「おっしゃる通りです。ですが最悪の状況を考えて行動しなければなりません」
久我山は続けた。
「奈々幸さんについて調べているつもりになっていました。我々の考えが甘く、先のボランティア活動の際にロウさんへの影響が悪化してしまいました」
「結果的になぜそのような事態に、また奈々幸さんがロウさんに何を言ったかもわからず不徳の致すところです……」
久我山は珍しくその甘いマスクに影を落としていた。どうやら先の件で相当落ち込んでいるらしい。
「……それについては俺が軽薄だった。これからは奈々幸に対して極力無難に対応するよ。危なそうであればすぐさま久我山か白雪に報告する。現状はそれでいいだろう?」
久我山は納得したかわからなかったがその話はここで切り上げた。久我山が責任を感じたところで俺が奈々幸に何をしたのかを覚えていないためどうしようもない。
加えて記憶がない俺は軽薄だったかどうかさえ分からないのが実際だ。ここ最近は奈々幸体質の影響がない。
何も起こらないことをただ願うばかりだった。
高速バスに乗り各席に着いた。
俺は久我山、奈々幸は白雪、西宮先輩は杠葉先輩と隣り合わせになるような席順となった。
渡良瀬川先輩は一人で席に着くような格好になった。
ゴールデンウィークということもあり、バスの中はかなりの乗客が乗り合わせていた。
そこから先は関越道と上信越道を使って3時間の移動となる。
バスが動き出すと各々は思うように時間を過ごしていた。
女性陣はかしましく歓談が盛り上がっているようだった。一人で座っていた渡良瀬川先輩は携帯電話をいじって時間をつぶし始めていた。
俺は車に乗るのが嫌いではない。あまり過ごすことのない高速道路での移動にやや気持ちが高ぶっていたというのが本当のところだ。徐々に都会の喧騒から離れ緑が生い茂る山々を縫うようにしてバスは目的地に進んでいた。
しかし、1時間もするとさすがに手持ち無沙汰になって携帯電話いじったり小説を読んだりしていたがそれでも暇を持て余していた。
そんな俺の様子を横目で見ていた久我山が俺に声をかけてきた。
「ロウさん、さすがに暇になってきましたね」
先ほどの落ち込んだ様子はどこかにやってしまったらしく白い歯をこちらに向けた久我山。
「ああ、さすがに緑に囲まれた高速道路を見るのも飽きてきたな」
「もしよければ僕のお話に付き合ってくれませんか?」
「……面白いのかそれ?」
「どうでしょう?面白おかしくとはいきませんが極力、退屈させない程度にお話をさせていただければと……」
またしても男性ファッション誌の表紙を飾りそうな無駄にイケメンな作り笑顔を俺に向けてきた。
「好きにすればいい」
俺は残り時間を考えても特段することもなかったので久我山の提案にのることにした。
「では早速」
「ガストン・ルルーの黄色い部屋の謎という小説をご存じでしょうか?」
出だしからこれまた取っ付き難いものを出してきたと感じ俺は小さくため息をついた。
「いや知らんな」
「ガストン・ルルーの代表作はオペラ座の怪人が有名ですが密室の推理小説の書き手でもあり、こちらの代表作は黄色い部屋の謎という作品が特に有名です」
「……」
俺は黙って聞いていた。
「ざっくりとお話させていただきますがこの作品の一番の謎は部屋の内側からカギかけかつ部屋にある窓は鉄格子がされておりその部屋で就寝中女性が何者かに襲われるといった事件が発生します」
「女性は運よく一命をとりとめますが不可解なことが起きます。彼女の部屋は先ほども述べた通り密室の状態であったにもかかわらず、犯人は彼女の部屋に侵入し犯行を行った後にその部屋から忽然と姿を消します」
「繰り返しますが部屋の窓には鉄格子、出入り口の扉は部屋の内側からカギがされています」
「さて、犯人はどのようにしてこの部屋に入り、そして犯行後この部屋から出て行ったのでしょうか?」
俺は数分考えたのちに
「久我山の説明、それだけだと何とも言えないし小説を読んでみないと何ともな……」
「おっしゃる通りです。是非、この小説を読んで感想をお聞かせください。……存外、読んでみると面白いトリックに出くわすかもしれません。この作品については犯人はどこにいたのかといった視点が大切かもしれません」
また笑顔を俺にみせどこか得意気に話す久我山。
正直、疎ましく感じる部分もあったがこんな一面があるとはやや驚いた。
「では別のお話をしましょう」
「まだあるのか?」
「僕も暇ですから是非お付き合いいただきたいのですが……」
やることもないので引き続き、
「……好きにしてくれ」
「ではお言葉に甘えて、キャサリン・へハードのそして死の金が鳴るといった作品があるのですが……」
