動き出す者たち ナンバリング無し
―――― ナンバリング無し ――――
四谷近く、渋谷区若葉にある、観音坂付近の住宅街。
車一台が通り通り抜けるのがやっとの様な細い路地で、一際大きな間口を取った建物。
道に面して、大きな窓や、大きな玄関を覗かせている建造物。
まるで公民館にも思われるような、大きな自宅の前で、それに似合う高級車のベントレーが停まった。
うしろの座席から現れたのは、袴姿で髪を後ろに撫で付けた、小柄な老人。
総本山で、座頭の座に君臨している人物、土御門 定長である。
彼はそのベントレーから降りると、新宿方面から聞こえる、パトカーや消防車のサイレンの音に耳を傾けてから、無言でスーツ姿で眼鏡をかけた運転手の男に合図を送る。
そして、ベントレーが少し離れた駐車場に行くため、遠ざかるのを見送った後、近くの街灯に向かって話しかけた。
「今宵は、何か騒がしいのぉ。お主は、見に行かなくて良いのか?」
街灯の後ろの暗闇からは、一人の男が出てきて、足音を立てながらゆっくりと老人の前にやってくる。
無精髭を生やし、金髪を後ろで一つに束ねていている、茶色いコートを着たナインワードだった。
千葉の佐倉にいた《偽》の姥ヶ池の大蛇。
しかし、それは蒼によって祓われてしまった為、代わりにと篠田が指定した相手は、総本山の座頭の土御門 定長が持つ式守神だ。
ナインワードは無言のまま、何も答えない。土御門 定長は少し遠くを眺めた。
「これは、新宿御苑の方じゃな。この音からして、消防や警察やらで大忙しじゃろうて」
それから、ため息混じりに愚痴を言った。
「最近は何事につけても物騒で敵わん。誰も彼も、直ぐに他人にちょっかいを掛けよる。全くもって、世の中が暇になっとる証拠じゃ。わしらの若い頃なんぞ、皆、自分が食うていくのに必死で、他人にちょっかいを掛ける暇なんぞ無かった」
そこで自嘲気味に苦笑いする。
「いかんな、歳を取ると、ついつい昔話がしたくなる」
そして、再びナインワードに目を向けた。
「この騒ぎの前に、明治神宮を囲う様に、神クラスの霊体が四柱壊滅された。――――何を企んでおるか分からんが、何故、ワシにちょっかいを出す? おぬしも暇なんか? えぇ? 魔法使い」
ナインワードは口元を緩めたが、まだ無言を貫いた。
「今はマトリが東京におらん。もしそれが理由だとしたら、――――わしも、随分と軽く見られたものだの」
徐々に土御門 定長の口元の緩みは消えていく。
二人の辺りに漂うのは、独特な緊張感。
ナインワードは茶色いコートを脱ぎ捨てると、右手の袖を捲り上げた。
そこには、二の腕から手に向かって、臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前と九字の刺青が彫ってある。
土御門 定長は、それだけで彼の力を察した。
「ほぅ、その余裕はそこからくるか。視る限り、お主はわしら囲い師の、天敵ってわけじゃな。では、わしはお主の様な若者に対して、少し間違いを訂正してやろう」
決して若くはない、四十代のナインワードに対して、老人はゆっくりと口元を緩めていく。
「お主ぐらいの年齢なら、第二次世界大戦を知らぬだろ。だから、日本人は平和主義者で、争いが苦手だと勘違いしておる」
ナインワードが見つめる先には、今までの穏やかさからはかけ離れた、歯を閉じたまま、ただただ楽しそうに笑う、一人の老人がいた。
それが、逆に恐怖を誘う。
「日本人ってのはな、昔から好戦的で、――――残酷な人種なんじゃよ」
何かを感じ取ったナインワードは、前に屈みそれを避ける。
後ろからは、先程のベントレーを運転していた眼鏡男の警棒が宙を切った。ナインワードは態勢を整えて構える。
「佐久間、こやつは九字切りを得意とする。囲った所で抜け出すじゃろうから、構わん、それで頭をかち割れ!」
土御門 定長は眼鏡の男にそう言い放ち、彼はナインワードの頭部に向かって、躊躇無く警棒を振り下ろす。
