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恋文通

作者: howari

文通から始まる恋物語

「わー!!キレイ!!」


私たち四人は高校の同級生。今日は毎月一回の女子会 in 海。七海が久しぶりに海に行きたいって言ったので、いつぶりか分からない海に来ているのだ。


私たちは青春時代に戻ったみたいに、渚を裸足で駆け抜けた。海面に白い波紋が広がり、水の玉が空へと舞い上がってキラキラする。

私たちは今年45歳になる。

そんな事も忘れてはしゃぎまくった。



「ん?何これ?」



波打ち際に琥珀色の角瓶を見つけ、手に取る。中には何やらくるりと巻かれた紙が入っている。コルク栓をポンッと外し、指先でその紙を引っ張り出した。

  


「早苗、何それ?!海外からの手紙だったりして」


「何か書いてある」



〝僕は、田所雄一郎と言います。あなたは誰ですか?もしよろしければ文通しませんか?〟


その文章の下には住所が書いてあった。



「文通?」


「早苗、文通してみたら?ちょうど彼氏いないじゃん!」


「彼氏って……何歳よ?!旦那と別れてもう10年経つのか」


「いい出会いになるかもよ?」


「えー?」



怖いよな、と思いながらもその美しい字に目を奪われた。その字から滲み出る優しさ。

とりあえずその手紙を家に持って帰る事にした。



ソファーに寝転びながら、その手紙を眺めてみる。いつ書かれたものだろう。紙は古くはない。新しく書かれたものだろうか。今の時代に文通なんて古臭いかもしれないが、逆に青春ぽくてドキドキもするような。



「お母さん、何してるの?」


「あ、里奈おかえり。別に何にもよ!」



私には23歳の娘がいる。もう一人で働いているし、手も掛からない。離婚して10年経つから再婚しないの?なんて聞かれたりもしてる。いつかはしたいだなんて思っていたが、行動に移す事は無かった。この文通の人とどうにかなりたいだなんて思わないが、なぜか返事を書きたいなと思う。この一枚の小さな手紙が、ステキな世界へと連れて行ってくれる気がした。




次の日、私は引き出しの奥から便箋セットを出してきた。美しい瑠璃色の便箋。それを机へ置き、鉛筆を握り締めた。

何を書こう?とりあえず名前かな。

この人は愛知県か、私は東京都だ。

一つ深呼吸をしてから、鉛筆を走らせた。




〝田所雄一郎様へ


私は、中山早苗と言います。東京都に住んでいます。瓶に入った手紙を海辺で見つけた時は、本当にびっくりしました。でも美しい字に惹かれて文通をしたいなと思い、お返事を書いてしまいました。びっくりしましたよね?もしよろしければ文通をしませんか?お返事お待ちしております。


           中山早苗より〟




その手紙を赤いポストへと投函した。

入れるかどうか迷ったけど、何かに導かれる様にポストの口へと吸い込まれた。


まぁ、たぶん返事は来ないだろう。

そんな事を思いながら、家へと帰った。





三日後、郵便受けに若草色の手紙が届く。


その手紙の宛名は田所雄一郎さんだった。



〝中山早苗様へ


お返事ありがとうございます。とても嬉しいです。まさかこうやって文通が始まるなんて、信じられなくてドキドキしています。東京に住まれているんですね。愛知には名古屋という所があるのですが、東京に比べると小さな街だなと感じます。でも美味しい名物が色々とありますよ。東京はどんな街ですか?

またお返事お待ちしております。


           田所雄一郎より〟




やっぱり、美しい字で優しい感じがする手紙だった。心がほっこりと温まる、そんな手紙。


私はまた便箋を引き出しから出し、机に向かい鉛筆を滑らせた。



——私と田所さんとの文通が始まった。





一週間にだいたい一回、郵便受けに届く若草色の手紙。毎日チェックして、届いた日は封を開けるのが楽しみで仕方がなかった。


文通していて分かった事。

彼は愛知県在住でカメラマンをしている。

旅行が趣味。本を読むのが好き。

甘い物が好きなど。



彼の事を色々知っていくのが楽しかった。

読んでいる時は、彼の作りあげる世界にどっぷり浸かる事が出来て居心地が良かった。

優しくて、柔らかくて、なぜか落ち着く。



でも、今回の手紙で衝撃的な事実を知る事となる。




田所さんの年齢は……


25歳だった。




その数字を見た時、びっくりし過ぎて声が出なかった。落ち着く文章を書くので、同じぐらいか歳上ぐらいかなって思っていた。

遥か遠くの田所さんに、淡い恋心みたいなものを持っているかもしれなかったのに……。



そんな期待の壁は簡単に崩れ去っていった。



友達は、

「歳下と知り合えるなんてないよ?歳下でもいいじゃない。好きになるのに年齢は関係ないよ」

なんて言っていたけれど……



20歳は離れすぎよね?!

