【三十一人目】 空から降ってきたのは可愛い部下の涙で、それを止める方法は俺しかできないことだった
「うわっ、また?」
マンションのベランダで、タバコを吸っていた俺の手の甲に、雫が落ちてきた。
そして俺は上を見上げて言った。
「だって、ドラマが泣けるんです」
上の階のベランダから声が返ってきた。
その声の相手は俺の部下だ。
彼女はすぐに泣く。
「家の中で泣けよな」
「だって、ドラマが流れてるので見ていられなくて」
「それなら消せばいいだろう?」
「あっ、そうですね」
彼女はそう言って、テレビを消しにいったが、また泣きながら戻ってきた。
「何で、もっと泣いてんだよ? テレビは消したんだろう?」
「消したんですが、視界に入ってきて、それがまた泣けるシーンだったんです」
「分かったから。泣くなって」
「泣くなは無理です」
「泣くなとは言わないから、涙を俺のベランダに落とすなよ」
「それも無理です。だって穴があるので」
「それなら穴の上で泣くなよ」
「全部、無理です」
「分かったから。俺がそっちに行くから」
「はい。待ってます」
俺は彼女の部屋へ向かう。
彼女の部屋の鍵を俺は持っているから、鍵を開けて中に入る。
俺がリビングに行くと、彼女が俺に抱き付いてきた。
「おっと。分かったから落ち着けよ」
「だって、苦情さんが来てくれたから嬉しいんです」
「おい。俺は苦情なんて名前じゃないんだが?」
「だって。いつも下から苦情を言ってくるので、苦情さんです」
彼女は俺を見上げて言った。
「会社では言うなよな」
「は~い。苦情さん」
「お前な。俺は帰ってもいいんだけどな?」
「ダメです。ダメ。私の涙が止まるまで待ってて下さい」
「帰らないよ。俺は約束は守るからな」
「はい。分かってます」
そして彼女は俺に、ギュッと抱き付いて大人しくなる。
俺と彼女は恋人、、、ではない。
恋人じゃないのに抱き付くかって?
俺達の間では抱き付くのは当たり前なんだ。
ハグをする関係の二人のことを、今はハフレと言うそうだ。
彼女がそう言っていた。
最初はハフレって何だよ? って思った。
彼女から聞いた時は、そんな関係なんてなるかよって思っていた。
だけど今、俺は彼女とそんな関係になっている。
どうして心境が、そんなに変わったのかというと、俺の元恋人が俺を諦めなかったせいだ。
俺の元恋人は、俺に恋人がいないなら絶対に諦めないと言って、毎日電話が何十件と来たり、プレゼントが毎週届いたり、俺は頭がおかしくなりそうだった。
そんな状況の時に、彼女が偽の恋人になってくれると言ってくれた。
その交換条件がハフレだった。
早く元恋人から解放されたくて、何も考えずに承諾してしまった。
「泣き止んだか?」
「は、、い」
「眠いのか?」
「、、、はい」
俺は彼女を横抱きにして、ベッドへ寝かせた。
彼女はいつもこうなんだ。
泣いて。
抱き締められて。
落ち着いて。
眠る。
彼女は俺にとっては子供のようだ。
静かに彼女の部屋を出て、俺は下の自分の部屋へ戻る。
彼女は可愛い。
どうしても彼女の為に動いてしまう。
彼女を助けてあげたくなる。
◇
「なあ、ハフレって知ってるか?」
俺は休日に、友達が恋人と同棲している家へ遊びに行き、友達に聞いた。
「はあ、何それ?」
「知らないだろう?」
「あいつに聞いてみようか?」
友達はそう言って恋人を呼ぶ。
「ハフレ? ハグをする関係でしょう?」
「えっ、何で知ってんだよ?」
友達はショックな顔をして言った。
「だってそういう相手って、いてもいいかなって思うもん。心を許している相手でしょう?」
「それなら恋人とすればいいじゃん」
「心を許している恋人がいればね。いつも一人でいる人には、人の温もりが欲しくなったりするのよ。人それぞれ考え方って違うから、色んな考え方があると思うけどね」
「お前は俺に心を許しているのか?」
「それは後で教えるわ」
二人のイチャイチャが始まった。
帰ろう。
俺は帰りながら彼女のことを考える。
彼女はどう思っているんだろう。
俺に心を許しているのか?
「えっ、ちょっと待って下さい」
ん?
彼女の声?
マンションのエントランスを見ると、彼女が俺の知らない男に抱き締められている。
彼女には俺以外にもハフレがいたのか?
