【四人目】 幼馴染みの彼女と俺は仲良しなんかじゃなくなった
俺は昔、幼馴染みの家へ遊びに行っていたが今はそんなことはしない。
それは俺と彼女が思春期を迎えてからずっと今まで続いている。
彼女は隣に住んで、距離は近いのに心は全く近くなく、何を考えているのか分からない。
「あっ、これを隣に持って行ってくれる?」
俺はリビングでテレビを見ながらまったりしていたら、母親にそう言われ御守りを受け取った。
「御守り?」
「うん、そうよ。あの子に渡してよ」
「彼女に?」
「そうよ」
あの子とは幼馴染みの彼女のことだ。
「何で御守り?」
俺は御守りを見ながら母親に聞いた。
「彼女はもうすぐ一人で勉強の為に留学するのよ」
「留学?」
「彼女は語学留学するのよ」
「そうなんだ」
「あなたもあの子に何かあげたら?」
「俺が何かをあげても嬉しくないだろう?」
「そんなことないわよ」
「俺は遠慮しとくよ。まあ、これを彼女に持って行くよ」
「あの子に頑張ってって言っててね」
「うん」
そして俺は隣の家へ向かう。
インターホンを鳴らす。
そして彼女が出てきた。
久し振りに彼女を見た気がする。
可愛くなっている。
「これ、俺の母親から」
「えっ、何?」
俺は彼女に御守りを渡した。
「嬉しい。ありがとうって伝えてて」
「分かったよ。それと俺の母親が頑張ってって言ってたよ」
「うん。頑張るよ」
「それじゃあ、俺は帰るよ」
「待ってよ」
「何?」
「手伝って欲しいことがあるの」
「俺が手伝えることならするよ」
「本当? それなら入って」
そして俺は彼女の家へと入った。
久し振りに入った彼女の家は昔と変わっていない。
彼女の部屋は二階にある。
階段を上ってすぐ左にある部屋だ。
俺は彼女の部屋に入って驚いた。
本棚にびっしりと語学の本が並んでいる。
「君って語学に興味があったんだね?」
「そうよ。私は通訳の仕事をしたいの」
「こんなに勉強をしているなら君は、簡単に通訳の仕事ができるだろうね」
「そんな簡単じゃないよ」
「そうだね。君は誰よりも努力してるんだろうね」
「えっ」
「昔から君は人一倍、努力してきたよね?」
「私が?」
「そうだよ。かけ算九九を覚える時は下敷きに九九を書いて、他の授業の時も暇があれば下敷きに書いた九九を見て覚えてただろう?」
「そんなことよく覚えてるわね」
彼女は恥ずかしそうに笑った。
「他にもあるよ。逆上がりができなくて、図書館で逆上がりができる方法が書いてある本を、読んだりしてるのも知ってたよ」
「どうして知ってるの?」
「図書館で夏休みの読書感想文を書く為の本を探してた時に、君を見つけて君が手に取った本を見たことがあるんだ」
「夏休みの読書感想文? あの時は冬休みだったよ?」
「うん。夏休みの宿題が終わってなかったからしてたんだ」
「宿題はちゃんとしてよ」
彼女は呆れたように言った。
「少しずつ提出してるからいいんだよ」
「先生に迷惑でしょう?」
「先生は提出することに意味があるって言ってたから大丈夫だったんだよ」
「まさか、今はそんなことしてないわよね?」
「そっ、それは少しは期限を守って提出してるよ」
「あなたって昔から何も変わってないのね」
彼女は苦笑いをしながら言った。
「俺の何が変わらないんだよ」
「好きなことをして生きてる」
「好きなこと?」
「そう。かけ算九九のテストで、私が覚えているか不安になっていた時に、あなたが私に言った言葉を覚えてる?」
「俺、何か言ったかな?」
「言ったよ。俺は九九の中で一番好きな、五の段だけしか覚えてないって言ってたの」
「そんなこと言ったかな?」
「その後、テストで五の段しか書いていないあなたは、先生に怒られていたけどね」
「その話の何処に良いエピソードがあるんだよ? 俺が先生に怒られただけじゃん」
俺は少しムッとして言った。
「私は好きなことをして生きている、あなたのようにして夢を実現しようとしてるの」
「俺のようにするって? 君も五の段だけしか覚えていない訳じゃないよな?」
「違うよ。あなたのように好きなことをして、通訳の仕事に就こうとしてるのよ」
「好きなこと?」
「私は人と話すことが好きよ。そして他の国の人の言葉に興味を持ったの。ちゃんと発音をすれば心に響く言葉になるし、違う国の人の文化や歴史を知ると、もっと語学に興味を持つようになって好きになったの」
「好きじゃないことをしていたら飽きたり、最初からやる気なんて起きないからね」
「それをあなたが教えてくれたの。だから私はあなたに誓うよ。絶対に通訳の仕事に就くからね」
「それなら向こうに行っても頑張れよ」
「向こう?」
彼女は首をかしげて言った。
俺、変なこと言ったか?
