【三十四人目】 冷たい手は俺の為にあったんだ~婚約破棄から始まった恋~
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会社からの帰り道。
今日も寒い。
息をする度に、白い息が俺の口から放たれる。
手袋はしていたが、マフラーをしておらず首元が寒い。
寒さから体を守る為に、体を縮め家へ続く道を歩いた。
俺のマンションの前には小さな公園がある。
その公園には、ブランコやシーソーがあったであろう跡があるだけで何もない。
ただ木でできた長椅子が一つだけある。
昼間は誰もいないこの公園に、夜はカップルの穴場なのか、たまに人がいる。
今日みたいな寒い日には、誰もいない、、、はずだった。
俺は何となく公園の長椅子を見ると、そこには寒そうにしながら女性が座っていた。
こんなに寒いのに、何故家にいないのだろうか?
誰かを待っているのなら、こんな寒い所で待ち合わせをする必要はない。
不思議に思いながら俺は家へと帰った。
すぐに家に入り暖房器具をつける。
暖かくて少しその場に立ち尽くす。
暖かくなった所でお風呂に入る。
シャワーでさっと終わらせる。
長風呂は嫌いだ。
手がふやけてシワシワになるのが嫌いだからだ。
髪の毛を拭きながら、さっきの女性はどうなったのか気になり、公園の長椅子を見る。
俺の部屋は上の方の階だから、上から公園が見えた。
公園の外灯に長椅子は照らされ、女性も照らされていた。
まだいるみたいだ。
今日は雪が降りそうな寒さなのに、女性はまだ公園にいる。
大丈夫なのだろうか?
俺は会社から歩いて十五分ほどの家へ帰ってきたが、彼女は俺の知る限りでは、もう三十分は外にいる。
体中、冷たくなっているはず。
それなのに何故、公園の長椅子に座っているのだろう?
そんなに会いたい相手でもいるのか?
それとも鍵がなく、家に入れないのか?
それとも寒さに気付かないほど、何か考え事をしているのか?
考えても答えなんて出ない。
俺は女性が気になって仕方がない。
夜ご飯を軽く済ませ、まだ女性がいるのか確認した。
まだ女性はいた。
俺は女性が心配になった。
でも俺が女性に声をかけて、不審人物だと思われたら困る。
だから女性に声をかけられないでいた。
上から女性を見ていると、いきなり部屋の電気が消えた。
停電?
そう思ってベランダに出て、隣の部屋を確認しても電気は点いている。
俺の部屋だけ?
俺は暗い部屋に目が慣れた所で動き出す。
そして洗面所へと行き、洗面所の電気を点けた。
電気は点いた。
俺のリビングの電球が切れたみたいだ。
電球の換えなんて買っていないから、コンビニへと買いに行くことにした。
公園の前を通ると女性はまだいた。
女性のことを心配しながら、俺はコンビニへ向かう。
コンビニで買い物を済ませ家へと帰る。
公園の前で足を止めて女性がいるのか確認をする。
女性はまだいた。
俺は女性の元へと歩いた。
「こんな寒い日にどうしたんですか?」
「えっ」
女性は驚いた顔で俺を見上げた。
鼻も、頬も赤く女性が寒いのは確かだ。
「これで少しは暖まると思います」
「ゆずレモン?」
「はい。今日は寒いので、家へ帰った方がいいですよ?」
俺はコンビニで買ったホットゆずレモンを、彼女に渡した。
「あっありがとうございます」
「いいえ」
「いただきます」
「どうぞ」
彼女はホットゆずレモンを少し飲んだ。
「暖かいです」
彼女は俺に微笑んでくれた。
彼女の笑顔は何処か悲しそうに見えた。
無理して笑っているような、何かを我慢しているような。
「それでは俺は帰ります」
俺はそう言って彼女に背を向けた。
「あっ、あの」
「はい」
彼女に呼び止められ振り向く。
彼女は俺に何かを伝えたいのか、迷い顔を見せている。
「あのっ私、今日フラれたんです」
「えっ」