そう思いながらも、返事を書いた。

でも動揺は隠せなかった。




相変わらず田所さんの字は美しく、私を魅了し続けた。でも自分の気持ちにブレーキを掛けなきゃいけない。掛ければ掛ける程、惹かれていく。

どうしよう……どうしよう。



文通を辞めようか、そんな事を思っている時に信じられない一文が手紙に書かれていた。




〝早苗さんに会いたい。会えませんでしょうか?〟




心臓がドキリと鳴った。



田所さんに会いたい。でも……


私は嘘を付いていた。

年齢は23歳で、看護師をしている。

これは娘の事だった。


本当の私は44歳でただの事務員で。





「ね?里奈?会ってくれない?」


私は必死に娘にお願いをした。一緒に着いていくからと言って。それだけでは「面倒臭い」と言って断られたので、ディズニーランドでグッズを買うという事で了承をもらう事が出来た。

娘はディズニーランドが大好きだ。


「何、勝手に文通なんてしてるの?一瞬会ったらすぐ帰って、ディズニーランド行くからね!」


「うん!本当にありがとう!」



一目だけでも田所さんに会いたい。

文通なんかで好きになるなんておかしいかもしれない。

でも一目会ったらもう諦めるから。

そう心に誓った。



私は手紙に、〝会ってもいいですよ〟そう書いて返事をした。





私と娘は代官山のあるカフェへと来ていた。

私は離れた場所から、娘を監視するようにひっそりと座っている。



〝東京で個展をやる事になりまして、その時に会えますでしょうか?東京には詳しくありませんので、お店などはお任せします。ご無理を言ってすみません。でも会えるの楽しみにしております。     

          田所雄一郎より〟



〝こちらで個展を?凄いですね。お店は代官山の○○カフェはいかがでしょうか?とてもオシャレでおすすめのカフェです。こちらこそ仕事という事ですが、来て頂いてすみません。ありがとうございます。私も会えるの楽しみにしております。

          中山早苗より〟




娘はベージュのニットにサックスブルーのプリーツスカート。それは「中山早苗」だと分かる様に手紙に書いた格好だ。

彼は「田所雄一郎」と分かる様に紺色のパーカーにベージュのチノパン姿で来るはずだ。



私はスマホを気にする。約束の時間まで後5分。ちゃんと田所さんは来てくれるだろうか。彼に限ってそんな事はないはずと思いながら、半年間文通を交換していただけで本当の彼は知らない。それなのになぜ、恋心を抱いてしまったのか?向こうの気持ちなんて分かりやしないのに。そんな事を思っていると、カフェの扉が開いた。



顔を上げると、その男の人がキョロキョロしながら娘の方へと歩みを寄せる。

紺色のパーカーにベージュのチノパン。

すらっとした長身、短髪で爽やかな好青年。

この人が「田所雄一郎さん」だ。



「来た!来たよ!田所さん」

娘からLINEが来る。娘もその彼の姿にびっくりしている様子で、おどおどしている。


田所さんの方も、恥ずかしそうに会釈をしながら席に座った様だ。初めて会った二人は初々しくて、こちらまで赤面をしてしまう。


娘に色々と吹き込んだけれど、上手く話せている様で良かった。娘は看護師だから人と接する事には慣れている。彼もカメラマンで人を撮影すると言っていたので、すぐに慣れて話をしている様だ。


ずっと会いたかった田所さん。確かに若い。顔も整っているし、カッコいい。でも、あの素敵な文章を書く様な人には見えない。頭に違和感だけが広がっていく。そんな事を思っていると、斜め右の席に座っている男の人に気付く。同じ歳ぐらいだろうか。スマホをやたら気にしている。私は、そのスマホからぶら下がっているストラップを見て全てを悟った。



席を立ち、その男の人の席へと歩んで行った。私は、自分のストラップを見せながら口を開いた。




「もしかして……田所雄一郎さんですか?」



「……え?」



「私、中山早苗です」



「あ、その金シャチのストラップ!僕があげたストラップ。という事は……」



「はい」



「あはは、僕が田所雄一郎です」



その柔らかい優しい笑顔はあの手紙を思い出させた。指は太く手のひらは血管が浮き出ている。肩幅は広くがっちりした体型。

この人こそがずっと会いたかった、田所さんだった。




私の娘、田所さんの息子と4人でお茶をしながら話した。お互いが年齢に嘘を付いていて、会うってなった時に田所さんも息子さんにお願いをしたみたいだ。



「早苗さん、本当に申し訳ない。45歳のおじさんだと嫌われるかなって思い、嘘をついてしまいました」


「私もそうです。田所さんが25歳って書いた時、嫌われると思って嘘ついちゃいました。すみません!」


「あはは、お互い嘘ついてたんですね。でも私は本当にカメラマンやってて、今東京で個展やってるんですよ」


「そうなんですか?私は看護師だなんて嘘で、ただの事務員なんです。すみません!」





「早苗さん、もし良かったらこの後、個展見に来てくれませんか?」




今日初めて会ったのに、昔から知っている様な感覚がする。懐かしい感じがする人。

青い春みたいな暖かい風が心を吹き抜ける。

鼓動が早くなる。

私はやっぱり、この人に……。




この後、私と田所さんは個展に。娘と田所さんの息子は友達になったみたいで、娘が東京案内をする事になった。





個展の帰りに、田所さんが少し頬を染めながら私に呟いた。




「あの、初めて会ってこんな事言うのおかしいですが……ずっと早苗さんが気になっていたんです。もし良かったら、友達からでもいいので僕とお付き合いしてくれませんか?」




まさか、そんな事言ってくれるなんて思いもしなかった。でも、同じ気持ちでいてくれた事がすごく嬉しい。




「はい」





私たちは東京と愛知に戻り、また文通を始める。 


今度はスマホから送られる恋文通で。




end






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