【九十八人目】 予定が無ければ俺といる、そんな彼女は美少女アイドルでした。
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予定が無いことは暇ということ。
俺はその暇な時間をテレビを見たり、ゴロゴロしたり、部屋でまったりと過ごす。
しかし、あいつは違う。
あいつは、必ず俺の部屋に来る。
仕事が忙しく、俺の部屋に来るのはいつになるのか分からないけど、連絡もなく、いきなりやってくる。
いきなりやってくると思ったら、いきなり帰っていく。
まるで餌を貰ったら、すぐにどこかへ遊びに行ってしまう気ままな猫のようだ。
「今日も疲れちゃった」
彼女がいきなり俺の部屋へと入ってきた。
「また勝手に入って来たな」
「いいじゃん、だってこの部屋は私の落ち着く場所なんだから」
「それは自分の部屋にしてくれよ。俺の部屋で落ち着かれても困るんだよ」
「そんなこと言わなくてもいいじゃん。一緒にお風呂に入った仲なんだから」
彼女は当たり前という顔で当たり前のように言う。
「誤解が生まれるような言い方はやめてくれよ。それは小さい時の話だろう?」
「小さい時なんて関係ないわ。事実なんだから。私とあなたは二人でいることが当たり前なの」
「そうだな。それで? 今日は何があったんだよ?」
俺はそう言って彼女を見る。
彼女は疲れた顔をしている。
彼女が何故そんなに疲れているのか。
それは彼女がアイドルだからだ。
彼女は人気急上昇中の高校生アイドルだ。
そして、俺の幼馴染みだ。
昔から彼女は可愛かった。
だからアイドルになっても俺は驚かないし、彼女を特別扱いなんてしたことはない。
「今日もニコニコしてなきゃいけなくて疲れちゃった」
「でも、その君の笑顔で、誰かを笑顔にできるならいいじゃん。君は人を幸せにしたくてアイドルになったんだろう?」
「そうなんだけど、学校でもクラスの女の子が私の悪口を言うの。私ってみんなを幸せにできていないのかなぁ?」
「何を言ってんの? みんなをじゃなくて、誰か一人だけでもいいじゃん。誰か一人が悲しむことを忘れて笑顔になってくれたらそれでいいじゃん」
「うん! そうだね。みんなを幸せにすることはできないもんね。私は私のできることを精一杯やるよ」
彼女は気合いを入れるように言った。
彼女の笑顔を見ていると、アイドルという仕事が好きなことがよく分かる。
彼女にとってアイドルは天職だと思う。
◇
ある日、俺は彼女のクラスの教室の前を歩いていると、女子が彼女の話をしていた。
「ねえ、あいつ最近、調子に乗ってるよね?」
「そうだね。可愛いからって何でも許されるとでも思ってるの? 仕事が忙しいから日直や係、委員会をしないなんてずるいよね」
「そうね。こっちがその変わり、仕事が増えたわよね」
「そうよね。日直も回ってくるのが早いし」
彼女が一人やらないだけで、どんな迷惑がかかるんだよ。
それに彼女は先生がしなくていいって言ったから、仕事を入れて働いているんだよ。
彼女のせいじゃないんだよ。
そう言いたいけど面倒だ。
人の悪口を言って楽しんでいるやつらには、何も言う必要はないな。
俺はそう思い、彼女のクラスから離れようと歩き出した。
すると俺と同時に足音が後ろから聞こえた。
その足音は走っているようだ。
俺は後ろを振り向くとその相手はちょうど廊下の角を曲がる所だった。
その相手の横顔は見えた。
その相手は彼女だった。
彼女は女子が言っていた悪口を聞いたようだった。
逃げる必要があるのか?
彼女は何も悪くないのに逃げるのか?
俺は彼女を追いかけた。
逃げる必要はないと言いたい。
でも傷つくんだと思うんだ。
やっぱり自分の悪口を聞いて、傷つかない人はいないと思う。
「何で逃げるんだよ?」
俺は彼女に追い付き、腕を引っ張った。
「ねぇ、知ってる? 私がアイドルになってから私への悪口が多くなったのを」
「えっ」
「知らないよね。あなたって鈍感だから」
「鈍感って関係あるのかよ?」
「あるよ。あなたは私の変化に何も気付かないじゃない」
「俺が? 君の変化って何?」
「髪型にメイクに服装だって好みが変わったわ」
「そんなの気付くわけないじゃん。俺は男なんだよ。そんな細かい変化に気付けないんだよ」
「ヒドイ」
彼女は傷付いた顔で言い、俺の手を振りほどき、俺から離れていく。
そして彼女の姿は見えなくなった。
気付かないわけがないんだ。
あんなに毎日、一緒にいて。
本当は気付いているんだ。
彼女が前髪を数センチ切っただけでも気付いている。
彼女の口紅の赤色が少し濃くなったのも気付いている。
彼女の服装がパンツ姿から、スカート姿が多くなったのも気付いている。
でもそれを言えない。
俺を彼女のファンと一緒にしてほしくないから。
俺は彼女にとって一番近い存在でいたいから。
◇◇
彼女が傷付いた顔をした日から、彼女は俺の部屋へ来なくなった。
そんな彼女はテレビの中で毎日のように笑っていた。
元気そうで良かった。
元気?
