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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

共和政マーメル国の悲劇 ――政争に翻弄された姫と嬰児――

 マーメル共和国の北東部に位置するテュイロッルは、地域の中心的都市として日々、多くの駅馬車が出入りしている。

 テュイロッルの駅馬車停留所ではここ数年、馬が暴れ出して乗客を振り落とすという事故が、春の間だけ異様に増えた。


 原因不明の馬車事故の頻発。

 きっと“あの事件”が原因なのだと、噂されるようになる。



 数年前のテュイロッルでは、多数の貴族や商人、職人、その他が、様々な罪科により断頭台にかけられた。

 そんな時期の話だ。


 これは、馬車事故が増え始める前のテュイロッルで起きた話だ。



 ある冬の日の夕刻。

 駅から出発しようとしていた郵便馬車の後部、荷台にしがみついていた1人の女性が、駆け寄ってきた2人の夜警に脚を掴まれて引き摺り落とされた。

 夜警の命令により郵便馬車の出発は止められ、御者と乗客の見分、全ての荷物の検査が行われた。

 その間に応援に来た別の夜警が、地面にうずくまったままの女性を縄で縛り、何処かへと連れていったのだった。


 大した荷物も持たず、大きなお腹に粗末なヘンプの服を着ていたその女性こそ、テュイロッル方伯の1人娘だった。

 方伯、方伯夫人らと共にテュイロッル城に軟禁されていた方伯令嬢が、王党派を支持するアンジュ王国への亡命を画策し、失敗し連れ戻されたのが事件のあらましである。



 方伯令嬢亡命未遂事件は、翌日にはテュイロッル市内と周辺の村々に知れ渡る大ニュースとなり、大勢の市民がテュイロッル城を取り囲む事態となる。

 それまでは元貴族として、監視付きながら自室での生活を許されていた方伯令嬢は、捕らえられた日の夜からは城の地下牢に閉じ込められ、光の届かない牢獄の中で朝から晩まで市民の罵声を聞きながら、数日を過ごす事になる。


 方伯令嬢亡命未遂事件が発覚した翌日、市内の中央広場では、方伯や方伯令嬢が間者と遣り取りしていた手紙なども証拠品として裁判が行われ、即日判決が下された。


 方伯、方伯夫人は即日の処刑。つまり断頭台へ。

 方伯令嬢はお腹に子供が居るという理由で、刑の執行が猶予される事となった。

 罪のない胎児を思っての事ではない。

 むしろ逆で、赤ん坊として生まれる寸前まで生かし、母子共に処刑する必要があるという司法判断である。

 市民が罵声を浴びせるのに飽きても、方伯令嬢の牢獄生活は終わらない。



 方伯令嬢が城の地下牢に囚われてから2ヶ月半程が経った春の日。

 産気づいた方伯令嬢は、医師の診断により断頭台送りとなった。


 自力では歩けない方伯令嬢は、腰から下が丸見えの服を着せられて担架によって広場まで運ばれ、産道から赤ん坊の頭が見える状態で、断頭台に固定された。

 方伯令嬢の傍に立つのは、両親の首を落としたのと同じ斧を持った処刑人。顔は隠れているが、テュイロッルで有力者を手にかける有能な処刑人はいつも決まっている。


 日が昇り処刑の時刻になると、固唾を飲んで見守る人だかりの中に、赤ん坊の泣き声が木霊した。

 空気を肺に一杯に取り込み、必死に生きようとする赤ん坊の声に、観衆は熱狂の声を挙げる。

 生命としての本能か、自力で産道から出てきた赤ん坊の泣き声が響く広場で、母となったテュイロッル方伯令嬢の首に斧が振り下ろされた。

 突然、赤ん坊の泣き声に呼応するが如く1頭の馬が暴れ出し、付近に居た観衆を蹴り飛ばす事故があったが、それもすぐに収められる。


 方伯令嬢が息を引き取ると、赤ん坊の泣き声も徐々に弱まっていき、広場は一瞬の静寂に包まれた。

 テュイロッルを私物化していた首班者への裁きが終わると、処刑の行われた広場で市民達の夕べが開かれたのだった。



 それから数年。

 テュイロッル県庁として接収されたテュイロッル城で、かつて市長だったテュイロッル県知事が執務をしていると、乱暴に扉が開かれた。

 逮捕状を持った夜警隊長と数人の夜警達によって、県知事は地下牢に閉じ込められる。

 県知事は看守に、耳元で何事かを囁く女の声と赤ん坊の泣き声を訴え続け、断頭台に送られる頃にはすっかり憔悴していたという。

2020夏のホラー企画に投稿するつもりで書いていたら、テーマの「駅」が関係なくなったので、ただの掌編として供養したいと思います。

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