【八十人目】 隣にいるのは可愛い秘密の婚約者
「私はあなたの秘密の婚約者なんです」
彼女は俺のいる教室に来てそう言った。
彼女は俺より二つ下だが、俺の教室に躊躇いもなく入ってきて言った。
「秘密って何? 婚約者って何?」
「私の大切な人が言っていました。私があなたの婚約者になれば、ずっと一緒だと」
「俺は、君が自分で決めた婚約者じゃなくて、他の人が決めた婚約者だよね?」
「そうですね。でも私は、私の大切な人の言う通りに、あなたの婚約者になります」
「俺は婚約者になんてならないからね」
俺はそう言って、彼女から離れる為に教室を出た。
一人で屋上へ向かう。
「今日もサボリか?」
屋上で、地面に寝転んで空を見ている相手に、俺は言った。
「お前もだろう?」
「俺は久し振りのサボリだよ」
寝転んで空を見ているこいつは俺の親友だ。
俺達はおちこぼれと呼ばれている。
授業を受けない。
ほとんど学校に来ないから。
俺は親友の隣に寝転ぶ。
空を見ていると眠くなる。
そして俺は目を閉じた。
「起きて下さい」
俺は、どこか懐かしく、聞いたことのある声に目を開けた。
そこには今朝、教室で婚約者だと言った彼女が、俺を覗き込むように見下ろしていた。
「パンツ見えそうだよ?」
「えっ」
俺がそう言うと、彼女は顔を赤くしてスカートを押さえた。
そんな仕草が可愛く見えた。
「早く教室に戻った方がいいよ。君も、おちこぼれになるよ」
「おちこぼれ?」
「俺はそう呼ばれているからね」
「それなら、おちこぼれをやめませんか?」
「やめる?」
「はい。この場所に来るのはいいですけど、昼休みだけにするとかにしませんか?」
「それができれば、おちこぼれなんかになっていないよ」
「それなら、あなたは屋上で何を求めているんですか?」
「安らぎ」
俺は笑いながら答えた。
「安らぎなら私があなたに与えます」
彼女は真剣な顔をして俺に言った。
俺は冗談で言ったのに。
「それなら君は俺に何をしてくれる訳?」
「あなたの安らぐ場所がここなら、私は黙ってあなたの隣にいます。あなたに私の肩を貸します」
彼女はそう言って俺の横に座り、黙って俺を見つめた。
「君の肩はいらないよ。俺は一人で大丈夫だからさ」
俺は起き上がりながら言った。
「そうですか? あなたは寂しそうですよ?」
「何で寂しい訳? ここで空を見ていると幸せなんだけど?」
「本当ですか? あなたの心はそう言っていますか?」
彼女は俺の何を知っているのだろう。
初めて会ったのに。
「俺の何を知ってんの?」
「全てを知っています。私はあなたの秘密の婚約者ですよ?」
「秘密の婚約者って何? 君は知っているのに俺が知らないから、秘密の婚約者って言う訳?」
「いいえ、私とあなたが知らないうちに、婚約者になっていたので、秘密の婚約者です」
「意味が分からない。でも、俺は婚約者なんていらないよ」
「私は諦めません。だって、私があなたの婚約者になることは、大切な人が望んでいるから。それに私もです」
「それなら君は、君の大切な人の婚約者になればいいじゃん」
そう言って俺は教室へ戻った。
彼女が悲しそうな顔をしていたけど関係ない。
俺は一人で大丈夫だから。
「彼女、泣くかもな」
屋上から階段を下りている時に、親友がいきなり現れた。
「なっ何だよ。いつからいたんだよ?」
「ずっとかな? でも二人がいい雰囲気だったから、声をかけられなかったんだよ」
「はあ? お前の目は見えてんのかよ?」
「それはお前もだろう?」
「俺は両目とも、視力検査で悪いなんて言われたことはないよ」
「あっそ。でもさ、本当にお似合いに見えたんだよな?」
「うるさい。俺はお前がいればそれでいいんだよ」
「お前、俺のことが好きなのかよ? 俺、男はお断りだよ」
「何でそうなるんだよ」
俺達は笑い合った。
俺はこいつといるだけで楽しい。
だから彼女なんていらないし、二人でいればそれでいいんだ。
◇
「またここに来ているんですか?」
俺が寝転んで、屋上でのんびり過ごしていると、彼女が俺を覗き込みながら言ってきた。
「だから、パンツが見えそうだって言ったよね?」
「大丈夫です。見せパンを履いているので」
彼女はそう言いながら、スカートを押さえようとしない。
俺が目のやり場に困るんだけど。
仕方なく俺は起き上がる。
今日は俺の親友は休みのようだ。
だって、朝から姿を見ないから。
「今日も私は、あなたに肩を貸しますよ」
彼女はそう言って俺の隣に座った。
「どうしてそこまで俺の婚約者になりたい訳? 俺には良いところなんてないよ? おちこぼれの冴えない男だよ?」
「私は、あなたのことを知っているので、今のあなたはあなたじゃないことは分かっています。あなたが私の知っているあなたに戻ったら、私はあなたに必ず恋をします」
「俺に恋をする?」
「はい。でも今のあなたを見ていると、とても情けなく感じます。私は頑張っているのに、あなたは頑張ろうともしない。逃げているだけに見えます」
彼女は俺の何を知っているのだろう?