本当にそうか?
よく見てみろよ。
何処が元気なんだ?
いつもの幸せそうに笑っている顔はどこにいったんだ?
幸せそうに俺の部屋のクッションを抱き締める、彼女の笑顔はどこへ?
あれ?
彼女の幸せそうな笑顔って、テレビで見たことあるのか?
「ねぇ最近は全く彼女、来てないわよね?」
俺の母さんが彼女をテレビ越しに見ながら言った。
「忙しいんじゃないのかな?」
「そうみたいね。疲れているように見えるもの」
「そうか?」
「そうわよ。この家に来る時は笑顔で嬉しそうだもの。帰る時なんてもっと嬉しそうに帰っていくのよ。疲れなんて吹っ飛んだみたいにね」
俺は母さんの言葉を聞いて隣の彼女の家へ向かった。
彼女にちゃんと謝りたい。
俺の部屋は彼女の落ち着く場所なのに。
それを俺は彼女を傷付けて、その場所を失くしてしまったんだからな。
「ありがとうございます。お疲れ様でした」
俺が彼女の家の呼び鈴を押そうとした時、後ろからそんな声が聞こえた。
俺は振り向いてその相手を確認する。
「こんな遅くまで仕事?」
「えっ何であなたがいるの?」
彼女がマネージャーさんだろうか男の人に家まで車で送ってもらったみたいだ。
「その男の子はもしかして彼氏とか?」
マネージャーさんは俺を見てそう言った。
「違いますよ。ただの幼馴染みです。彼とは一緒にお風呂に入った仲なんです」
彼女はニコニコしながら言った。
「そうなんだね。家族のような関係なのかな? まあ、君はアイドルなんだから恋人なんて作ったらダメだよ?」
「はい。分かってます」
「それじゃあ。また明日ね」
「はい。お疲れ様でした」
そして車は走っていった。
「俺ってただの幼馴染みなんだ?」
「そうでしょう? 私はアイドルなんだからそう言うしかないじゃない」
「じゃあなんで、俺の部屋が落ち着くわけ?」
「何も変わらないからよ」
「変わらない?」
「昔と何も変わらないの」
「何が?」
「あなただけなの。私をアイドルとして見なかったのは」
彼女は俺を見つめて言った。
「こんな所で話をしていたら、誰かに聞かれてしまうよ。だから俺の部屋においで」
「うん」
彼女は小さくうなずいて、歩き出す俺の後ろをついてきた。
俺の部屋へ着くと、彼女はお気に入りのクッションを抱き締める。
彼女は幸せそうに笑っている。
「さっきの話の続きなんだけど、俺は君がアイドルになっても驚かなかったんだ。君は昔から俺を幸せにしてくれていたからね」
「私が?」
「そう。君は今みたいに幸せそうに笑うんだ。昔から俺の部屋では君は笑顔しか見せないんだ」
「そうなの?」
「この部屋には本当の君がいればいいから、アイドルの君はいらないんだ。俺には昔から変わらない笑顔を見せてくれればいいんだ」
「私達はお互いに、変わらないものが必要だったのね」
「そうみたいだな」
俺達は笑い合った。
「俺は君のちょっとした変化も気付いていたんだ」
「それってこの前の話?」
「そうだよ。俺は君のファンと一緒にしてほしくなかったんだ」
「どうしてそんな風に思うのよ? あなたはずっと私の特別な人なのに」
「そんなの知らないからね。俺は君の一番近い存在でいたかったんだ」
「あなたはずっと私の一番近い存在よ」
「それは俺がそうしていたからだよ」
「違うよ。あの日からあなたは私の一番近い存在になったんだから」
「あの日?」
「一緒にお風呂に入った日だよ」
彼女はウインクをしながら言った。
「あれはあまりにも小さい時だから覚えていないだろう?」
「そうだけどあの日の話をお母さんから聞いたら私はあの日からあなたのことが、、、」
「何? どうしたんだよ?」
「ん? なんでもないよ。お母さんから聞いた話を聞く?」
「うん」
「どうして一緒にお風呂に入ったのか知ってる?」
「知らない」
俺は思い出そうと思ったが何も思い出せない。
忘れたというより、小さな頃の話だから覚えているわけがない。
「あの日、私のお母さんとお父さんが二人で行かなければならない場所があって、私をあなたのお母さんに預けたの」
「そうだったんだ」
「そして私はずっと泣いていたの。そんな私をあなたはずっと隣で頭を撫でながら、泣かないでって言ってたんだって」
「へぇ~そんなことがあったんだ」
「そしてお風呂に入る時に私はあなたと離れたくないと、あなたの洋服の裾を掴んで離さなかったみたいなの」
「それで仕方なく一緒にお風呂に入ったんだな」
「そうよ。そのお風呂に入ってから、私はずっと笑っていたんだって」
「アイドルの誕生だな」
「違うよ」
彼女はそう言って俺を見つめる。
なんだろう?