「留学するんだろう?」
「留学? しないよ」
「えっ、だって親が御守りをあげただろう? それに親も留学って言ってたけどな?」
「おばさんったら勘違いしてるのよ。私は卒業する前に少しだけホームステイするの」
「ホームステイ? 海外に?」
「そうだよ。少しだけだからすぐに帰ってくるよ」
彼女はクスクス笑いながら言った。
「じゃあこの部屋は何でこんなに片付いてる訳?」
「昔はこの部屋が私の部屋だったよね。今はこの部屋が物置き部屋になって私の部屋は階段上って突き当りの部屋よ」
「えっ、何で物置き部屋に俺を連れてきた訳?」
「私の部屋にこの本棚がほしいの。だから本を段ボールにつめて、本棚をあなたに運んでもらおうと思ったの」
「そうだったのか」
「私が留学するって聞いて寂しくなったの?」
「なる訳ないじゃん。君とはずっと話をしていなかったし、接点なかったから留学しても何も変わらないだろう?」
「でも、変わったよ」
「何が?」
「私と話をして、接点ができたよ。だから変わったでしょう?」
「それでもまた明日から、君とは話さないから何も変わらないよ」
「何も変わらないの?」
彼女は俺を見つめて言った。
彼女の切ない顔に俺はドキッとした。
「君と挨拶はしたいと思うかもしれない」
「挨拶だけなの?」
「少しだけ君の将来の夢の話を聞きたいと思うかもしれない」
「他には?」
「少しだけ君のことを知りたいと思うかもしれない」
「少しだけなの?」
「全部を知りたいって言ったら教えてくれるのか?」
「いいよ。全部、一から教えてあげる」
彼女は嬉しそうに笑って言った。
彼女に言わされたような感覚になったのは、気のせいだと思うことにするよ。
彼女の可愛い笑顔を見ることができたからね。
俺は彼女を好きだったんだ。
誰よりも頑張る彼女の姿を一番近くで見てきていたんだから。
彼女が頑張り過ぎないように、たまには力を抜くことも必要だと伝えたんだ。
彼女が自分の力をちゃんと発揮できるように。
好きだったはずの彼女と、いつの間にか話さなくなって、顔を合わせるのも恥ずかしくなっていた。
思春期という壁ができたんだ。
もっと早く壁を乗り越えていれば、彼女の支えになってあげれたのに。
「そんな顔をしないでよ」
「えっ」
「後悔している顔よ」
「だって、君は一人で頑張り過ぎてたんじゃないのか?」
「それは大丈夫よ」
「どうして?」
「それはね、あなたが隣でいっつも好きなことをしてたからそれを見て、力を抜くことも大事だって思い出させてくれていたの」
彼女は何を思い出しているのか笑っている。
「もしかして俺って見られてた?」
「うん。外は暗いのにいつまでもカーテンが開いているんだもん。丸見えよ」
「変なことしてた?」
「そうね。お菓子をベッドの上で食べてて、食べこぼしがすごかったわ」
「それは俺には見えないから大丈夫だ」
「大丈夫じゃないわよ。あなたは昔からマンガを見ながらお菓子を食べるから、食べこぼしがすごいのよ」
「マンガにはお菓子なんだよ」
彼女はこれからは禁止と言ってクスクス笑った。
「他には俺の何を見たんだ?」
「あなたの着替えている姿よ」
「おっと、それは一番ダメなやつじゃん」