俺ってどんな人なんだ?
屋上が好きで。
空を見るのが好きで。
親友が好きで。
親友が隣にいることが嬉しくて、、、。
「彼女が隣にいることが嬉しくて」
「えっ」
俺は声のした方を見ると、親友がいた。
でも親友は宙に浮いている。
「お前、何で浮いてんだよ?」
「俺はお前の幻想だ。俺はもう、この世にはいない」
「はあ?」
「俺はお前の目の前で、車に引かれただろう?」
親友の言葉で、俺の忘れていた記憶が甦る。
「足が透けてる。お前は消えるのか?」
「うん。お前に俺は、もう必要ないからな」
「何でだよ?」
「それは彼女が教えてくれるよ」
親友は、俺の後ろにいる彼女を見る。
だから俺も彼女を見る。
彼女は驚いているようだ。
彼女には、親友は見えていない。
だって親友は、俺の幻想だから。
「彼女が何を知っているって言うんだよ?」
俺が振り向いて言うと、親友はいなくなっていた。
「もしかして、いるんですか?」
「えっ」
俺は彼女の方を向く。
「私のお兄ちゃんがいるんですか?」
「お兄ちゃん?」
「私はあなたの親友の妹です」
「あいつって妹がいたのか?」
「私達兄妹は別々に暮らしていて、私がお兄ちゃんと同じ学校に通うことが決まってから、よく話すようになったんです」
「そうだったのか」
「私は、お兄ちゃんの親友のあなたのことを、よく知っています。お兄ちゃんは楽しそうに話をしていましたから」
彼女は、俺の親友を思い出したのか、涙目になっている。
「俺よりも、兄を亡くした君が一番悲しいんだよな?」
「そうでしょうか? あなたの方が、お兄ちゃんと一緒にいた時間は長いです。だから私よりも、あなたの方が悲しいですよね?」
彼女の優しさが俺の心に響く。
俺は涙を流していた。
そんな俺を見て、彼女は俺に抱き付いてきた。
「あなたは一人じゃないです。私がいます。お兄ちゃんが決めた婚約者です」
その言葉で涙はもっと止まらない。
あいつの大切な妹の婚約者が俺?
「俺でいいのか?」
「はい。あなたがいいんです。私の大好きなあなたが」
◇
「お兄ちゃん。ちゃんと見ててね」
彼女は写真の中の、俺の親友に言った。
親友の写真は、俺達がよく見えるように、一番前の席。
「お前の妹は、俺が一生、幸せにするからな」
俺は写真じゃなくて、彼女に向かって言った。
だって彼女の後ろに、嬉しそうに立っているあいつがいたから。
でも、こいつも俺の幻想なんだと思う。
俺があいつに言いたくて仕方がなかったから、でてきたんだ。
「お兄ちゃんがいるの?」
彼女は微笑みながら言った。
「いないよ。あいつは、こんな堅苦しいこと嫌いだからさ」
そう。
あいつは堅苦しいことが嫌いなんだ。
めんどくさいといつも言っていた。
冠婚葬祭は全校集会と同じ扱いだと言っていた。
そんなことを言っている、あいつを思い出した。
そして、あいつらしくて笑ったことも思い出した。
「堅苦しいって結婚式が?」
「そうだよ。正装して出席するなんて、あいつは嫌いなんだよ」
「でも妹の結婚式なんだから、見ててもらわなきゃ」
「出席はしなくても見てるよ。空からさ」
「うん、そうね。ところで、あなたも結婚式は嫌なの?」
「俺は新郎なら、出席してもいいよ」
「どういう意味よ?」
「新婦の君の、綺麗なウエディングドレス姿を見られるからね」
「それは私が綺麗なの? それともウエディングドレスが綺麗なの?」
「そんなの決まってるよ。君だよ」
俺が耳元でそう囁くと、彼女は嬉しそうに照れて笑った。
彼女の笑顔は、どことなく、あいつに似ていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
次のお話は、何度伝えても分かってくれない、可愛い幼馴染みに困っている主人公の彼の物語。
そんな彼女に、彼がとる行動とは?