ドキドキする。
彼女の顔が整っているから?
彼女のオーラが凄いから?
彼女に俺の心を見透かされているように感じるから?
「あなたって本当に鈍感ね」
「だからそれは関係ないと思うんだけど?」
「関係あるよ。だって私はあなたが好きだからね」
「えっ」
「気付いてなかったでしょう?」
「気付くわけないだろう? どこにそんな要素があったんだよ?」
「暇があればあなたの部屋に遊びに行ってたのに?」
「それは俺の部屋が落ち着くからだろう?」
「それを信じてたの?」
「当たり前だろう? 嘘をつく理由がないだろう?」
「本当にあなたは鈍感すぎるのよ」
彼女は呆れたように言った。
「俺は嬉しかったんだよ。俺の部屋で落ち着く君の顔を見て、俺の部屋だから、テレビでも見たことのないような笑顔を見せてくれて」
「気付いているじゃない。あなたにだけに見せる顔を」
「俺だけ?」
「あなたにだけに見せる顔よ。私も最初は気付かなかったの。でも私のお母さんが、あなたの家から帰ってくると私はいつもスッキリした顔をしているって言ってたの」
「それ、俺の母さんも言ってたよ」
「だから私はあなたが好きなの」
彼女は俺を見つめて言った。
「いつから?」
「えっ」
「いつから俺のことを好きになったわけ?」
「いつの間にか好きになってたの」
「俺もそうかもしれないな」
「違うよ」
「何が?」
「違うわ。私はあなたに会った日から信頼できる人だって分かっていたのかも。だからあなたから離れなかったのかもしれないわ」
「それなら俺も。君に会った日から一番近い存在でいたいと思っていたのかもしれないな」
「あなたは鈍感なんだからそんなこと思ってないわよ」
「その決めつけはなんだよ。それなら俺の君への気持ちがなんなのか教えてくれよ」
「うん」
彼女は何でも聞いてと言って笑った。
「それじゃあ、俺は君のことが好きだと思う?」
「そんなの簡単よ。あなたは私のことが大好きなのよ。だって一緒にお風呂に入った仲なんだからね」
「だから誤解が生まれるような言い方はやめてくれよな」
「誤解? 本当でしょう?」
彼女は俺に首をかしげながら言った。
「そうだな。それなら今から一緒に入るか?」
「ダメよ」
「分かってるよ」
「今はダメよ。だって私は恋愛禁止のアイドルだもん」
「えっ」
「私がアイドルじゃなくなったら一緒に入ろうね」
彼女は俺の耳元で言った。
「恋愛禁止なら俺達の関係って?」
「ただの幼馴染みだよ」
「えっ」
「でも、この部屋では一番近い存在よ」
「一番近い存在って何するわけ?」
「今までと変わらなくていいの。今のままでゆっくりと、私達のペースでお互いを大切に思えばいいの」
「そうだな。それなら今日は何があったんだよ?」
「それが私の大切な人が私に好きだって言ってくれないの」
「その大切な人は恥ずかしいからじゃないのかな?」
「じゃぁ、私が言えば言ってくれるのかなぁ?」
「どうかな?」
「もう! 言ってくれないの?」
彼女は頬を膨らまし拗ねている。
「試しに言ってみてくれないかな?」
「うん。私はあなたのことが大好きよ」
「俺も君のことが大好きだよ」
俺はそう言って彼女の手に俺の手を重ねた。
彼女は嬉しそうに笑っている。
彼女はアイドル。
恋愛禁止の女の子。
しかし彼女には秘密があった。
そう。
彼女には大切な人がいる。
そして、彼女とその大切な人には秘密がある。
それは、、、
『一緒にお風呂に入った仲』
◇◇◇
「すっごく疲れちゃった」
「そうだろうね。テレビは君のニュースばかりだからね」
「でも私は高校生アイドルだから、高校を卒業したらアイドルも卒業なのは最初から決まっていたことなのに、どうしてこんなに大騒ぎなの?」
「それほど君に卒業してほしくないファンがたくさんいるんだよ」
「それはとっても嬉しいんだけど、でもね、、、」
彼女は嬉しそうにした後、うつむいた。
「どうしたの?」
「これからのことだよ」
「これから?」
「これからの私達のことだよ」
「そんなの変わらないよ」
「変わらないの?」
「変わらないまま、ただの幼馴染みだよ」
「あなたって本当に鈍感ね」
「本当は分かってるよ。でも、ゆっくりでいいじゃん」
「えっ」
「ゆっくり前に進もうよ。だって、もう秘密はないんだから」
「うん!」
彼女は俺に抱き付いて頷いた。
俺はそんな彼女の頭をポンポンと撫でた。
そんな俺達は今日から恋人だ。
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〜次話予告〜
いつも勝負を挑んでくる女の子にいつも勝っている主人公の物語。
彼女は彼の勝てる勝負しかしない。
その理由は?