いくら武器を持っていようが、こんな真正面からのバカ正直な攻撃、簡単に反撃に移れるのだが、ナインワードは反撃をせず、逃げるように横に跳び、今度は大きく距離を開けた。
今までナインワードが立っていた場所には、匕首を突き刺す格好で土御門 定長が立っていた。
「中々鋭い」
眼鏡男に指示を出し、そちらに意識を向けさせた隙に刺すつもりだったのだろう。
ナインワードは距離を開けたまま、土御門 定長と眼鏡の男を見る。
二対一。
しかも、連携も取れているし、頭も回る。このまま時間をかけていては応援もやってくるだろう。
ナインワードは眼鏡男の攻撃を避けながら、言葉を発していた。
「I'm a warrior. What I want to get in this crazy world is a strong body.And after a pale dream, one person reaches the end. (俺は戦士。この狂った世界の中で手に入れたい物は、強靭な肉体。そして、淡い夢を見た後に、一人最期を迎える)」
これは詠唱。
「a madman with consciousness. (意識を持った狂人)」
魔法による、上位の肉体強化。
魔力が肉体の内部まで入り込み、筋肉を盛り上げ、皮膚を褐色に変えると、鉄のように硬化する。それに伴い、肉体は鎧のようにな異形に変わっていく。
そして異質に変化した後は、眼鏡男の目では追えなかった。
腹を大砲で射抜かれたような衝撃。
優に十メートル以上も後方に飛ばされ、血を吐きながら道を転がっていく。すでに彼の意識は無かった。
その状態を見た土御門 定長は、少し足を開き重心を落とす。
「出て来い、我が式守神、国之大忌貴神」
不利になる前に直ぐに自衛を強化する。彼はただのトップで胡坐をかいているだけの老人ではない。
「悪いな、若い魔法使い。ここからはただでは済まぬぞ!」
繁華街から離れた住宅街と言えども、この街には暗闇の場所が無いほど明るい。そこに、黒い、本物の暗闇が現れる。
土御門 定長の後ろにあるのは、真っ暗い、周りの光すら届くことのない、大きな穴だ。
そして、その暗闇の中に大きな一つの眼球が表れ、何かを探すようにギョロギョロと動き、ナインワードに視点を合わせて止まった。
深淵から覗く瞳。
ナインワードは、無意識に半歩下がる。
得体の知れない恐怖感、横浜の保土ヶ谷もそうだが、これもまた触れては行けないモノだ。
「今から現れるのは、国産みのために貸したとされる矛じゃ。今の異形なお主の肉体と、どちらが強いかな?」
途端、何かを感じとったナインワードは、慌てて斜め後ろに飛び、大きく距離を開けるが、それは意味が無かった。
辺り一帯、霊力の何かが盛り上がる。
矛どころか、山の様に完全に広範囲における霊力の隆起。避けることなど不可能だ。
九字切りを喰らったように、一気に脱力感がまし、立っているだけでも辛い。
ナインワードは片膝をつく。
これは、今までのどの式守神よりも強力で、魔法で肉体強化をしていても意味が無いほどの霊力。しかも、広範囲過ぎて避けることなど出来ない。
「これ以上、範囲も威力も絞れないのでな、少し、近所の者にも泣いてもらおう」
そう言って再び嫌な笑顔を向ける。
住宅街で、周辺をすべて巻き込む、広範囲な攻撃。
ナインワードだけでなく、辺りには衰弱した者が溢れるだろう。しかしこの男には躊躇が無い。それどころか笑顔を見せ、楽しんでるような様子だ。
力を抑えて尚、これほど強力な霊力のある霊体だ、この攻撃を再び喰らってはマズイ。
ならばと、左親指と人差し指で輪っかを作り、右手の人差し指と中指をそこに差し込む、本気の九字切りの構をとった。
「ほう、これほどの実力差を知って、まだ足掻くか。なかなか面白い」
そんな土御門 定長の言葉を無視して、ナインワードは目を瞑り、ゆっくりと言葉を発した。
「成身、三摩耶、微細………」
その構えからして九字切りと思えたが、九字切りでは無い言葉。そして、縦横と一言ごと腕を振るたびに、歪んでいく世界。
なんだこれは?