何かショックだった。
エントランスを通らなければ家へ帰れないから、俺は小さく体を縮めエントランスに入る。
俺は何も見てない。
俺は彼女を無視してエレベーターに乗る。
彼女の視線を感じたが見ないようにした。
俺が帰って少しして、彼女は帰ってきたみたいだ。
上でドタバタと音がする。
しかし、今日は異常にうるさい。
そう思いながら、ベランダに出てタバコを吸う。
タバコ一本目。
タバコ二本目。
いつもなら彼女がそろそろ泣くのに。
今日は泣かない。
何か胸騒ぎがした。
俺は彼女の部屋へ向かった。
勝手に入るのに躊躇したが、彼女に何かあったのかもしれないと思ったら、鍵を開けていた。
リビングを見たが彼女はいない。
そして彼女の寝室のドアを開ける。
そこに彼女はいた。
泣きながら。
それを見た俺は彼女を抱き締めた。
いつもなら彼女が抱き付いてくるのに、今日は俺が彼女を抱き締めた。
泣いてる彼女が、本当に悲しそうに泣いているから。
彼女の泣いてる姿なんて何度も見ているが、こんな悲しそうな顔は初めてだった。
「泣くな」
「無……理……です」
彼女は泣きながら話す。
「俺が抱き締めてるから泣き止むだろう?」
「無……理……です」
「どうしたんだよ?」
「無……理……です」
彼女は無理と言うだけで涙は止まらない。
どうしたんだよ?
何があったんだよ?
いつもなら泣き止んでいる彼女が、まだ泣いている。
「お願いだから泣き止んでくれよ」
「だって……」
「だって何?」
「違う……から」
「何が?」
「欲しい……モノ」
彼女の言葉は途切れて、何を言っているのか分からない。
それなら彼女の顔を見よう。
俺は彼女の顔を覗く。
彼女は苦しそうな顔で俺を見ている。
「苦しい?」
彼女に聞くと彼女は頷く。
「俺は何をすればいいんだよ?」
彼女は首を振る。
何もいらない。
そう彼女は俺に伝えている。
違う。
彼女は何もいらない訳がない。
こんなに苦しんでいるのに。
「さっきの男に何かされたのか?」
その言葉に彼女は目を見開いた。
何かされたんだな。
「何をされたんだ?」
すると彼女は首を横に振った。
言うつもりはないようだ。
分かったよ。
俺は彼女の髪をぐしゃぐしゃにしながら、撫でた。
「やめて下さいよ」
いつもの彼女に戻っていた。
「ごめん。大丈夫か?」
「このくらい大丈夫ですよ」
「違うよ。エントランスでのことだよ」
「だっ大丈夫です」
「本当に?」
「はい。私にはあなたがいるので」
「そっか」
俺はまた彼女の頭を、髪をぐしゃぐしゃにしながら撫でた。
彼女はもう! って言って怒っていた。
◇◇
ある日の休日。
「苦情さん」
「何だよ穴から呼ぶなよ」
俺はベランダでタバコの二本目を吸っている。
そこに彼女が穴から俺を呼ぶ。
「大変なんです」
「何が?」
「いいから、大変なんです」
「行けばいいんだろう?」
俺は彼女の部屋へ向かう。
彼女は泣いていなかった。
「おい。どこにいるんだよ?」
リビングに来たのに彼女はいない。
「こっちです」
彼女の声が寝室から聞こえた。
俺は寝室に入る。
彼女はベッドに座っていた。
「どうしたんだ?」
「ソフレって知ってます?」
「ソフレ? 聞いたことはないな」
「ハフレと同じ仲間です」
「ソ? ソルト? ソックス?」
「違いますよ」
彼女はクスクスと笑っている。
「それなら何なんだよ?」
「添い寝です」
「添い寝? 何だよそれ?」
「次はソフレになって下さい」
「はあ? 次って何だよ? 契約は終わっただろう?」
「はい。だから次の契約です」
「契約って必要?」
「えっ」
「恋人になるのに契約って必要な訳?」
彼女は俺の言葉を聞いて、嬉しそうに笑った。
「添い寝したいならいいよ。俺は君の恋人だから何でもするよ。君がして欲しいこと全てを教えてよ」
「それなら最初は添い寝をして下さい」
「喜んで」
俺は彼女と一緒にベッドに入る。
彼女を後ろから抱き締める。
彼女のいい香りが鼻をくすぐる。
「あっ、言っておくけど恋人なんだから、添い寝で終わらないよ?」
「えっ」
後ろから見る彼女の耳は真っ赤だった。
彼女にはちょっと刺激が強かったかな?
「好きだよ」
俺は彼女を後ろからギュッと抱き締めて言った。
「私も大好きです」
彼女はくるっと俺の方を向いて、向き合う形になり言った。
そんな可愛い彼女にキスをするのは当たり前だ。
読んでいただき誠に、ありがとうございます。
次のお話は、いつも一緒にいる可愛い幼馴染みと離れることになって、彼女の大切さに気付く主人公の彼の物語。
主人公は気持ちに気付いても、幼馴染みの彼女は気付くのか?




