【八十三人目】 温もりを頼りに探しているその相手は人気者のアイドルだ
俺と彼女が出会ったのは、遊園地の鏡張りの迷路の中だ。
俺は方向音痴で初めて行く場所は必ず迷う。
そんな俺が迷路に入れば迷うのは当たり前だった。
友達は、そんな俺を置いて先に行ってしまった。
薄暗い中、どんなに先に進もうとしても鏡にぶつかる。
一度通った道を覚えていればいいのだが、どの道も同じに見えて覚えられない。
俺はもう諦めていた。
誰か次に来た人の後ろをついていこうと思って待っていた。
やっと入って来た次の人が、俺を見て驚いている。
「大丈夫ですか?」
「いいえ」
「そうですよね? だってあなたは、ここに入って三十分は経っていますよ」
「そんなに経っていたのか」
どうして友達は、迎えに来てくれないんだ?
どうして彼女は、俺が入ったのを知っているんだ?
まあ、いいか。
可愛い女の子に助けてもらえるんだからな。
「出口は知っていますので教えますよ」
「あっ、ありがとうございます」
俺はそう言って彼女に礼をした。
「さっきから気になっていたんですけどら私はあなたの後ろにいるんですよ?」
俺はそう言われ振り向く。
彼女が後ろにいたことに、今気付く。
俺がさっきまで見ていたのは、鏡に写る彼女だった。
「早く出ますよ。ついてきて下さい」
彼女はそう言って歩き出す。
俺は彼女についていく。
「いたっ」
俺は、彼女の後ろをついていってるはずなのに鏡にぶつかった。
「何をしているんですか。もう! 仕方がないですね」
彼女はそう言って俺の手を握った。
これであなたは、私の後ろをついて来れますと言っていた。
彼女と手を繋ぐなんてドキドキした。
優しさ溢れる温もりで、俺を包んでくれたみたいな感覚になった。
これで大丈夫だと伝えるような手が嬉しかった。
「外に出られましたよ」
「ありがとうございます」
俺は、外の明るさに目を開けると眩しくて、少し細目になりながら彼女を見た。
彼女の後ろに太陽があって、彼女を見れない。
彼女は、それじゃあと言って、俺から離れていく。
彼女の顔をちゃんと見れなかった。
俺の手には、彼女の温もりだけが残っていた。
その後、友達と合流して遊園地を満喫して帰った。
彼女の温もりは忘れられない。
彼女にまた会いたい。
◇
「ねぇ聞いた? 最近人気のアイドルが、握手会をするみたいよ」
「えっ、本当? あの可愛い笑顔の子でしょう? 男女関係なく人気なのよね。あの温かい笑顔がいいのかなぁ?」
俺が街を歩いていると、そんな声が聞こえた。
最近人気のアイドルか。
テレビも見ない俺には初めて聞く話だ。
少し歩くと、長い行列があることに気付いた。
もしかしてこれが握手会なのかな?
すると僕の後ろから、通して下さいと声が聞こえた。
何処かで聞いたことがあるような声だ。
「ねぇ、あれってあの子でしょう?」
行列を作っている人達が、俺の後ろの人を見て言った。
その後ろの人は、足早に俺を抜かそうとしている。
その時、彼女とぶつかって、彼女はバランスを崩す。
倒れる瞬間に俺は、彼女の手を握って倒れるのを阻止した。
「「あっ」」
俺達の驚いた声は重なった。
だって握った手は、あの日の温もりのある手と同じだったから。
その後、彼女はすぐにマネージャーのような人につれていかれた。
俺は彼女の手の温もりを握り締め、握手会の列に並んだ。
もう一度、彼女なのか確かめたくて。
「次の方どうぞ」
列に並んで一時間ほど経って、やっと誘導している人が俺を呼び、俺の番がきた。
俺は彼女の前に立つ。
彼女は営業スマイルを見せていた。
俺と握手をする前に、彼女はハンカチで額の汗を拭っていた。
その後、手もハンカチで拭いていた。
「今日は握手会に来ていただき、ありがとうございます」
全ての人に言う、決まった言葉を彼女は言う。
両手で俺に握手をする。
やっぱり遊園地で会ったのは彼女だ。
俺は確信した。
すると彼女が握手をしている俺の掌に、小さな紙を渡してきた。
俺は彼女に頷き、誰にも気付かれないように手を握り締めた。
そのままその場を後にし、少し離れた路地裏で、その紙を確認する。
『あすさんじかがみ』
急いで書いたのか全てひらがなで、俺じゃなかったら意味が分からない文章だ。
俺は、その紙を大事に握り締め、明日を楽しみにしながら家へと帰った。
そして俺の掌は、彼女の温もりを忘れない。
◇
次の日の三時に、俺は鏡の迷路の中に入る。
やっぱり迷って出られない。
二度目なら大丈夫だと思ったが、俺は迷路からは一生出られないのかもしれない。
「いたっ」
また鏡に顔をぶつけた。
もう何度目だろう。
彼女は時間が過ぎても来ない。
今は何時なんだろうか?
彼女がこのまま来ないことを想像したくはなくて、まだ約束の時間にはなっていないんだと、自分に言い聞かせる為に時間は確認しない。
「一時間もあなたはここにいたの?」
彼女の声が後ろからした。
俺が振り向くと、昨日のアイドルの彼女が、帽子を深くかぶり俺の前にいた。
「君が待たせるからだよ」
「違うでしょう? また出られなくなったんでしょう?」
彼女は笑いながら言った。
「それなら、またここから出してよ」
「いいよ」
彼女はそう言って俺の手を握った。
温もりが俺の掌から心へと流れ込んでくる。
とても心地よい。
彼女は鏡にぶつかることもなく、慣れたように歩く。
そして外に出ると、俺は太陽が眩しくて目を細める。
でも前と違うのは彼女の手を離さないこと。
「いつまで手を繋ぐの?」
「いつまでも。また君に逃げられたら困るからね」
「あの日は、私の事がバレそうになったから仕方がなかったのよ」
「会いたかったよ」
「私も」
「君も?」
「うん。あなたの手が忘れられなかったの。とても温かい手は、私の心を楽にしてくれたからね」
「俺も君と同じだよ。君の手から俺の心へ温もりを与えてくれたんだ」
「不思議ね。手だけで好きになるなんて」
「俺、君のこと好きって言ったかな?」
「えっ、だってあなたも同じだって」
彼女は焦っている。
そんな彼女も可愛い。
「大好きだよ」
俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。
「私、アイドルだから、あなたにはたくさん我慢してもらうことがあるかもしれないわ。大丈夫?」
「君が俺の隣にずっといてくれるなら大丈夫だよ。それに、この鏡の迷路は誰も来ないから、俺達二人の密会の場所に最適だよね」
「密会って、何か悪いことをしているみたいよ。でも、もう一度入る?」
「いいよ。君が俺の手を、ずっと握っていてくれるならね」
「うん」
そして俺達は、また鏡の迷路へと入っていく。
こんなに何度も入れば、俺はいつか彼女のようにゴールを覚えるかもしれない。
その時は俺が彼女の手を引こう。
そして彼女に言おう。
「これからは、俺が君の手を取って引っ張っていくから、ついてきてくれる?」
「うん。ずっとね」
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いつも読んでくださる皆様、本当にありがとうございます。
次のお話は、公園で白猫に癒される主人公の物語。
主人公は美少女に出会い、美少女は自分は白猫だと言う。
美少女は本当に白猫なのだろうか?




