転生者から”解放”された娘
「ーー君は、"誰"だ?」
そう言って、理解ができない、現実を認めたくないとばかりに声を震わせる彼の問いに対して、私はーー
***
裕福と言える程でもなく、それでも飢えには困らない程度にひっそり栄えた農村に住む夫婦から生まれた。賑やかで気のいい両親に祖父母、兄姉たち大家族の末子として生まれた私だが、生まれた時から病弱で、季節が変わる毎に体調を崩していた。
この子は長生きできないーーと、周囲には思われていたが、ある日、"私"の意識はーー闇に堕ちた。
そこからは、まるで夢を見ているような不思議な感じだ。
そう、長い、長い夢。
目覚めた"私"の身体が起き上がる。視界が広がる。
けれど、それは"私"ではないーーそれなのに、"私の身体"は止まらない。
"私"は、何をやっているの?そんなもので何をするの?
"私"は、何を言ってるの?どうしてそんな事をしってるの?
"私の身体"に、"誰か"が代わりに入ったのだと気付くのにそう時間はかからなかった。
けれど、気づいたところで私には何も出来ない。
ただ、見ているだけ。
そんな"私"は、兄弟、両親から始まり、どんどんと世界を広げ、いろんな新しいものを生み出していくけれどーー
どうして、この小さな世界しか知らない私が、どうして高度な知識を持っている事を、誰も不思議に思わないのだろう?
ただの幼い娘の私が、どうして大人顔負けの会話や交渉を普通に出来ることに疑問を抱かないの?
幼いまま閉ざされた世界から外を見つめるだけの私よりも、多くを知り、実践する"私"はどんどん自分の世界を広げていく。
病弱な体でも、村には友達が増えた。
"私"の言葉に、家族の笑顔が増えた。
目まぐるしく日々は過ぎていくけれどーー彼らが見る"私"は、私ではない。
***
やがて、数年が経ち、どうやら"私"は村を出ることになった。街にある学園に通うらしい。
学園には村よりも大勢の人間がいる。その中でも、"私"の存在は逸脱していたらしい。色んな意味で。
次々と、知らない人々が、"私"の大切な存在へと変化していく。
泣いて、笑って、怒って、開き直ってーー様々な感情と行動によって、もっと世界が広がっていく。
やがて、"私"に恋人ができた。
"私"が好きだと語る視線も、優しく触れる手も温かい。
そんな彼の為?それとも他に理由があるのか分からないが、どうやら"私"は生まれた性を捨て、貴族の養子へとなったようだ。
名前もーー私の本来のそれではなく、原型があるようでない長い名前。
名前が変わったことが一つのきっかけだったのか、見ていた"世界"がどんどん消えていく。
「ーーー」
「ーーー」
「ーーーぁ」
ーーー目を、開けた。
「……誰?」
知らない人。知らない部屋。
クリアになる世界ーーそうだ、ここはーー
「よかった!目覚めたんだね、xxxx---!」
呼ばれたそれにーー絶望した。
ああ、何故、"私"ではなく、私がここにーー?
***
医師には記憶喪失と判断された。
けれど、私には分かるーーあの、もう一人の"私"が消えて、本来の私に"戻った"のだと。今まで見てきた世界が、重みを以て圧し掛かる。
私の周囲の彼らはその事実に、悲しみ、悩み、苦しみ、寂しがっている。
けれど、私にはもうどうしようもできない。
「記憶喪失とはいえーー別人のようだ」
ええ、そうよ。
だって、もう一人の"私"と、元々の私は別人なのよ。
成長しすぎた宿り木の枝が落とされ、本来の幹に戻っただけ
それなのにーー嬉しくない。
中途半端に"私"が消えるくらいなら、いっそのこと最後まで"私"が生きてればよかったのに、どうして今更、私が目覚めてしまったのだろう。
残されたのは、中途半端な"私"の知識と、変化についていけない現状。病弱だった頃とは異なる健康な体に、生まれとは異なる苗字、そして名前。
周囲が"私"を求めて、"私"の心配をしている。
誰一人として、私には気づかない。むしろ、私こそが異物に見えるのだろう。
本来の私である筈なのに、"私"が作り出した年月の世界が広がりすぎた。
互いに途惑う視線の先には、知らない男性ーーけれど、彼は"私"の恋人であり婚約者でもある。元々、彼と結婚する為に貴族の養子に入ったといっても過言ではない。
けれど、私は彼を初めて、話し、見て、認識するーー赤の他人だ。
そう、愛して愛される実感が欠片も沸かない、つまり愛せない。"私"と同様の熱を私は返す事ができない。
彼と幸せになり、信頼しあえる家族や友人たちと、もっとたくさん時を重ねていく筈だった。
悔しいのは、悲しいのはーー"私"よね。これからという時に、いなくなってしまったのだもの。
でもね、それは私もよ。私は、見ているだけでよかった。
だって、私のままでは、病弱なまま死んでしまっていたかもしれない。
"私"の知らない知識をもたない私は、村から出る事さえなかったかもしれない。
"私"ではない私を、彼が選んだとは思えない。
そうーー私の人生は、"私"によって大きく変えられてしまったの。
私の名前は、もう私を示さない。
私を知る人々は、どこにもいない。
ーーねえ、私ではない"私"が作り上げた世界で目覚めた私は、この先どう生きていけばいいの?
...