目がイカレタのか、周りの住宅街の風景に、新たな風景が現れ重なる。
新しく現れた風景は、胡坐をかき座った仏達や、その者たちの手に持った法輪や金剛杵や鉢と言ったら宝具。そして、噴火している山々や、波の激しい大海、大空に浮かぶ雲や、緑豊かな大地などの大自然だ。
まるで、現世と常世を同時に写したようだった。
ナインワードの言葉は続いていく。
「供養、四、一、理趣、隆三世………」
その重なった世界は、どことなく穏やかで、心の安らぎを感じたので反応が遅れた。
これはヤバイと、土御門 定長はとっさに自分に喝をいれ、式守神に命令をしようとした時、それよりも先に、ナインワードは最後の九つ目の言葉を発した。
「隆三世三昧耶!」
完成したのはナインワードの切り札。
金剛界の、九つの仏の世界を切る、神殺し。
「九会切り!!!」
「守れ! 国之大忌貴神!!!」
重なった世界に、ナインワードは腕を振り下ろし、常世の世界が切断された。
常世の仏達は幾十にも切断され、宝具も、大自然の風景も切断される。
近くでは、電線にとまっていた季節外れのスズメが、驚いた様子で飛んで行った。
その拍子に現世も連動される。土御門 定長の前に現れた、真っ暗な大きな穴は現れた眼球は、ナインワードの九会切りに切断され、消え失せてしまい、さらに土御門 定長の足や、身体をかばった腕を切っていく。
「――――くっ、」
国之大忌貴神のおかげで切断までされなかったが、全身細かい切り傷まみれで、これ以上の戦闘は無理だろう。
「この、魔法使い風情が………」
ボロボロな着物に血が滲んでいき、荒い呼吸をしている土御門 定長は、その場に片膝をつき、しゃがみこみこんだ。
「Thank you for your guidance. Now a good old Japan soldier who is peaceful. soldier.However, there are still many countries in the world that are at war. You're not the only one who is cruel. (指導は受け取る、今は平和な古き日本兵よ。ただな、世界中ではまだまだ、戦争中の国が沢山ある。残酷なのはあんただけで無いさ)」
ナインワードはそうつぶやき、茶色いコートを拾い袖を通すと、その場から立ち去る。
さぁ、これで全ての式守神、六体の壊滅が完了した。
その時に、スマートホンが鳴る。
相手は篠田からだった。
見た。
ずっと見たかったナインワードの切り札。
これを使えば、横浜の黒い囲いは切れるかも知れない。
そうなると、もうナインワードには用はない。
本当は、土御門 定長の式守神なんて、この計画に必要が無かった。
ただ、ナインワードの九会切りを見るために当てた相手だ。それがうまく行き、篠田は嬉しそうに、池前のベンチから立ち上がると、携帯でグループ通話につなげる。
最初に安部 智弘が出て、白 宇轩、李 徐蓮、そして最後にナインワードがグループ通話に加わる。
間を置かずして篠田は話し出した。
「作戦が失敗した」
『はぁっ? 失敗って、どういう事だよ? だったらおいっ、俺の究極の式守神はどうなるんだよ!』
「悪い、また後日穴埋めすっからよ」
そう言って一方的に電話を切ると、電源を落とし、SIMカードを抜き取り、池に投げ捨てた。
さて、出来るだけ時間を稼いでくれよ。
そう思いながら、いつものスマートフォンを取り出すと、前もって依頼していた人物に連絡を取った。
「よう、準備は良いか?」
通話に出ると、篠田はすぐに話し出す。
『作戦が失敗した』
『はぁっ? 失敗って、どういう事だよ?』
グループ通話になっているのか、安部 智弘の焦り声も聞こえる。
『だったらおいっ、俺の究極の式守神はどうなるんだよ!』
『悪い、また後日穴埋めすっからよ』
簡単にそう言って、一方的に通話が切れる。
安部 智弘は切れてからも大声で文句を言っていたが、ナインワードは電話を切るとすぐに作戦に移る。
やっぱり篠田は裏切った。
ナインワードは薄く笑いながら、無線のイヤホンマイクで指示をした。
「Now, guys, start according to the plan! (各自、作戦通りに始めろ!)」
そう言って、自分は(国境のない旅)で原宿竹下通りまで空間移動ぶ。
それから代々木公園の方向に目を向け、篠田の場所を確認してから、もう一度空間移動ぼうとして、その人物を気づき詠唱を止めた。
JR原宿駅の竹下口に向かう、少し坂道になった頂点で、一人の少女が佇んでいた。
その少女は、ロングコートを風になびかせて、鋭い釣り目をナインワードに向けていた。
お久しぶりですいません。
ちょっと、書けなくなっていて、書く時間を作ったり、気分を乗せたりしていたら、また二年ほどかかってしまいました。
やっと書く気分になった来たぞ。
その間は、忙しさでこの場所に来れなかったり、入院したりしていましたが、改めてこの物語を読んで、最後まで書かないと、蒼や砂那に悪いと思い、完結させようとまた書き出した次第です。
二人とも最終章にはまだ登場していないしね。
もう、この話も最終章に入ったしね。
前みたいに早くは書けないけど、あと、半分ちょっとだ、頑張ろう。