「あなたに話す事でもないのかもしれないんですが、あなたなら私の話を聞いてくれそうで」
彼女は俺に助けを求めるように俺を見つめる。
話を聞いて欲しいんだろう。
でも話を聞くにはここでは寒い。
「近くにファミレスがあるので、そこで話を聞きますよ?」
「ファミレス? あなたの家はそのマンションですよね? あなたの家の方が近いですよ?」
「あなたは女性です。男の俺の家には入りたくないでしょう?」
「そんな優しいあなたが、私の嫌がるような事をするんですか?」
「えっと、俺は一応、男ですので、、、」
「それならこれがあれば大丈夫ですか?」
彼女はそう言って、俺にプラスチックでできたおもちゃの手錠を出した。
「何故、そんな物を?」
「彼の忘れ物です」
「どんな趣味の彼ですか?」
「警察官に憧れていたので」
「使うことはしなかったんですね?」
「えっ使っていましたよ?」
彼女は当たり前のように言った。
どんなふうに使っていたのか興味はあったが、そんなことを彼女には聞けなかった。
さっき話をしたばかりの彼女に、深い話は聞けない。
「まあ、それがあるなら安心です。すぐに使えるように持っていて下さい」
「はい。でも私はあなたを信じています」
彼女は俺の目を見て言った。
彼女の信頼を失わないようにしようと、俺は心に誓った。
彼女と玄関で靴を脱ぎリビングへ行く。
そして証明のボタンを押したが点かない。
そうだった。
電球は点かなかったんだ。
「あっすみません。さっき電球が切れて、コンビニまで買いに行ったんでした」
俺はそう言いながら袋から電球を探す。
「あっ、あった」
俺が袋から電球を取り出した所で、いきなり彼女が俺の胸に飛び込んで来た。
『ガシャン』
俺の手から電球は落ち、割れる音がした。
それなのに俺は電球より彼女が心配だった。
「えっ何? どうしたんですか?」
「これだけ暗ければ、私が泣いても見えないですよね?」
「えっと、そうですね」
「少しだけこのままでいいですか?」
「いいですよ。あなたが気が済むまで」
「ありがとうございます」
彼女はそう言った後、泣き出した。
本当は大きな声を出して泣きたいのだろうけど、静かに小さな声を漏らしながら泣いていた。
俺は彼女の頭や背中などを優しく撫でながら、彼女が泣き止むのを待った。
「すみませんでした。もう大丈夫です」
彼女は少ししてそう言いながら、俺から離れようとした。
「待って」
俺は離れようとする彼女をギュッと抱き締めた。
「えっ」
「あっ、ごめん。足元で電球が割れたから、動かないで」
「でも動かなければ、電球を片付けられませんよ?」
「俺がするから君はそのままで」
「はい」
そして俺は彼女から離れて、暗闇で目が慣れた所で電球の欠片を集めた。
「一応片付けたけど、まだあるかもしれないから、君は少し飛んでその場所から離れてくれる?」
「飛ぶんですか?」
「そう。俺が君の手を引っ張るから、思いっきり飛んでよ」
そして俺は彼女の手を握る。
「何も見えないのに飛ぶなんて怖いです」
「暗闇に目は慣れていないの?」
「私、暗闇が苦手なので目を閉じていました」
「えっ怖いなら言ってくれればよかったのに」
「あなたがいたので、目を閉じていれば怖くなかったんです」
「それならそのまま目を閉じてていいから、君が今向いている方向に飛んで。俺が受け止めるから」
「はい」
彼女は俺の方向を見てうなずいた。
見えてはいないだろうけど。
そしてすぐに目を閉じた。
それほど暗いのが怖いのだろうか?
「せ~ので飛んでよ?」
「はい」
「いくよ? せ~の。飛んで」
「はい!」
俺は彼女の手を引っ張っり、彼女は俺の元へ飛んでくる。
俺はバランスを崩しそうになりながら、彼女を受け止めた。
「大丈夫?」
「はい」
彼女は俺に抱き付いている。
そんな彼女を俺は、離したくはないと思ってしまった。
ダメだ!