久我山の舌に脂がのり始めたのかしばらくそんなやり取りが続いた。俺は話を聞きながら適当に相槌をうっていた。
謎を聞かされるのだが答えを教えない様子にモヤモヤした思いがつのったが時間つぶしにはちょうどよかったのかもしれない。
そんな話をしていると途中で何回かパーキングエリアに入り用を済ますなりしていると退屈な時間が過ぎ去っていった。これもまた旅行のだいご味なのかもしれないと俺は旅情に身をはせていた。
高速バスに乗りはじめ3時間程度が経ったぐらいでどうやら長野駅に到着したらしくバスの運転手からアナウンスが入った。
バスを下車するとすでに外に出ていた運転手が荷物をそそくさと停留所のそばに旅客の荷物をどんどん置き始めた。
俺らは自分の荷物を取り、少し離れた場所に移動し全員が集まったのを確認した西宮先輩がサークルメンバーに声をかける。
「ここからちょっと移動してマイクロバスに乗り換えるよ~!はぐれないようにしてねー」
そう言ってまた移動が始まった。
長時間バスに乗った俺はやや疲れていたが奈々幸をはじめ元気ハツラツな女性陣はそんな様子は見せず移動をし始めた。俺もそれに続きあとを追う。
長野駅からローカル線に乗り、目的の駅に到着。
改札に出るとマイクロバスがすでに到着していた。
「こんにちは!」
西宮先輩が挨拶をした。誰に挨拶をしているのかと目線を泳がせていると白いあご髭を蓄えた年配の男性が片手を上げてこちらに挨拶をしていた。
「やぁ。今年もありがとうね」
いつもサークルで利用していると西宮先輩が言っていたことを思い出した俺はこの老人が山荘のオーナーなのだろうとすぐに理解した。
「こちらの方が今回お世話になる山荘のオーナーの伊吹さん」
西宮先輩が1年生中心に彼を紹介してくれた。
「初めまして。加賀美と申します。この度はお世話になります」
最初に挨拶したのは奈々幸だった。最近では見せなくなった品のある挨拶をしてみせる。続くように久我山、白雪が挨拶して最後に俺が軽く会釈をした。
「今年もよろしくお願いします」
杠葉先輩がどこかの王女よろしく品位を感じさせる丁寧なお辞儀をしていた。どこまで行っても杠葉先輩は隙を見せない。渡良瀬川先輩も挨拶をしていた。
「今年は参加者が多いね。賑やかになりそうだ。移動で疲れてるところ申し訳ないが早速うちまで移動しよう」
そう言って伊吹氏はマイクロバスに乗り込み、サークルメンバーもそれに続いて各々自由に席に着いた。
そこからまた30分程度、移動した。
高速道路とは違い、坂道のアップダウンが激しい道路を進んでいく。10分もすると緑が深く山道ということもあり右に左にとカーブが急な道をひたすら進んでいく。
乗り物酔いを経験したことがなかった俺だが正直遊園地のアトラクションにでも参加しているのかと感じるほどの道のりだった。
疲れの色が顔に出ていたのだろう。近くに座っていた杠葉先輩が気を使って声をかけてくれた。
「ロウ君、大丈夫?疲れちゃった?」
「……いえ!全然平気です……」
カラ元気をどうにか絞り出す俺。
「これ、よかったら」
そう言って差し出してきてくれたのはいくつかの飴玉だった。
俺は気が進まなかったが杠葉先輩から頂いたものであると考え、失礼のないようにすぐさま口にそれを頬張る。……レモン味が口いっぱいに広がり、よりグロッキーになったが何とか耐えた。
「ありがとうございます……おいしいです」
「もう少しだから頑張ってね」
かわいらしい笑顔が俺の心に回復魔法をかけてくれているようだった。
「お疲れ様。到着だよ」
伊吹氏が運転席から後ろに座っていた俺らに声をかけて下車するように促した。
駐車場に止まったマイクロバスから降り、すでに動き始めていた西宮先輩の後に続く。
あたり一面、山と森が広がっていた。どこからか川の流れの音が聞こえる。
駐車場からは一本道でそこから下るようにして進んでいく。俺はすでに体力を使い果たしており、首を垂れながら歩みを進めていた。
「お疲れ様。ここが今回の目的地、山荘の伊吹山荘だよ」
西宮先輩が急にこちらを向いて話した。
俺は首を上げた。
そこには年季の入った木造3階建てのロッジが佇んでいた。
山荘と聞いていたが思いのほか建物全体は大きくかなり立派な建物だと感じた。
山荘のそばにはDIYで作られたであろう机と長椅子、渓流釣り用の釣竿やバーベキュー用のグッズなどが準備されていることが見て取れた。
「ロウ、しっかりしなさいよ。これからが楽しい旅の始まりなのに」
奈々幸は眉を八の字にして言い放った。何一つ疲れを感じさせない声がよく響いた。
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