「あなたってたまに、筋トレしてたでしょう?」
「そうだね。部活には筋肉が必要だったからね」
「あなたの真剣な姿は格好良かったわ。腹筋も見させてもらったわ」
「何で君ばかりで僕は君を全然見ていないんだ?」
「だってあなたは私の部屋が変わったのを知らなかったからよ」
そうか。
彼女の部屋だと思っていた窓には、人影はほとんどなかった。
俺だって彼女を見たくて見ていたのに、彼女のことを何度かしか見ていない。
たった数回だけ。
「でも君が窓を開けて、月を見ていたのを何度か見たよ」
「それは、、、」
「知ってるよ。君は俺に伝えてくれてたんだよね?」
「知ってたの?」
「今、気付いたよ」
「今なの?」
「そう。俺の誕生日の夜だけは、君は姿を見せてくれたんだ」
「一年に一度だけ。大切な日だもん。おめでとうを言いたかったの」
「まるで織姫と彦星みたいだな」
「そうね。でも、それは今日で終わりね」
彼女はそう言ってウインクをした。
今日からは一から彼女のことを教えてもらうんだ。
◇
それから彼女の全部を教えてもらう時間もなく、少しだけ今の彼女のことを知って彼女は海外へと旅立った。
俺達の関係は友達? 恋人? 曖昧な関係だ。
幼馴染みだということだけは分かっている。
彼女は海外へ旅立つ時に俺に言った。
「よそ見はしないでね」
その意味が分からないから彼女が帰って来たら聞くことにしよう。
◇◇
俺は空港で彼女が来るのを待っていた。
彼女が俺を見つけて嬉しそうに歩いて来る。
「ただいま」
「おかえり」
「あなたに聞きたいことがあるの」
「俺もだよ」
「そうなの? それならあなたからどうぞ」
「俺達の関係って何?」
「えっ、私もそれを聞きたかったの。ホームステイ先の家族にあなたのことを話した時に、あなたとの関係が説明できなかったの」
彼女は困った顔で言った。
「俺は君がホームステイ先へ行く日に言った言葉の、よそ見はしないでねの意味が分からなくて。よく考えてみたら曖昧な関係だから、君の言葉の意味が分からないんだって思ったんだ」
「それならあなたは、私達の関係が何だと思って今日まで過ごしていたの?」
「君は、どうなんだよ?」
「私があなたに聞いているのよ?」
彼女からは言いたくないようだ。
「今、ここで言わなかったらいつか、後悔すると思うんだ」
「そうね。それなら一緒に言おうよ?」
「そうだな」
「それじゃぁ、言うよ。せ~の」
「「恋人!」」
俺達は同じ言葉を一緒に言った。
俺達は恋人なんだ。
「それなら恋人としておかえりを言ってもいいかな?」
「うん」
「おかえり」
「ただいま」
「おいで」
「うん」
俺は彼女の前で腕を広げて彼女を呼んだ。
彼女は嬉しそうに頷いて俺の胸に飛び込んだ。
俺は彼女を抱き締めた。
彼女の夢は必ず叶うよ。
だって彼女は人一倍努力し、好きなことをして楽しんで生きているから。
俺と一緒に。
読んでいただき誠に、ありがとうございます。
ブックマーク登録や評価など、ありがとうございます。
次のお話は、主人公が婚約破棄をされたことをなかったことにしたくて、彼女に出会う前か婚約破棄をされる前の昨日に戻りたいと思ってしまう物語です。
主人公の彼は婚約破棄をされてどんな行動を起こすのか。