彼女の信頼を失わないようにしなければ。
しかし彼女は俺から離れない。
「どうしたの?」
「私、今日フラれたって言いましたよね?」
「うん。言ったね」
「本当は、婚約者に好きな人ができたから結婚できないって言われたんです」
「そうなんだ」
「彼に!もう一度だけ会いたくて、あの公園で彼を待っていたら、彼が帰って来たんです。奥さんと子供と一緒に」
「えっ」
「私、彼が結婚してるのも知らなかったんです。私は彼にとっては遊び相手だったんですよね?」
彼女の顔は見えないけれど俺には分かる。
悔しくて、悲しくて、それなのに何も言えない自分を嫌って、泣きたいのに我慢している顔を。
俺は彼女をギュッと抱き締めた。
「彼を忘れさせて下さい」
彼女は震えながら俺に言った。
彼女がどんな意味でそんなことを言ったのか、俺には分かる。
俺は子供じゃないんだ。
でも俺は、彼女の言葉の意味を理解したくはなかった。
だって理解してしまえば、彼女の信頼を失ってしまうから。
「俺に手錠をしてよ」
「えっ」
「早く!」
「はい」
彼女は、抱き締めている俺の手に!手慣れた様子で手錠をつけた。
「俺は君には何もしないよ」
「どうして?」
「だって君の手は冷たいから」
「私の手? もう、温かいですよ?」
「違うよ」
「えっ」
「俺が君の手を温めるまでは何もしないよ」
「でも私の手はもう、温かいんですよ? どう、温めるんですか?」
「君の手がまた冷たくなった時、俺が君の側にいて、君の手を温めるんだよ」
そう。
今じゃないんだ。
俺と君が心も体も温まるのは今じゃない。
だから俺は手錠をしてもらったんだ。
まだその時じゃないから。
「あなたはやっぱり優しい人ですね」
彼女はそう言って、俺に今日初めて笑顔を見せてくれた。
暗闇の中で彼女の笑顔は輝く月に照らされて、とても綺麗で、俺は自然に彼女を抱き締める腕に力が入った。
「我慢しているんですか?」
彼女はクスクスと笑いながら言っていたが、彼女は俺の背中に腕を回して抱き付いていた。
◇
それから俺と彼女は、恋人になるのに少し時間がかかった。
何故かって?
だって彼女の手は、俺が温める前に温まっているんだ。
彼女は毎日のように俺の家に来て、俺と一緒に暖房器具の前で暖まる。
その時、彼女の冷たい手は温まっているんだ。
「また君の手は温まっているじゃん」
「だって暖房器具の前にいるからね」
「いつになったら君の手は、俺が温めることができるんだよ?」
「えっ、何を言っているの?」
「何って?」
「私の手はあなたのお陰で温まっているのよ?」
「違うじゃん。暖房器具じゃん」
「違うよ。あなたの家に来て、あなたの家の暖房器具で温められているのよ? あなたのお陰でしょう?」
「そうかも。でもそれって、、、」
俺は顔がニヤけてしまう。
「何を考えているの? 変態」
「はあ? どれだけ我慢したと思っているんだよ?」
「やっぱり我慢していたのね?」
「そっ、そうだよ」
「嬉しい」
彼女は嬉しそうに笑って言った。
彼女は俺が触れる事を嫌がらないと、言葉と笑顔で伝えてくれた。
「俺は君を一生、愛してる」
「私もあなたを一生、愛してるよ」
すると、いきなりリビングが暗くなった。
また電球なのか?
でも玄関の灯りも消えている。
停電のようだ。
「懐かしいわね?」
「そうだな。大丈夫か?」
「うん。あなたがいるからね」
「あっ、そういえば、あのオモチャの手錠は何に使っていた訳?」
「手錠? あれは彼が、私にも手錠の仕方を教えてくれていたの」
「君が手錠を使うことはないだろう?」
「そうよね。今思うと、彼って変な人だったわ」
彼女はそう言って笑った。
彼女はもう、笑えるほどに失恋の傷は癒えていた。
彼女はもう、失恋なんてしない。
だって俺が彼女を手離すわけがないから。
読んでいただき誠に、ありがとうございます。
次のお話は、手に入れたいモノがあるのに、言えない主人公の彼に、彼女はいつも手に入れたいモノとは違うモノをくれる物語。
美少女の彼女が困っていたから助けてあげた彼。
そこから美少女と彼の不思議な関係が始まる。




